第4話 Sir and Lady
靄に導かれて行った先には、幾つもの小屋があった。その小屋に靄が次々と入っていく。
「あれは?」
僕の肩に乗るケット・シーにその様子を訊ねる。
(あれはグレイブ……墓という訳ですが、わたしたちにとって家のようなものです)
「グレイブが……家……そうか……」
死者にも死者の生活があるって事か……。
アンダーワールドには空とはいっても、太陽は勿論、月も星もない。この闇が明ける事はないのだろう。
(わたしの家はあちらです。サーにご満足頂けるようなおもてなしは出来ませんが、お心が定まるまでの場所としてお使い下さい)
ケット・シーは僕の肩から降り、小屋へと向かう。
(どうぞ中へお入り下さい)
小屋の扉が開き、僕は中へと入る。
小さいながらも椅子やテーブルが置かれ、蝋燭に灯された火が、うっすらと辺りを照らしている。
……本当に家みたいだ。
「ケット・シー……キミはここに来てどのくらいになるんだ?」
(分かりません。サーもお気づきだとは思いますが、アンダーワールドに陽が昇る事はありません。あの闇の暗さも変わる事なく同じ色……ですから時が分からないのです)
「そうか……そうだよな……」
ケット・シーが椅子を引き、僕に勧める。僕が椅子に座ると、ケット・シーはまた僕の肩に乗った。
「どうした? ここはキミの家だろ。もう僕の肩じゃなくたって……」
(サーをお守りする為です)
「僕を守る? どうして……」
理由を訊ねようとした瞬間、閉めたはずの扉が勢いよく開き、無数の紙が飛び込んできた。
「なっ……?」
僕に向かって紙が飛んでくる。
ケット・シーが僕の肩から降り、テーブルにストンと降り立つと、仄かに赤みを帯びていた靄が猫の姿を現した。
威嚇するような鳴き声を大きくあげる。
ケット・シー……やはり猫の妖精か。
震動を与える程のその鳴き声に、飛び込んできた紙が外へと弾き飛ばされ、扉がバタンと閉まった。
「え……なんだ……?」
全ての紙が小屋の外へと飛ばされたかと思ったが、パラリと一枚の紙がテーブルに降り落ちた。
「ケット・シー……一枚残ってるけど……」
(その一枚はレディからの招待状ですので。サーのお力を利用しようとするだけの悪意をもった招待状は、お返しさせて頂きました)
「レディ? 招待状? 他にもって……他にも何かいるのか?」
(います。それは信用に値しない輩です。ですが、レディは違います。サーがお訪ねになられた邸宅の主はレディと呼ばれる、わたしたちにとっての希望なんです)
あのオリエンタル系の女か……。
(『knight』の称号を持つ者はサーと敬意を持ってお呼びし、そのご夫人はレディと呼ばれます)
「いや……それは分かったが、そういった意味を持って彼女がレディって……彼女の夫は『knight』だって事だろ? あー……なんか少し混乱してきたな。いや、ちょっと待て。主だろ……? 彼女があの邸宅の主って事は、じゃあ……」
(お気づきの通り、レディのご主人、『knight』様は亡くなられています)
「いや、だけど……ここはアンダーワールドだろ? 彼女だって死んでいるんじゃ……あー……もう分かんねえ。死者の世界での生死ってあるのか?」
(生死というよりも、存在か消滅かと言った方がいいかもしれません)
「存在か消滅……ああ、成程ね……今の僕のような状態が存在って訳か。はは。それなら存在というより、残存って方が合ってるな」
(そうかもしれませんね。ですが、存在にしても残存にしても、肉体が残っている事が条件の一つです)
……肉体……。
部屋自体が柩のようなあの部屋に、僕の肉体が残っている。
また……溜息だ。
僕は、テーブルに残った一枚の紙を手に取った。
……よくここにいる事が分かったな……。
招待状……ね……。
ちらりと目線を向けただけで、たいして読みはせずにテーブルに戻した。
「ケット・シー……キミは彼女の事をよく知っているんだな」
(わたしはレディと旦那様である『knight』様の飼い猫でした)
「じゃあ……キミが今、ケット・シーとなって彼に仕えていないという事は、彼の存在が見当たらない……つまりは」
存在と消滅……残存。
「彼の肉体が無いという事か」
(はい。それでもレディは探しているのです)
だから彼女は……。
『死んだ人間が生き返る事を奇跡と呼ばないで。私からしてみれば当然の事よ』
鋭くも強い目だった。
あれは彼女の目的という事か。
「そっか……」
また溜息、だ。
「ケット・シー……キミがこうして存在しているのは、彼女……レディがキミの肉体を見つけてくれたって事なのか……」
(はい。このグレイブが肉体のある場所……レディがわたしたちの為に建ててくださったのです)
僕の肉体があったあの部屋も……彼女が僕を見つけてくれたのか……。
「だけど……どうしてキミは僕についたんだ? 彼女に聞いたが、knightは七人いると……ああ、でもまだあの邸宅に来ていないと言っていたな。だからか。取り敢えず僕が最初だったからって事か」
(最初に訪れたのは偶然ではありません。最初に訪れた事が、あなた様が第一等級のknightであるという事です)
「第一等級の……knight……?」
(はい。旦那様をお探しする上でも絶対的に必要な、最上位のknight……それだけのお力を持っているお方だからです)
「最上位……それだけの力、ねえ……」
(サー? 浮かないお顔ですが、何かお気に触れましたか?)
「いや……」
少し悲しげにも僕を見るケット・シーの頭をそっと撫で、僕は苦笑する。
「そんな力が本当にあったなら……僕はここにいないんじゃないか?」
(サー……)
ケット・シーが僕の肩に乗ると僕にこう言った。
(サーはお気づきになっていないだけです。わたしがこうして姿を現せたのは、サーのお力なのですから)




