第30話 frontier territory
「工夫ってなによ……?」
変わらずミルドレッドの機嫌は悪いが、ノアもノアでそれを見るのがなんだか楽しそうだ。
クスリと笑みを漏らしたが、切り替えるようにふうっと息をつき、円卓に地図を広げた。
そして、ノアは一呼吸置くと話を始めた。
「戦いが激しくなれば、許可を得ようが得まいが城はあちこちに建つ。大半は領地に城壁や城塔を建て、守りを固めるといった具合だ。その周辺は街になっている訳だが、自軍の少ない領主は周囲にmilitiaを置く。領民を守るのも領主の務めではあるが、侵略が始まれば、まずはmilitiaが動く。militia だけでは当然、敵わず、自軍を出したところで及びはしない。mercenaryを雇えるかにもよるが、まあ……築城で資金が底をつくだろうね。そうして掌握し続けていくと……」
ノアは、地図を指でそっとなぞりながら、こう言葉を続けた。
「境界が出来るという訳だ」
ノアのその言葉に、僕は深い溜息をつくと静かに答えた。
「領土を分ける、と?」
僕のその言葉を、はっきりとした口調でノアが言い換える。
「国を分けた、と」
その言い方で、オーバーワールドの現況を知った。
もう既にその状況にきていると……。
「始まりは辺境領という訳……か。納得と言えば納得だ」
その僕の言葉にノアは頷くと、再び口を開いた。
「王のいる中央から離れ、地方に領地を持つ領主はそもそもが国境での防衛が主だ。それだけに軍事力は高いという訳だが、国の為、というよりも自身の支配拠点を確立するという事に重点を置く。軍事力が高いだけに、領域支配が容易といえば容易だ。この支配が広がれば広がる程に」
ノアの目が、僕に答えを促すように動く。
僕は、彼の目を真っ直ぐに捉えながら答えた。
「現王に力がなければ従属はない。領邦君主としての自立主権……ね」
重い空気感に沈黙が落ちた。
現時点で王権は揺らいでいる。飲み込まれる前に弱体化した現王より、次期王に指揮を執らせたいといったところだろうが……。
自軍であるノアがこのアンダーワールドにいる事も、況してや幽閉されている身では……。
早くオーバーワールドに戻りたいところだが、このままでは勝機が見えない。
皆、それぞれ考えをあぐねていたが、レイフが話を進めようと口を開いた。
「……それで、貴殿が言う工夫とは?」
「そうだね……」
ノアは、もう一枚、紙を取り出すと地図に重ねて広げた。
……城の構図だ。
でもこれは……。
構図とこの城を見比べるようにも見る僕に、気づいたかというようにノアは小さく二度、頷きを見せる。
「見ての通り、この城はコレを再現している。僕とラドルが幽閉されている城だが、この城は地下を含めて六階層あり、居住階を含め主要階や武器庫等、地下にはダンジョン……ダンジョンは地下牢という訳だが……」
ノアは、上へと目線を向け、階段が造られていく様を見つめた。
……成程ね。それは確かだな。
僕は、ノアのその仕草に一人頷くとこう答えた。
「そもそも、ダンジョンは地下にはない。あるのは最上階……だろう?」
ノアは目線を戻し、返答する。
「ああ、その通りだよ、カイ。最上階からの脱出は不可能だからね……監禁するなら下より上だ。だが、上であっても下であってもダンジョンには窓などない閉鎖空間だ」
「工夫とは……そういう事か。貴殿らしい考え方だ」
そうは言っても、ノアとはここで会ったばかりでよく知りはしないが、アンダーワールドとはいえ、これ程の城を築ける力があるという事だ。
その力を示した上で工夫とは……。
「合意、でいいかな?」
ノアが笑みを浮かべながら返答を求める中、僕はレイフと目線を合わせ、互いに頷き合うと同意を示す。
「僕たちも勿論だ。それならば、少し見せて貰っても?」
「お好きにどうぞ」
「では、遠慮なく」
そう答えると僕は、ふっと笑みを漏らし、席を立った。
「ちょっと待ってよ……私にはよく分からないんだけど?」
「ミリー、キミはカイのknightly orderの一人だろう? それもリディが認めているknightだ」
「だからなによ? というか、リディアが今、どうしているか知っているのね? あなた……どうやって知り得たの?」
ミルドレッドの問いにノアは、ふふっと穏やかに笑うと頬杖をつき、僕の行動を眺めながら答えた。
「僕は、リディが話していた事を思い出しただけだよ。言うならば、あれは彼女の『黙示録』だね」
懐かしむような表情。当時の事を思い浮かべているのだろう。
「全て覚えている訳じゃないが……不思議と頭に浮かんでくるんだ」
「だったら直接話せばいいじゃない。リディアのところへ行ってはくれないの? ノア」
「ミリー……」
困ったような顔を見せるノアに、僕は口を挟んだ。
「ミルドレッド……まさか、お前が忘れている訳じゃないだろうな?」
「え……あ……」
「リディアの邸宅に入れる条件だよ」
「あ……そうね……忘れてなんかいないわ……ごめんなさい。リディアよりも私があなたに先に会ってしまった事を、少し後悔しているのかもしれないわ。あなたがリディアの元に行けないように、リディアもあなたの元には来られない。リディアはあの邸宅から出る事が出来ないから……」
「それが出来るようになる為に僕たちが集まっているんだろ」
「……ええ。そうね、そうだわ」
階段へと向かう僕の後をラドが追うのを横目に見ながら、僕は一段、二段と階段を昇り、一階層昇ったところで足を止めた。
「……ラド」
僕は、続く階段を見上げながら言った。
「僕に伝える事はないか」
僕はまだ、ラドを振り向かなかった。
「僕はあるよ」
「……カイ」
静かに吐き出された声に、僕はゆっくりとラドを振り向いた。
「共に行く。それがお前の決めた事であるなら尚更だ。ラド……僕がお前の考えを否定した事があったか?」
僕のその言葉に、ラドはふっと笑みを漏らすと首を横に振った。
「……いや。一度だってない」
「そうだろう?」
僕はラドへと手を差し出す。
ラドが僕の手を取るとグッと握り合う。笑みを交わすと階段を下り始めた。
「リディが言っていた事は本当だったね……ああそうだ、それをこう言っていたんだ」
ノアへと目線を向ける僕たちに、彼はこう言った。
「『silent - k - 黙示』」




