第11話 inescapable labyrinth of the "night"
僕たちは扉の中へと歩を進めた。
ラドが先を行き、その後ろを僕とオリヴァーが歩き、僕の後ろにレイフ、そしてウェズリーとシリルが続く。
オドオドと、ウェズリーの影に隠れるように歩くシリルは、戦闘時とはまるで別人だが……大丈夫だとシリルを気遣いながら歩くウェズリー、不安そうな顔は消えないが素直に頷くシリル。なんだか二人が微笑ましい。
ルーファスを追うように足を踏み入れたのは、螺旋階段の行き着く先である最上階……迷宮への入り口だ。
他の階層は壁に沿うように造られた階段から部屋に入れるようになっているが、曲線階段なだけに中央が抜けた円形のフロアだ。
最上階は中央が抜ける事はなく、全面フロアになっている。
窓のないこの階層は暗いが、壁に掛けられたランプが仄かに照らしていた。
隔てる壁が通路を造り、迷わせるようにも同じ扉が等間隔にある。
試しに一つの扉を開けてみれば、その先は部屋ではなく壁だった。
オリヴァーが呆れたように笑う。
「はは。これじゃあ、トラップというよりトリックだな」
「それはそうだろ、オリヴァー」
僕は、横目にオリヴァーを見てニヤリと笑みを見せた。
「なんだよ……? マスター」
「いや、別に」
「え……なに……?」
意味ありげな僕の表情にオリヴァーは眉を顰めるが、僕は笑みを見せるだけで答えなかった。
そんな僕の様子にオリヴァーは察したようで、あっと声を漏らした。
この城塔は円形で造られているだけあって、その構造を上手く使っている。
本当に、工夫とはよく言ったものだ。
……一周回ったか。
そう気づいたのは時計回りに歩を進めていたのが反時計回りに変わったからだ。
迷う事はないようだが、確かにこれは閉鎖空間だ。
進む道は一本道で、交差する通路がない事が辿り着く先が一つしかない事を示している。
辿り着く先……それは中核となる場所だ。
前を行くラドは、振り向きはしなかったがレイフに声を掛けた。
「レイフ……お前のポールアックス……俺とmercenaryとして会った時と刃が違うよな」
あの後からレイフは何も話さない。
レイフの思いは誰もが分かっている。
主が倒れれば戦う理由もなくなる。個人の感情が大きく膨れ上がるが、会戦になる程、復讐というものに執念を燃やす事は出来ない。
大きな戦いの中での個人の感情など微塵だ。
それはレイフ自身、分かっている事だろう。離脱しないのは復讐の為じゃない。それは『だからこそ』だと僕は信じている。
ラドの言葉から少し間を開けてレイフは答える。
「そんな事を訊かれるとは思わなかったな……」
レイフは、そう呟くように答えると苦笑を漏らした。
「レイフ」
僕はレイフの後ろに回ると背中をそっと押し、ラドの隣へと誘った。
「カイ……」
「ラドと話した方がいい。僕は、お前がmercenaryでいた時の事を知らない。だが、話してくれただろ。それは主を守る為だったってな」
「カイ、今そんな話をしても意味がないだろ……」
「あるよ」
「カイ……?」
不思議そうに僕を見るレイフに僕は笑みを見せる。
「レミュ」
(はい。サー)
何処からともなく風が流れ、僕の羽織るマントをふわりと揺らした後、レイフのマントを揺らした。
僕の装備はそのままに、うっすらと猫の姿を現したレミュが僕たちの周りを駆け巡ると僕へと戻る。
その様にラドは驚く事はなかった。オリヴァーたちは少し驚いていたようだったが、現状が現状だけに理解しているようだ。
「そうか……そうだったよな、カイ」
そう呟き、力なくも笑みを漏らすレイフだったが、あの時の僕との会話を思い出した事だろう。
『レイフ。この現状に納得していないんだよな?』
『納得しようがしまいが、示せるものなんかここにはないだろ』
『あるよ』
柔らかく包むような光が浮かび、流れるように模様を描き始めると、ラドとオリヴァー、ウェズリーとシリルの背にも同じマントが揺れた。
「僕たちが掲げる|coat of armsは、レイフ……お前の主が守ろうとしていた者を守る為のものだ」
「……カイ」
涙ぐむレイフの肩をポンと叩く。
レイフは頷き、ラドと肩を並べるとラドの問いに答え始めた。
「……刃に紋章を刻んでいたんだ。だからその時にそのまま使う事を避けた。アンダーワールドに堕ちて、自分が命を落とした事に気づいたと同時に、主が俺を取り戻してくれたんだと気づいたのは、手にしていたこのポールアックスの刃に紋章が刻まれていたからなんだよ。だから……大丈夫だ。主の為にも俺は足を止めない。それは復讐なんかじゃなく……主の思いを遂げる為……俺自身の為だから」
レイフの言葉に皆頷く。
戦いの中で命を落とした者を連れ帰るのは難しい。大抵はその場に放置されるか、纏めて埋められる。
腐敗していく体の臭気に呼び寄せられるように鳥や獣が群がってくる。埋められても掘り起こされ、その様は戦場という地獄の更なる地獄だ。
骨だけとなった者が誰なのかは、もう分からない。
身につけていたものや武器は、生きている者に奪われているのが殆どだからだ。
僕は、レイフの思いを自分に重ね、再び思いを固めるように腰に携えた剣のポンメルにそっと触れた。
進める足は右に回れば左回りへと方向転換を繰り返しながら中央へと向かっていく。
方向を変える距離がだいぶ短くなった。
……そろそろだな。
扉を前にラドが足を止める。
僕を振り向き、返答を待つラド。僕が頷きを見せると、ラドはゆっくりと扉を開けた。
いつだって扉の前には、希望と絶望が鬩ぎ合っている。
そしてそれは命運の中にあるものだ。
レミュがうっすらと僕の肩に姿を現し、小さくも猫の鳴き声をあげた。
僕はそっとレミュの頭を撫でる。
ふわっと柔らかな光がこの空間に広がり、中を映し出していくと、ゆったりと椅子に座る男の姿が浮かび上がった。
「この場所は外部からの接触が遮断されるからね……ちょっとした『工夫』が必要だっただろう?」
その言葉に僕はふっと笑みを漏らす。
ノア・ハーシェル。
その隣にはミルドレッドがいた。
僕を見て、クスリと笑みを見せるミルドレッドの前には、クリスティアン側についたあの領主たちが拘束されていた。
『何処に身を隠すか分かっているわ。あなたたちが来る頃までに、纏めて跪かせておけばいいかしら?』
アンダーワールドに造られていった、オーバーワールドのアドゥルタリン キャッスル。
完成と同時に繋がっていく中にも、その『工夫』は施されていった。
それは、分かれ道のない一本道の、入り口から中心へと必ず辿り着く構造だ。
そして、方向転換を繰り返した事で奴らが逃げ込む道を狂わせ、ここに辿り着かせた。
それは。
また小さく鳴き声をあげるレミュに僕は囁く。
「キミの力だね、レミュ?」
ノアと目を合わせるとノアは、笑みを見せながら言う。
「地に染みていく血は新たな地へと流れ着き、空想に対しての理性を論証する『knight』が再び現れる……」
……リディアが口にしていた言葉だ。あの後、なんて言っていたんだっけ……?
そう思っていると、その言葉の続きをノアが口にした。
「生と死の境界を破る七人のknightがその名を以て地を巡り始める」




