第35話 what time reveals
僕は、そっとミルドレッドから離れ、部屋を出ようとした。
「……カイ」
その声に僕は足を止め、彼女を振り向く。
「……部屋に運んでくれたのね……」
目を閉じたままだったが、ミルドレッドはそう言った。
「起きたのか。悪いとは思ったけど、部屋に入らせて貰ったよ。ベッドには近付いていないから安心しろ。いくらなんでも飲み過ぎだ。リディアの話は聞いていただろう? お前が守れなくてどうするんだ。僕はもう自分の部屋に戻るから、ゆっくり眠れよ」
「……うん……」
随分と素直だな。
「どうした? やっぱりまだ……気持ちの整理がつかないのか?」
ミルドレッドは、両腕で顔を隠しながら僕に答えた。
僅かにも体が震えているのが分かる。
……泣いているのか……。
「整理がつかないというより、あなたが何を考えているのか分からないだけよ……」
「そんな事はないだろう? 僕は伝わっていると思っているけどな」
「そうやって……あなたもノアも私に選択を委ねる。アンダーワールドに堕ちても、リディアが言った通り、戻れる条件は確かにあるわ。だけど、これがどういう事か本当に分かっているの? 考えてみて……カイ」
僕は、深い溜息をつくと答える。
「……考えなくたって分かってるよ」
ミルドレッドが不安になっているのは『その後』の事だ。
僕は、ソファーに寝そべるミルドレッドの足元に座り、言葉を続けた。
「現王に力はない。今はノアの兄がなんとか抑えているんだろうが……グランドマスターであるノアが今、命を落とせば兄は自軍を失い、その時点で城は陥落したも同然だ。僕はまだknightを集めきれていない。僕たちが戻れる頃には情勢は変わっているだろう。それは悪い意味でね。『k』を無くした『ナイト』……まさにその通りになる。そういう事だろう?」
「分かっているのに、それなら……どうして……? 私がやる事は確かに難しい事じゃないわ。相手が瀕死の状態なんだから当然よ。だけど……本当にそれでいいの……?」
「お前がやらなければ、条件が揃わないだろ」
「それは分かってるわよ……でも……」
同じ事を繰り返したくない……ミルドレッドもそう思っている。
僕は、真顔ではっきりと答えた。
「アドゥルタリン キャッスルが完成すれば、はっきりと分かる」
「カイ……どういう事よ……?」
ミルドレッドは半身を起こし、強張った顔で僕を見た。
僕は、ミルドレッドの目をじっと見た後、何も答えず立ち上がり、部屋を後にし始める。
「カイ……!」
扉に手を掛けながら、ミルドレッドを肩越しに振り向くと言った。
「僕の考えている事が分からないと言うなら、お前は僕を信じていればいい。既に一日経ったようだから完成まで後二日だ、ノアも待っている」
ミルドレッドの部屋を出た僕は、扉を背に目を伏せ、ふうっと息をつく。
『少し中を見せて貰っても?』
未完成のアドゥルタリン キャッスル。造られていく様を再び頭に浮かべた。
ノアが広げた城の設計図……詳しい間取りまでは分からないが、僕たちが通されたのはおそらく主要階。その上が武器庫になっている事だろう。
階段が先に造られ、その後に造られていったところにループホールが見えた。
使うのはクロスボウか……いや……あの高さからの距離、状況を考えても……。
……銃を使う……か。
アンダーワールドに堕ちている間に随分と進んだようだ。
……ルーファス……!!
僕は、伏せた顔を上げ、キッと前を見据える。
自分の部屋に戻ろうと歩を踏み出すと、レイフが自分の部屋の扉の前に立っていた。
「……なんだよ。出て来るなら一緒に部屋に入ったってよかっただろーが」
「行けるかよ」
「なんでだよ」
「俺まで行っちまったら、吐き出せるモンも吐き出せなくなるだろ?」
そう言って、レイフはニッと笑みを見せる。
「……レイフ」
そっか。
レイフらしいな。
「まあ……それより」
真顔になるレイフに、僕も真顔になると頷く。
「ああ」
部屋に招くレイフについて中に入り、テーブルを間に向かい合って座ったが、レイフのなんだか言いづらそうな様子に、僕が先に口を開く。
「あの城……ルーファスが考えたんだろう。奴らしいと思ったよ。瞰射用のループホールが出来てたな」
「ああ、気づいたよ。銃の改良が進んでいるようだな……なあ……カイ。聞き耳を立てる気はなかったんだが……」
「ああ、扉、完全に閉めなかったからな。正直、閉め切るのは気が引けた。ミルドレッドだって、ダイニングであんな姿を見せてたくらいだ、聞かれて困るような事なんかないだろ」
「まあ……カイが扉を完全に閉めなかったのは分かるが、ミルドレッドがどうかはちょっと、な……言い訳じゃないが俺、お前が部屋から出て来る少し前に部屋から出たんだ。ポールアックスを外そうとしたら、出ちまったっていうか、なんていうか……だから、全て聞こえてたって訳じゃないんだぞ?」
やっぱり、ポールアックスで扉押さえてやがったな。微妙に言葉濁してるし。
言いづらそうにしていたのは、そういう事だったのか。
まあ、でも。
「はは。分かってるって」
レイフは、正直な男だからな。
ポールアックスを外そうとしていた時の様子が目に浮かぶよ。
「聞いちまったから言うけど、アドゥルタリン キャッスルが完成した時には、ノアもラドルも完全にアンダーワールドに堕ちるって訳だろ。妙な言い方にはなるが、ラドルはともかく、ノアはオーバーワールドでの救出を考えた方がいいんじゃないか? いや……お前を信じていない訳じゃないんだが……だけど、お前も言ってただろ、knightも集められていないし……悪い意味で情勢が変わってるってさ……」
口籠もりながらも言うレイフに僕は、はっきりとした口調で言った。
「アンダーワールドでは未完成でも、オーバーワールドでは完成してるんだ。レイフ、僕は懸けているんだよ」
僕は、レイフの目を真っ直ぐに見ると、口元に笑みを浮かべながら言う。
「空想に対しての理性を論証する『knight』……にね?」
「ああ、レディが口遊んでいた、再び現れるってやつか……それが?」
「僕は、僕たちのknightly orderにラドを迎え入れる」
「ああ、そうノアに言ったのも聞いていたよ。それに、元々それは決めていた事だろ。あ……そうか……だからラドルだけ……」
僕の意図に気づいたようだ。
「ノアは、その為の論証って訳か……」
レイフの答えに僕は頷くが、レイフはそれが本当に可能なのかと、少し強張った表情だった。
僕には確信があった。
この邸宅には時が流れている。だがそれは、ただ過ぎていく直線的な時間ではなく、繰り返される円環的なものだ。
だからあの時計は、同じ時しか示さない。
過ぎ去るものはなく、今は全てにある……言うならば再臨だ。
僕は、自信に満ちた表情で口を開いた。
その言葉は自分にとっての希望だと思っていたが、今は違う。
「死んだ人間が生き返る事は奇跡なんかじゃない……」
お前に向けて言ってやるよ、ルーファス。
「当然なんだよ」




