第3話 the last stronghold
「ウィットフォード」
中に入ろうと歩を踏み出したが、ウェズリーはピタリと足を止めた。
「どうした?」
何か不安な事でもあるのか、表情に翳りが見える。
シリルがウェズリーの背後に隠れるように下がった。
ウェズリーは、シリルの頭をそっと撫で、気遣いながらも、言いづらそうに小さく口を開いた。
「シリルはまだ……esquireなんだ」
なんだ……そんな事か。
ウェズリーの不安とは逆に、僕はあっさりと返す。
「そうなのか。それなら内城する前に、立ち位置をはっきりさせておかなけらばならないな」
あ。言葉が足りなかったか。
ウェズリーの表情が更に不安を見せた。
「立ち位置って……ウィットフォード……」
少し強張った顔で僕を振り向くウェズリー。
「心配ないわ。カイは分かってるわよ」
ミルドレッドがクスリと笑みを漏らす中、僕は答える。
「esquireはknightの従者になるだけに、knightが戦える準備を整える為に共に戦場に向かう。だが、戦いはしない。そもそもesquireはknightの志願者だ。esquireを戦わせるとはノアの采配は流石のものだな。よく人を見ているよ。それともウェズリー、お前がノアに切望したか? ショートボウのあの技術……既にknighかと思ったくらいだ。knightに引けを取らない実力……シリルにはそれだけの才があるって事だろ」
ウェズリーは、自分が褒められたかのように照れくさそうな顔をし、それを隠すかのようにそっと目を伏せると答えた。
「弟だからって訳じゃないんだ。俺が戦えるのも、シリルがいるから戦える。背後を任せられるんだ」
僕とウェズリーの会話に、少しホッとしたのか、シリルがウェズリーの影から顔を覗かせる。
シリルがいるから……か。そうだよな。その思いはよく分かる。
どんなに強くても一人では戦えない。信じられる者がいる事が、本当の強さを引き出すんだ。
「だから言っているだろ?」
そう言って僕は、ふっと笑みを見せる。
「ウィットフォード……」
「シリルにはknightに引けを取らない才能があるってな」
そう言った僕に、ウェズリーは隠さず素直に嬉しそうな笑みを返した。
自分の事よりもシリルなんだな。
「ウェズリー。僕は再び戦う為のknightly orderをこの地で結成し、共にオーバーワールドに戻る……そう決めている」
「……ああ。レディの黙示を聞いた事がある。だから俺はアンダーワールドに堕ちても冷静でいられたんだ。再び戻る為の条件……だろ」
「ああ、そうだ。僕がこうしているのもリディアのお陰なんだ」
「……レディもこのアンダーワールドにいるって事も……俺たちにとっての後悔だ。マスターは戦地に向かう兵を減らして邸宅に置くような事は出来ないと……自分の家族だけ守る訳にはいかないと、レディの元に兵を置かなかった。レディもそれでいいと……」
ウェズリーの話に、そっと俯くミルドレッドは、手をグッと握り締めていた。
……ミルドレッド。
……悔しかっただろうな。守りたいものを守れなかったというのは。
本当に悔しいんだ。
僕の目線に気づくミルドレッドは、大丈夫と言うように頷きを見せた。
ノアがこうして慕われるのも、リディアの理解の深さにも……頭が下がる思いだ。
「リディアはノアの帰りを待っているよ。リディア自身も信じているんだ。[silent - k - ]をね……」
ウェズリーは、そうかと静かに頷き、真剣な表情で僕に言う。
「[silent - k - ]……レディの黙示は本物だ。俺もシリルもそれを信じていたからだろう、こうしてお前の前に現れる事が出来た。カイ・ウィットフォード、お前の事は以前から知っていた。お前のところの領主とマスターの関係は良好だからな。お前のknightly orderに加わる事に異論はない。だから……」
「分かっているよ、ウェズリー。シリル・ディラックをknightに叙任する」
シリルは驚いた顔をしたが、直ぐに嬉しそうな顔を見せる。僕に向かって深く頭を下げると、ウェズリーに向かって満面の笑みを見せた。
「兄さん……僕も兄さんと同じになれたね」
よかったな、と、ウェズリーがシリルの頭を撫でた。
レイフとミルドレッドは、その様子を微笑ましく見ていた。
「じゃあ、私は先に行くわね」
「ああ。頼んだよ、ミルドレッド」
「任せて」
ミルドレッドは、笑みを見せるとスッと姿を消した。
僕とレイフは目線を合わせ、頷き合った。
自信に満ちた、いつものミルドレッドの表情だ。
どうやら迷いは吹っ切れているようだ。
「Valkyrieを仲間にするとは、ウィットフォードの采配も流石のものだな」
ウェズリーのその言葉にレイフが、ははっと笑うと彼にこう答えた。
「ミルドレッドは『特別』なんだよ。なくてはならない存在だ」
ウェズリーは、レイフに笑みを返すとこう答えた。
「ああ。知ってる。レディは、妹が側にいるから大丈夫だと言っていたからな」
城の中へと入った僕たちは、周囲を警戒する。
ノアに会ったあの時のように、城の中に入った途端、扉が独りでに閉まった。
向かうは上階だが……。
人の気配はまだ感じられない。この城がオーバーワールドの城と繋がるのは、ミルドレッドがミゼリコルドを使った瞬間だ。
その瞬間に戦闘になるだろう。
階段へと向かう中、僕はウェズリーに訊く。
「お前たちが現れたあの場所はキープであるこの主塔から少し離れている。ベイリー……中庭か」
「ああ。城壁はトレビュシェットを使ってartilleryが破壊した後、その混乱の中に俺たちはベイリーに入った」
artillery……砲兵だ。
レイフが関心を示し、ウェズリーに言う。
「トレビュシェット……カタパルトを改良した投石機か。城壁を破壊出来る程のカウンターウェイトとなると、かなり大型だな」
「そうだな。マスターのartilleryは優秀だ。大型なだけに完成型では運べないからバラして運び、その場で組み立てる。城壁を破壊されると、その周辺を守っていたmercenaryの戦意は一気に落ちるからな」
「ふん……逃げるだろうな」
そう答えた僕に、ウェズリーはニッと笑みを見せる。
「当然。まあ、俺でも逃げるけどね」
「逃げる意味が違うだろ」
「はは。まあな」
「じゃあ……お前たちはベイリーで?」
僕がそう訊くとウェズリーは、どうかなと小首を傾げ、意味を含めた笑みを漏らすとこう答えた。
「この城は最上階がダンジョンだが、最下層にもダンジョンがある。撃たれた後、まだ息があったからな……俺たちはそこに落とされた」
ウェズリーのその言葉に、僕は嫌悪に顔を歪めた。
僕の表情にウェズリーは、ははっと笑うと、笑みを見せたままこう答えた。
「今更だろ。そんな顔するなよ、ウィットフォード。敵だろうが味方だろうが、結果的に死体置き場になる場所……だが、そこは『最後の砦』だ」




