第32話 rampant arbitrariness
慈悲の一撃……か。
ミルドレッドが僕とレイフの前に現れた時の彼女の言葉と、表情が思い返される。
『……あなたたちには分かるでしょ……』
悲しげな表情だった。
だが、ミゼリコルドを抱え、それが彼女の軸であるかのように、続けた言葉は彼女に決断を迷わせない。
『敵味方問わず最期を迎えさせるのが、この手である事を』
……ミルドレッド。
気の強さで、繊細な思いを隠しているのは分かっていた。
分かっているからこそ、彼女には慰めるような言葉はいらない……僕はそう思っている。
そんな言葉は彼女にとって、何よりも聞きたくない言葉だろう。
その言葉を聞けば、聞いてしまえば、ミルドレッドは前には進めなくなる。
それは、彼女が後悔を捨てたからこその決断だと……。
「あなたたちの『最期』は、私のこの手である事を恨まないで」
城を後にしていくミルドレッドを見つめながら、ノアが静かに呟いた。
「恨む訳がないだろう、ミリー。キミは……母親は違えど……僕の妹なんだからね」
ミルドレッドがノアの妹……。愛称で呼ぶのも納得ではあるが……。
複雑な事情がある事は直ぐに分かった。だからこそ、その話を深く聞こうとは思わなかった。
まあ……正直、そういった話に興味はない。
ノアにしてもミルドレッドを大切に思っているからこそ、敢えて口したのだろう。
ミルドレッドは既に姿を消していたが、あいつの事だ、きっと聞こえているに違いない。
ノアは、気持ちを入れ替えるようにふうっと息をつくと、笑みを浮かべた顔で僕を見る。
「カイ、よく分かったね。僕とラドルがまだ息があると」
「まあ……ミルドレッドは直ぐに気づいていただろうけどね。生きているうちは『幽閉』だろう。それに……ダンジョンは脱出不可能な最上階だ。死んでいる者を最上階に置く必要がないからね……」
僕の言葉に、ノアはそうだねと静かに頷く。
そして、一呼吸置くと僕とレイフを見て言った。
「完成まで、あと三日かな……三日後にまた訪ねて来てくれないか。勿論、ミリーも一緒に」
「了解した。レイフ……リディアのところに戻ろうか。ミルドレッドも戻ったんだろうから」
「ああ、そうだな。レディに何も言わずに出て来たしな……」
「カイ」
席を立つ僕をラドが呼び止めた。
僕へと歩を進め、向き合うと静かに口を開いた。
「Free companyの事だが……」
「……ラド……」
ラドには僕に話せなかった事情があるんだと、ラドが話してくれるまで待とうと思っていた。
僕が知りたかったラドの事……それを話してくれるのか。
通じ合えた事にレイフが良かったなと、僕の肩をポンと叩いて、邪魔しないようにと先に歩を進めていく。
「いや、レイフ、お前にも聞いて欲しいんだ。お前だってFree companyの事は知っていたんだから」
「まあ……そうだけど……」
遠慮しているのだろう、レイフの目線が僕に向く。
僕は、レイフに頷きを見せ、共にラドの話を聞こうとラドに向き合った。
立ったまま話す僕たちを、ノアが見守るように見つめていた。
「mercenaryでいる事が有利だと……Free companyに属したのも、深く潜り込む為だったんだ。カイ……ルーファスたちのknightly orderを領主が迎え入れたのは、ルーファスたちの領主が病に倒れたからだと聞いていたよな……」
「ああ」
「違うんだよ」
「違うって……何がだ、ラド」
「ルーファスたちの領主……|Craig・Balfourは僭称者側だ」
「……」
顔を伏せ、黙ったのは驚いた訳でもなく、事実を伏せられていた事を不快に思ったからじゃない。
事実が伏せられていた事で、繋がったからだ。
申し訳なさそうにも、ラドは口を開く。
「カイ……お前に話さなかったのも……」
……分かっている。分かっているよ、ラド。
僕は、いいんだと、首を小さく横に振る。
「話せる訳がないだろ……ラド……事実を突き止める為には誰にも知られてはならなかったんだ。そうだろう?」
「カイ……」
伏せた顔をあげ、ラドを見る。ラドは、少し驚いた顔をしていた。
僕は、ラドの目を真っ直ぐに受け止めながら口を開いた。
「mercenaryは国外からも集められる。ラド……お前のその黒髪だよ。出自を明かさなくても……いや……明かす必要もない。領土に関わりがない方が裏切りは少ない。そう思わせられるだろう。だが、初めはお前の事を知らない奴らが多かっただろうが、ルーファスたちのknightly orderが分散していく中でお前の事を知っている奴も集まって来るようになった。だからだろう? レイフから聞いたよ。お前は滅多に人と話す事もなく、プレートアーマーで顔を隠してたってな……だが、お前がFree companyに属したという訳じゃない、その集まりがFree companyになったから、結果的に属する事になったんだ」
ラドは、そうかと小さく呟き、ふうっと息をつくと答えた。
「カイ……領主に、お前と二人で呼ばれた事があっただろ、mercenaryの事で」
「ああ」
「あの後、ルーファスが俺たちの前に現れただろう? 計っていたようなタイミングでな。あいつは、領主と何の話をしていたかを分かっていたよな……覚えているか?」
「ああ、覚えているよ。まあ……思い出したよ。奴は訊いてもいない事をベラベラと喋っていたな」
「ルーファスは狡猾な奴だ。俺たちに近づいて来たのも、自分が疑われているか、どこまで知られているかを窺う為だ」
「奴が僕たちのknightly orderに残ったのも、そういう訳だな」
「領主が好待遇で受け入れたのも、管理下に置く為だったんだ」
「分かっている」
僕は、あの時のルーファスの言葉を再び思い返した。
『領主との話ってさ、mercenaryの事だろう?』
『領地はあれど、気を引くまでもない小規模な地でも、主を持たないmercenaryには魅力的なんだよ? 直属軍もなく、いたとしても少人数……まあそれも、門番的なもんで戦力は無いに等しいしね? それに……』
ルーファスの言葉の節々に同意を求める疑問符があったのは、やはり反応を窺う為だったか。
それと同時に奴は。
『そういった領主を引き込み、操るも容易いって訳』
何を起こそうとしているのかを、僕たちにわざと伝えていた。




