第13話 sovereign of night - "knight"
大きな爆発音と共に燃え上がる城の炎が地を這い、地下道を示すように伸びていく。
道を示す動きが止まらず、大きく広がっていく事に僕は眉を顰めた。
まるで、この辺りを支配していっているみたいだ。
「……カイ」
警戒を促すラドの声に、僕は静かに頷いた。
道はこの辺り一帯を埋め尽くすようにも広がり、その様はまるで複雑な迷路のようだ。
目の前に広がる不可思議は、何を元に現れるのか……。
そしてそれは、決して僕たちに有利とは限らない事を伝えられているようだった。
オリヴァーが苦笑を交えながら呟いた。
「迷宮から迷路、ねえ……? こう道を作られては、進むしかなさそうだが……どうなの? コレ」
オリヴァーの呟きにウェズリーが馬の歩を進め、彼の隣にシリルと共に並ぶと答える。
「地に描かれる迷路は確実性に欠けるよな……何処までどのくらい続いているのか分からない。入ったら尚更だろ」
「うーん……曖昧な上に厄介だな。惑わす事が奴の狙いか? 足止めに意味があるとでも? なあ、マス……ター……」
僕を振り向き言う、オリヴァーの語尾が弱くなった。
僕の隣にはノアが並んでいる。オリヴァーが驚くのも無理はない。その様子は、僕の視界にも入っていた。
目の前に現れる不可思議は、僕たちに有利とは限らない……。
それはミルドレッドの様子でも分かる事だった。俯く彼女のその様子に翳りが見える。
「まだ……先があるだろ、ミルドレッド。終わった訳じゃない」
慰めるようにもそう声を掛けるが。
「……カイ……」
悔いを残したようなその声に、ノアが言葉を重ねる。
「ミリーはちゃんと目的を果たしたよ、カイ。だから僕はここに、キミたちの前にいる事が出来ている」
「ああ、分かっている」
僕の目線を笑みで受け止めるノアだが、その笑みは少し切なくも感じた。
彼には気づく事が出来ていた事だろう。
オリヴァーたちのグランドマスターである彼は、このknightly orderを僕に任せている。彼が先に立って進む事が出来ないと分かっていたからこそだ。
「……消えたのよ……カイ……私のように動く者が向こう側にもいるのよ。その何者かがノアの『半分』を連れ去ったわ」
驚きはしなかった。
ミルドレッドのその言葉に、納得せざるを得ない現状がこれだ。
ノアの姿は、はっきりとは浮かばず、時折、掻き消されるようにも不安定に揺れている。
姿を現す事が出来るのは、その体が何処かにある事……姿を現した場所は、そこに念が残っているからだ。
「ああ……そのようだな」
「私はノアをここに繋ぎ止めるのが精一杯だった……」
僕たちは生と死の境界を破り、オーバーワールドとアンダーワールドが重なり合うように繋がった世界にいる。
誘われるようにノアの元へと辿り着いたのも二つの世界が繋がったからこそだが、ノアにはリディアと同様、何か特別なものを感じる。
それはノアと初めて対面した時から感じていた事だ。
城を脱出する際にノアが領主たちに言った言葉は、僕の耳にも届いていた。
『They are the Wild Hunt I called forth』……か。
「King……」
ノアをそう呼ぶオリヴァーの目線が固まったように止まっていた。それを横目で見る僕は、前を向いたまま静かに口を開いた。
「……迷宮も迷路も秘密を隠す為にあるものだ。その秘密に踏み込んだ瞬間、守るか壊すかは出口で決まる。それが今、壊されたという事だ」
オリヴァーたちの目線は、ノアを見失わないように必死だ。
中心にあるものは奪われてはならない重要なものだ。
なんとかノアを繋ぎ止める事は出来たようだが……。
崩れ落ちたあの城はノアが『工夫』と言い、迷宮へと姿を変えて僕たちを中心へと導いてはくれたが。
地を這うように伸びた迷路のような道は、迷宮からの脱出を示すものでもあり、新たな入り口であるという事だ。
こっちが上回れば、それを押し潰すかのように何かが起こる。
あの領主たちが言っていた通り、幾つも建っているその城の何処かへと繋がるのだろう。
だが……。
クリスティアン・ウィールライト。奴に全く辿り着けていない。
……迷う事も惑わされる事もなければ、か。
「『They are the Wild Hunt I called forth』……貴殿が僕たちを呼び寄せたと言うのなら、僕たちはその意に感謝する。だからこそ、貴殿の意に沿おう。それまで貴殿は」
ノアの隣に馬を並べる僕は、彼に言う。
「この世界を保っていて欲しい……僕たちが戻るまで」
僕の言葉にノアは、ふふっと笑うと僕に言葉を返す。
「それは僕を心配しての事かな?」
戯けて見せるように笑うノアに、僕も真似るように返す。
「誰の心配だって? それは貴殿の方では? 成果もなく戻るとでも?」
「はは。そんな不確実さで呼ぶなど、無意味に等しい。そうだろう? カイ」
探るようなノアの目線に、僕は笑みを返して答える。
「勿論だ。それはリディアにも約束した事だ」
「それなら僕はここで待つとしよう」
「ここでって……」
僕は、崩れ落ちていく城を振り向き、困惑するが。
「問題ないよ、カイ」
ノアはクスリと笑い、パチンと指を弾く。
燃え上がり、崩れ落ちた城の残骸が一瞬にして消え去ると、新たに城が浮かび上がった。
かなりの巨城だ。
「今からここを僕たちの拠点とする。例え道に迷っても、この城が方向を教えてくれるだろう」
こんな現状でもなければ、こんな不可思議は目を疑うばかりだが、驚きもなく受け入れられてしまう事が出来るのはこんな現状があっての事だ。
オーバーワールドで繰り広げられている戦いは、単に王位の座を巡ってのものだと思っていたが、そこには人智を超えたものが重なっているようだ。
現実から掛け離れた世界は、ただ知らなかっただけであって、離れてなどいなかったんだと思わせる。
そう気づくと、また一つ疑問が浮かんだ。
「レイフ……クリスティアンの名が騒がれ始めたのはいつだった」
「ああ、クリスティアンの代になってからだって……それは前に話しただろ……? それがどうかしたか? カイ?」
「騒がれる程、奴の姿はそうは見掛けられていない……ルーファスの姿は浮かび上がっても、奴まで及ばなかった。こうなっている今でもな……近いようで遠い。そう思わないか」
「……確かにな」
リディアを魔女と言ったルーファス。そもそも、そんな言葉が出る事が現実離れした存在がある事を肯定している。
ルーファスのあの言葉の意味が、はっきりと浮かんだ瞬間は。
『リディア・ハーシェルが王族にとって重要だったって事かな? それと同時に、次期王となるべき者にとって厄災にしかならない存在って事』
クリスティアン・ウィールライト……奴の秘密に踏み込んだ瞬間だった。
「クリスティアン・ウィールライト……あの男は」
自然をも巻き込む力は絶大であり、世界を自分の思う通りに描き換える事が出来るという、全てを統べる事が可能な絶対王者だと知らしめるつもりか。
「リディアの黙示に干渉出来る……若しくは、リディアの黙示を覆せる新たな黙示を持っている男なのかもしれない」




