第15話 sorceress of the labyrinth
リディアが言っていた。
あの棺の部屋は、その者が来ない限り開く事は出来ないと。
それは今のような意識が象っている姿だけに限らず、その肉体にも言える事だろう。
リディアの邸宅に入る事が出来るのは、その者の肉体が棺の部屋にある事……そして『knight』の条件が揃っている事だ。
ラドもオリヴァーたちもリディアの邸宅にはまだ訪れてはいないが、戦場でのknightの叙任は僕に任されている。僕の一存でそれが適うという事だ。
それは、さっきのミルドレッドの言葉で明らかな事だ。
『リディアの黙示[silent - k ]の『封印』を解く鍵となっていたのは、カイ……あなただったから私は納得出来たのよ』
棺の部屋の扉は、全て開いている。
『空想に対しての理性を論証する『knight』』
僕たちのこの存在を確実なものにするには、ノアの力が絶対だ。
それはノアが口にした言葉にある。
僕は、その言葉を呟くように口にした。
「『They are the Wild Hunt I called forth』……」
神話の世界で描かれたものを重ね合わせ、僕たちという存在が実在するものであると意識づけた。
死んだ人間が生き返るなどと、オーバーワールドでは空想でしかない事だ。だが、アンダーワールドに堕ちた僕たちは、その世界を体験している。神話に描かれるようなその世界は、僕たちにとっては現実のものだ。
目の前に広がる迷路が赤い光を放ち、炎のようにゆらりと揺らめいた。
クリスティアン・ウィールライト……リディアの黙示に干渉出来る、若しくは、リディアの黙示を覆せる新たな黙示を持っているとするなら、この迷路に安易に入る事は出来ない。
だが……ここを通らなければ奴のところには辿り着けないのだろう。
迷路の中に隠されているのだから。
それに……。
僕は、ミルドレッドに目線を落とす。
『……消えたのよ……カイ……私のように動く者が向こう側にもいるのよ。その何者かがノアの『半分』を連れ去ったわ』
……Valkyrie。
なんだか腑に落ちない。
「カイ……?」
ミルドレッドは、どうしたのかと僕を振り向いたままの姿勢で斜め上に見る。
「いや……」
僕は、なんでもないと首を横に振ったが、嫌な予感に包まれていた。
こうすればこうなるだろうという予測から離れた事が、そんな予感を強くさせる。
そうはいっても嫌な予感を持つ事は、稀な事ではない。
稀な事ではないその感覚が麻痺していない事は、戦いに於いて重要だ。
何が起こるか分からないと不穏にも思う事は、身を守る為にも絶対だ。
僕は、ポンメルにそっと手を触れると、馬の歩をゆっくりと進ませる。
「行こう」
僕に付いて皆、馬の歩を進め始めた。
今はノアの新たな城が建っているが、浮かび上がった迷路は城とは分断され、迷路だけが浮き上がっている。
僕たちが迷路に近づくと、壁のように浮き上がっていた赤い光が、入り口を作るように開いた。
やはり……誘い出されているようだ。
僕たちが迷路の中に入った途端に、入り口が閉じていく。
出口を見つけるに外ないが、その出口はクリスティアンに繋がる場所だろう。
迷路は城を彩る庭園のようなものだ。その庭園を抜ければ、聳え立つ城があるはずだ。
随分と広く大きく造られた迷路だ。
交差する道は迷いを促し、勿論、真っ直ぐ進む事も出来るが、右に行くか左に行くかを選択させられる。
僕は真っ直ぐに進んだ。ラドも直ぐに僕に付いて進み、レイフたちも進み始めたが。
「マスター!」
警戒を示すオリヴァーの声に後ろを振り向いた。
僕たちの間に人影が浮かんでいる。
……気配が……なかった。
「カイ! 気をつけて! あいつ……」
ミルドレッドが警戒の声をあげた瞬間、その影がミルドレッドの足に絡み付き、一瞬にして馬から引き摺り落とした。
「ミルドレッド!」
直様、ミルドレッドを引き上げようとするが、その隙もなくミルドレッドに代わって馬に乗り、僕の前でその影は姿を現した。
「お前……」
レイフが馬から降りてミルドレッドを支えるのを横目に気にしながら、僕は目の前に現れた姿に小さくも息を飲んだ。
「余所見なんてしている場合かしら……? ねえ……カイ。私の事を忘れたなんて言わないわよねえ……?」
僕の方に体を向け、寄り添うようにそっと僕の胸に手を伸ばす。
ミルドレッドと同じような存在……ノアの『半分』を奪ったというのはこの女か。
だが……この女は……。
「カイから離れろ!」
隣からラドが剣を向けるが、女はクスリと笑みを漏らし、ラドに言う。
「あら、ラドル……私にこんな事をしていいの……? 女に剣を向けるなんてknightとしてどうなのかしら?」
「お前が『人』であるならな」
「失礼ねえ……? カイ……あなたは私を庇ってはくれないの……?」
頬へと伸ばして来る手を僕は振り払う。
「庇う道理がお前にはない」
「名前さえ呼んでくれないの? 相変わらず冷たいわねえ? 今は私の機嫌を損ねない方がいいわよ? クリスティアンのところに辿り着きたいのなら……ね?」
女がふふっと笑みを漏らすと、迷路がゴゴッと音を立てて前に広がる道を変えた。
……道が更に複雑に入り組んだようだ。
この迷路を造り出しているのはこの女なのか……これはかなり厄介だ。
「どんなに複雑な迷路でも私なら迷わず案内出来るわよ……? 交差させずに最短距離で真っ直ぐに道を繋げてあげてもいいわ。それはカイ……あなたの返答次第で……ね?」
再び僕の胸元に手を伸ばす女を見ずに、僕は言う。
「ノアの半分も返してくれるのか?」
「ええ。あなたの頼みならなんでも聞いてあげる」
「そうか」
そう答えた僕にオリヴァーが叫ぶ。
「おいっ! マスター! そんな甘言に乗るなど、悪魔に魂を売るようなもんだろ!」
「ああ、その通りだ、オリヴァー」
「マスター! おいっ……」
止めるオリヴァーの声を聞きながら、僕は予備武器として携えている短剣を引き抜くと同時に、女の肩を掴んで自分から引き離した。
「マス……ター……」
女の胸に容赦なく短剣を突き刺した僕に、オリヴァーの声が止まった。
「オリヴァー……確かにこの女は、お前の言うように悪魔のような女だ」
胸を刺された女は後ろに倒れ、ザラザラと黒い砂となって落ちていった。
落ちた砂は短剣が刺さったまま水溜りのように広がり、モヤモヤと動いている。
僕は馬から降り、短剣を引き抜こうとグリップに手を掛けた。
「カイ……知っていると思うけど、私は諦めが悪いのよ?」
水溜りのように広がった砂は、鏡のように女の姿を映し出し、その中を自由に動き回っている。
「なんなんだ……? この女……」
オリヴァーが怪訝に眉を顰める。
「カイ……ここから抜け出したいのなら、いつでも私を呼んでちょうだい。勿論……名前でね? 私がいなければクリスティアンに辿り着くどころか、あなた……本当に戻れなくなるわよ……? 当然……お仲間もね……?」
女は、クスリと笑みを見せるとスウッと姿を消した。
僕はラドと顔を見合わせ、厄介な事になったと互いに溜息をつく。
ルーファスがリディアを魔女と言った時の、僕の苛立ちはここにある。
短剣を引き抜きながら、僕は答えた。
「|Gladys・Farley……あの女こそ、魔女だよ」




