第7話 the brutal truth
夜の空は黒くはない。濃紺の深い闇に黒く見えるのは、形を成したものだ。
闇に馴染めばその形も分かる。それが木々や建造物、人の姿であるという事が。
だが……。
形を成さないものは、うっすらと白く浮かび上がるものだ。そしてそれは、次第に形を成していく……。
今、僕たちがいるのは生と死の狭間だ。
オーバーワールドでの現状とアンダーワールドの現状が重なり合い、互いにそこにあるものを、その姿を映し出していく。
これがknightの条件を満たすという事なのだろう。
ここでオーバーワールドに戻るべき者か、アンダーワールドに堕ちるべき者かが確実に決定づけられるという訳だ。
「カイっ……!!」
ラドが僕を呼ぶ声に。
あの時の雨音が重なった。
僕は聞いていた。
空を裂くようにも響く甲高い銃声に、耳を傾けられる状況になかっただけだ。
戦場は命の取り合いだ。
向けられた武器に武器を向ける。
一人倒せばまた一人と、立っている者を地に落とす為に武器を振るい続ける時が長くなれば、何かの、誰かの為などという目的から外れていく。生き残れるかどうかという思いだけが全面に押し出されてくる。恐怖に襲われ、逃げ出す者もいるくらいだ。
死者が地を覆い、戦い続ける生者は死者の体を踏みつけ、その亡骸に足を崩される……それは、この城の中でも同じ事が言える。
浮かび上がった現状は凄惨なもので。
階段は元の色を失わせる程、赤黒く広がり、ポタリポタリと雫を落としている。上に行く者の精神を狂わせるどころか、足元さえも狂わせる。
欄干に引っ掛かるように半身を折り、息絶えた体が連なっていた。
殺人城塞……『|murder citadel』
この城がアンダーワールドと繋がるのも、戦いが繰り広げられるオーバーワールド自体が死に直結しているからだ。
カツンと響いた上階からの足音に目を向ける。
その足音はそこで止まり、階段を下りて来る事なく僕たちを見下ろした。
……ようやく会えたか。
「あれえ……? 確実に殺したと思ってたんだけどな。それとも、殺した数が多過ぎて|haunted castleにでもなっちゃったかな」
ははっと一人で笑い、最上階から一段目に腰を下ろす。
こいつ……確実に殺したと言いながら、僕を見ても驚かない。焦りさえ見せないのも罪悪感が無いからだ。再び現れようとも何度でも殺せるというのが伝わってくる。開き直ったかのようにも白状する事も、僕たちを軽視しているという訳だ。
「……ルーファス」
ギリッと歯を噛み締め、奴を睨む。
「そう怒るなよ、カイ? だって、初めから分かってただろ? レンフィールドのknightly orderに加わったのは、バルフォアがレンフィールドの全てを奪う為だよ。味方として戦場に向かい、その戦闘中に敵兵に狙い易くさせる……ってね? まあ、コレは段階に過ぎないんだけど。レンフィールドは戦いはしないが、戦地には行くだろ? でもまあ、上手くいかないもんだね? 気づかれててさ、いつの間にかバルフォアは拘束されちゃったし。それでもレンフィールドが俺たちを迎え入れたのって、バルフォアの策を使う事で泳がせたって訳かな? 拘束した事を上手く隠してね?」
「シオドアを……殺そうとしてたのか」
「失敗しちゃったけどね? まさかそれより先に、情報を得る為にラドを潜入させてたとは驚きだったよ」
ルーファスの目線がラドにちらりと向く。
ダンジョンからラドが消えている事に対してもこの態度か。
ラドは、じっと睨むようにルーファスを見据えていたが、何も答えなかった。
僕は、苛立ちを吐き出すように息をつくと、ルーファスに言い放つ。
「シオドアは王直下である|feudal noblesだ。バルフォアなど足元にも及ばない。お前らごときがどうにか出来る相手じゃないんだよ。歯向かうなど処刑対象だ。シオドアの領地に入ったなら尚の事。|feudal lordの権限は容易に行使出来るからな」
「知ってるよ。そんな事は俺たちが一番よく分かっている。だからだろ?」
「何がだから、だ」
「だからだろう、カイ? そんな『お方』が俺たちを必要とする訳がない。バルフォアの策とはいえ、いや、バルフォアの策だからこそ受け入れられないんじゃないか? 普通なら……ね?」
「はっ。柄にもなく卑屈だな」
「そうかもね? だから……レンフィールドの信頼が厚い、カイとラドに照準を合わせる事にしたって訳。どう? 聞きたかった事は聞けた?」
調子に乗ったように話すルーファスに、オリヴァーがハッと呆れた声を吐き出した。
奴の目線がオリヴァーに動くが、オリヴァーは欄干に両腕を乗せて凭れ掛かったまま、ルーファスを見る事もなかった。
自分を見ていないオリヴァーのその態度に、ルーファスの表情が不機嫌に歪んだが。直ぐに余裕を見せる笑みを浮かべると立ち上がり、数段下りる。そして、欄干に折り重なった一人の死体を掴むと、階段に落とした。
ゴロゴロと転がり落ちてくる死体が、僕たちの少し前で仰向けになって止まる。
「っっ……!!! お前っっっ……!!!」
レイフが声をあげ、僕とラドの間を抜けて前に出た。
レイフは、死体の前で膝をつき、苦悶に顔を歪める。
「あああああああーーーーっっっ……!!!!!」
城中に響き渡るレイフの悲痛な声に、僕たちは目を伏せた。
レイフの思いが直に伝わる。
僕たちの誰もが言葉にならなかった。
『主を守る為に敵地に潜入したんだ。それは命令なんかじゃなく俺が決めた事だ』
『俺が仕えてきた主が今、どうなっているのか……気掛かりでならない。このポールアックスは主が俺に与えてくれたものなんだ……俺にはコレが向いてると、主がね……』
レイフの思いを踏み躙る残酷な現実。
息絶えたその体は、レイフの主だった。
「……ミルドレッド……」
縋る思いでミルドレッドを振り向くレイフに、ミルドレッドは悲しげな表情でゆっくりと首を横に振った。
レイフは頭を垂れ、声にならない苦しみに体を震わせていた。
「ルーファス……ナイトレイ……!!」
怒りを露わにするレイフは、立ち上がると一歩を踏み出した。
レイフが怒りを見せれば見せる程に、ルーファスの表情が笑みに満ちる。
「止まれ、リッジウェイ。あんたなら……分かってるだろ」
オリヴァーの言葉に、レイフはグッと歯を噛み締めた。
「……ああ。分かってるよ……そういった奴程、死に急ぐってな……だが……俺だってもう……奴に殺されてるんだ。今更……」
「レイフ」
僕は、レイフの肩をそっと掴む。
「……悪い、カイ……これじゃあ、レディに申し訳ないよな……」
レイフの気持ちは痛い程に分かっている。
シオドアが同じ状況に陥ったなら、僕も感情に押される事だろう。
だけど……。
「……僕たちは間違えない。絶対にだ」
僕の言葉にレイフは感情を押し殺しながら、ああと頷く。
あの時の言葉が僕たちを冷静にさせてくれている。
ミルドレッドを振り向く僕に、彼女は力強い目を向けて静かに頷いた。
『もう……同じ事を繰り返したくないのなら……間違えないで』




