第9話 domination by madness
戦いが激しくなればなる程、孤独さを知る。目の前の敵を倒す事と、自分の身を守る事は同列だ。戦いが始まれば信じられるのは自分の力だけだと、追い詰められれば追い詰められる程に孤独になる。味方の数が減っていく事で戦闘意力を無くし、戦う事を諦めて死を覚悟する者を何十人と見てきた。
傷の痛みに耐えきれず、殺してくれと乞う者もいた。
戦う意志のない者に剣を向けるのは戦いとは呼べないが、そんな明解さの中には狡猾さが潜んでいる事もある。
戦いの勝敗よりも、自分が生きるか死ぬかに意識が集中しているからだ。
戦場は通常の精神から掛け離れる。
武器を下ろした瞬間は命を投げ出す瞬間になり、見逃した敵に殺される。
相手に与えたのは慈悲ではなく、隙に変わる。
戦場に立つ者は戦い方に対してのプライドがある。
敵を倒すという事の目的を見失えば、死に直結している戦場はただの殺戮の場と化す。
だが……。
死の恐怖に駆られた者は、本能に忠実だ。
その場を仕切るグランドマスターの声が、戦う者たちの理性を失わせる事も事実だ。
それは、『倒せ』と叫ぶ声が『殺せ』と変わった瞬間に起きる。
それだけにグランドマスターの影響は大きい。
ルーファスへと向かいながら、僕は剣を抜いた。
「……混乱が連携を崩す。そこで互いのグランドマスターの采配が重要になる。そこからは『knight』の出番、だろ?」
僕の言葉にルーファスは、満足そうにもにっこりと笑みを見せる。
「そうだね。じゃあ……早く追いついて来てよ。ここで待ってるから、さ?」
階段を上がりながら、僕はラドと位置を入れ替わる。ラドは欄干側の僕の左側、僕は壁側だが、僕は二段程先に進んでいる。
ルーファスとの距離を縮めていく中、クリスティアンについた領主たちが後方へと姿を消していった。あの先にこの城塔から繋がる、逃げ道があるか、勝利の確証をもって戦闘が終わるまで身を脅かされる事のない場所がある……か。
「ミルドレッド。お前なら奴らが向かう場所が分かるだろ」
「ええ。何処に身を隠すか分かっているわ。あなたたちが来る頃までに、纏めて跪かせておけばいいかしら? カイ」
「はは。任せるよ」
「分かったわ、任せて」
ミルドレッドが姿を消し、奴らを追う。
この城の構造は少し厄介だ。壁に沿うように造られた曲線階段が、階層に向かって行く中でルーファスが視界から外れる。
上に向かう側からすれば、右には壁、左側は腰位置程の高さの欄干……階段での戦闘は武器を振れる側があっても足場が悪い。階段幅があるとはいえ、踏み外せばバランスを失う。円を描いて階層があるだけに対面に扉があり、突然武装兵が現れる可能性もある。
「ああ、心配しなくていいよ、カイ。俺だって『knight』だからね、対戦の段階前に攻撃するような真似はしないよ」
knightであってもなくても、お前だから信用ならないんだよ。
そう思うだけで敢えて言葉に出さなかったが。
オリヴァーのルーファスへの態度も当然だ。奴に言葉を返せば返す程、苛立ちが大きくなる。冷静さをなくせば正確な判断が出来ず、自分で自分を不利にする。
奴の言葉に耳を傾けるより、こっちの戦術を固める事に集中するべきだ。
「……シリル」
僕は、前を向いたままシリルに声を掛けた。
「はい」
「お前は、ここで止まれ」
シリルは一瞬、言葉に詰まったが、直ぐに自分の役割を理解したようだ。
「分かりました」
シリルはそう答える前に、目が周囲に動いていた。
やはり状況把握が早い。そして判断力がある。
シリルを残し、僕たちは歩を進める。
ウェズリーがシリルの頭にポンと軽く触れると僕たちと共に歩を進めたが、ちらりとシリルの様子を窺っていた。
「心配か?」
僕は、ウェズリーを横目に見ながらそう言うと、ウェズリーはふっと静かに笑みを漏らす。
「……いや。シリルをknightとして認めてくれたんだ。それは俺が一番に認めるべきものでもあるだろ。ずっと一緒にいたんだからさ……心配なら、最初から連れて来ないよ。況してや兵士になどさせなかった」
「ああ……そうだな」
そう答えて僕は、ふっと笑みを見せる。
五階層を目前にレイフが前に出ると、武器庫の扉をポールアックスで打ち破った。
鼻をつく火薬の匂い……黒色火薬か。
この火薬は硝煙が多く出る。湿気を吸いやすく、少し遅れて着火した場合、不発と勘違いして暴発へと繋がる事もある。
やはり……武器よりも火器への傾きが大きいか。
技術を磨くより、威力を求めた結果だろうが……。
レイフと目を合わせ、合図をするように互いに頷き合う。
「ウェズリー。レイフとここで止まってくれ」
「了解した」
僕とラドとオリヴァーは、レイフとウェズリーを武器庫の前に残して先に進む。
欄干に身を乗り出すように僕を見下ろすルーファスは、ずっと笑みを浮かべたままだ。
奴の表情に言葉が見える。武器庫の扉を破った事は、奴にとって計算の内だ。
その証拠に僕がルーファスと目線を合わせた事に、奴もまた僕が何を感じたかを察している。
「ねえー、カイ」
欄干に肘を乗せて頬杖をつき、ルーファスは言う。
「銃を使うにはそれなりに材料が要るだろ? それを不足なく手に入れる事が出来るのは、それだけの力がなければ手に入れる事が出来ないって、カイ、気づいたよねえー?」
ルーファスの言葉に僕は、答える気にもなれず、苛立ちを交えた溜息を漏らした。
「ふん……相変わらずよく喋る、うるせえ奴だな」
鼻で笑って呟くオリヴァーの言葉に、思わず笑ってしまった僕だが、真顔になるとオリヴァーに言う。
「オリヴァー。ラドの左に立ってくれ」
「ふうん……?」
意味を含めた声に肩越しにオリヴァーを振り向くと、探るような目を向けていた。
……まったく。
僕は、少し呆れた溜息をつく。
『俺の隣に立つ覚悟はあるか? カイ・ウィットフォード』
『僕の隣は両利き……dual swordのknightなんだ』
「同じ言葉を二度聞くつもりか? オリヴァー」
「褒め言葉だと思って聞いたからな、聞けるのならもう一度聞きたいね?」
「冗談だろ。何が褒め言葉だ。そんな言葉で勝機が上がるなど、お前らしくないんじゃないか?」
探るような目線を返すと、オリヴァーはニヤリと笑みを見せた。
「そうかな? 戦闘の場の言葉は重要だろ?」
僕は、分かったよと呟くとオリヴァーに言った。
「オリヴァー。お前の強さは、僕たちが引き出す」
「O.K マスター」
満足そうにもそう答えると、オリヴァーはラドの左に立った。
……やっぱりな。
ルーファスの姿を再び捉えた時には、数人の銃兵が並んでいた。
プレートアーマーに姿を変えているレミュの声が聞こえる。
(サー。大丈夫です。サーに傷を負わせたりはしません)
「ありがとう、レミュ。だけど、僕だってキミに傷を負わせるつもりはない」
(サー……)
僕たちは、ルーファスを目前に足を止めた。
「カイ。さっきの話だけど」
ニヤリとルーファスが笑みを見せる。
「それだけの力ってさ……」
そして、隣の銃兵からマスケットを手に取ると言葉を続けた。
「『王』の力って事だからね?」




