第34話 order and chaos
『『k』を無くした……『night - ナイト -』様……?』
リディア・ハーシェル。
彼女に会った時から、妖しくも不思議な雰囲気は感じていた。
目を向けてはいても、何処か遠くを見ているような。
そして彼女には、彼女だけが知っている……いや……見えている何かがあると思っていた。
リディアの流れるように続く言葉は、非現実的なものでもあったが、現実を重ねて想像する事が出来た。
今になってそれを口遊むようにも言ったのは、彼女の思いがあってのものだろう。
それは、ミルドレッドの事を気遣っているのもある。
ミルドレッドがリディアの妹でありたいと思ったように、リディアもミルドレッドの姉でありたいのだろう。
まあ……。
僕は、ミルドレッドをちらりと見る。
手酌でワイン……何杯目だよ。
レイフが止めるのも聞かず、レイフのグラスに注いだワインまで飲んでいる。
まったく……。
分かり易いヤツだ。
レミュを撫でながら、リディアは言葉を続けた。
「灰色の馬に乗り、炎を纏った死神が富を求めんと争いを起こす……偽の玉座は苦味を隠し、甘い蜜で戦士を集い、血の雨を降らす。地に染みていく血は新たな地へと流れ着き、空想に対しての理性を論証する『knight』が再び現れる……」
空想に対しての理性を論証する……『knight』
やけに気が引かれる言葉だった。
その言葉に隠されているものを考えていると、リディアの声がスッと止んだ。
どうしたのかとリディアを見ると、彼女の目線はミルドレッドへと向いていた。
その姿を見て、リディアはふふっと楽しそうにも笑う。
……困ったヤツだな。
テーブルに伏して眠っている。
「部屋に連れていくよ」
僕は席を立ち、ミルドレッドの側へ行くと、彼女を椅子から抱きあげた。
「ありがとう。カイ、レイフ……あなたたちもゆっくりしていって」
「ああ、そうさせて貰うよ。行こう、レイフ」
「ああ。じゃあ、レディ、先に失礼する」
「ええ」
レイフも席を立ち、僕たちはダイニングルームを後にする。
僕は、リディアを振り向くと彼女に言った。
「リディア。レミュが寂しがっていて元気がないんだ。今夜は一緒にいてやってくれないか」
「……そうね。この子が私に甘えてくるんだもの……きっと私に力を分けてくれているのね」
リディアは分かっている。
僕たちがノアに会った事を。
ミルドレッドの様子からして、伝えてはいないだろう。
レミュにしても同じだ。リディアの側にいる事で、彼女の寂しさに寄り添っている。その寂しさは自分のものでもあるからだろう。それは互いに……だ。
「じゃあ、カイ、次にエントランスホールの時計が鳴ったら、ダイニングルームに行けばいいか?」
自分の部屋の扉に手を掛けながら、レイフはそう言った。
「ちょっと待てよ、レイフ。ミルドレッド、どうすんだよ」
「どうするって、部屋に連れて行けばいいだろ。カイ、自分でそう言ってたし」
「それはそうだけど……あのな……いくらなんでも、お前の部屋に入るような訳にはいかないだろ」
「ああ……そうね。じゃあ、お前の部屋に連れて行くとか?」
「もっとダメだろ。レイフ。一緒に連れていくっていう選択肢は、お前に無いのか?」
「うーん……」
「何故、悩む?」
レイフは、髪をクシャクシャと掻き、僕に答える。
「お前なら、いいんじゃね?」
「は?」
なに言ってんだ? 意味が分からない。
パタンと扉が僕の前で閉まる。
「おいっ、レイフっ! ちょっと待てっ」
ミルドレッドを抱きかかえながらもレイフの部屋の扉を背中で押し開けようとするが……開かない! レイフのヤツ、中から押さえてやがるなっ!
部屋の中からレイフが言う。
「だから大丈夫だって、カイ」
「なにがどう大丈夫なんだよっ?」
「部屋に入られたくないんなら、ミルドレッドの事だ、直前で起きるだろ。あとはそうだな、ミゼリコルドで刺されるだけだから」
「それ……終わるな」
「俺、終わりたくねえし」
「僕だってそれは同じだよっ」
話しながらも扉を押し合うが、じゃあなとレイフの声が少し遠くなっていく事にハッとする。
レイフの武器って……ポールアックスだった。
長柄の武器をそう使うかよっ!
扉をポールアックスで押さえやがったな!
僕は、扉を開ける事を諦め、溜息をつく。
部屋に連れていくと言った手前、ダイニングに戻る訳にも、ここに置いていく訳にもいかないしな……それこそ目が覚めた時、ミゼリコルドで刺されそうだ。
……仕方ない。自分で言った責任は果たそう。
レイフの部屋から離れ、隣であるミルドレッドの部屋の前に立つ。
扉に刻まれたイニシャル『M』をじっと見つめた。
この扉を開ければ僕と同じように、置かれたベッドの上にミルドレッドの体があるのだろう。
出来ればその姿は……見たくない。
ミルドレッドが何故、命を落とす事になったのかは想像に易しい事だ。
この邸宅の扉を開ける前の、今にも崩れ落ちそうな邸宅がオーバーワールドに建つ邸宅そのものなんだ。
そうなったのは、mercenaryに襲撃されたからだろう。そして全てを奪われた……その命さえも。
mercenaryの悪行は耳にしていた通りだ。
レミュのグレイブに集まったのはmilitia だったが、襲撃に来た者を躊躇う事なくトドメを刺すというのも、ミルドレッドの思いの一つなんだろう。
意を決するかのようにも扉へと手を掛ける。
ゆっくりと扉を開き、僕は部屋の中へと歩を進めた。
天蓋付きの大きなベッド。部屋は僕たちと同じ造りだ。そして、やはりそこには姿がある。
僕は、ベッドには近づかず、手前のソファーにミルドレッドを下ろした。
真実を知られる事なく、箱の中に残されていた……か。
僕が思うよりも辛い思いをしてきたんだろうな……。
染めた黒髪を戻した金色の髪が、ミルドレッドの頬に掛かっているのを指でそっと払う。
ふと、部屋に置いてあったミゼリコルドに目が行った。
そういえば、ミルドレッドのミゼリコルドって……短剣じゃなくて長剣なんだよな……。
トドメを刺すなら短剣の方が確実だ。一撃でなければ更に苦しませるだけになる。
ミルドレッドは予備武器を持たない。
まあ……長剣であっても短剣であってもミルドレッドの場合、一撃だろうが。
それに……あのポンメルの装飾は、ノアの剣と同じだ。
ノアがミルドレッドに与えたのか……。
ミルドレッドがこんな姿を見せるのも仕方のない事だ。
ミルドレッドのミゼリコルドが長剣なのも。
彼女を支える軸……だからだ。




