第29話 knights of the round table
ノア・ハーシェル。knightであり、領主であり、このアンダーワールドで城主ともなったリディアの夫……ここで彼に出会うとは。それも……。
僕はラドに目線を向けた。
……ラド。
ノアの少し後ろに控えるように立っている。
ラドと僕の目線が合い、ラドは僕に頷きを見せた。
この現状を理解して欲しいと伝えているようだ。深い理由がある事は既に理解している。ラドにはラドの抱えた思いがある事も、僕は尊重している。
僕は、ラドに分かっていると伝えるように頷きを返した。
その仕草にラドはホッとしたようだ。
ラドの表情が少し緩んだ事に、僕もホッとする。
その様子を見ていたノアの目線が僕に集中した。
僕は、ノアの目を真っ直ぐに見て彼に答えた。
「それならば、交渉妥結という事で話を進めさせて頂きたい」
そう答えた僕に、彼はふっと笑みを見せる。
「ワインでも傾けながらゆっくり話をしたいといったところなんだが、生憎、こんな有り様なんでね……」
そう言ってノアは、階段を見上げた。
そして、目線を僕に戻すと言葉を続ける。
「完成にはまだ少し時間が掛かりそうだ。それでも多少寛げる部屋はある。そこで話をしよう。ラドル」
ノアの呼び声にラドは頷くと、僕たちを一階の奥へと案内する。
開かれた扉の中の大広間には、円卓が置かれていた。
ノアの勧めで僕たちは円卓を囲んで座った。
聞きたい事は山程あるが……。
僕は、隣に座ったミルドレッドにちらりと目を向けた。
ミルドレッドは、真っ直ぐにノアを見ているが、その目は怒りさえ見せている。
ノアにもそれは伝わっているだろう、少し困ったような顔を見せながら、指に挟んだ紙を彼女に見せる。
「ミリー……キミが怒っているのは、コレの事かな?」
その彼の仕草が却ってミルドレッドを煽る事になったらしい。
「なにがミリーよ。私に届いたそのメッセージ……いつの間に回収したの。油断も隙もないわね」
睨むような目を向けてミルドレッドは詰め寄るように言う。
「リディアはずっとあなたを探しているのよ。今もあなたを待っているわ。だから私はあなたを探していた。ラドル・グレンフィル……あなたもよ。この私が見つけられないなんて。あなたたち……なにをしているの? この城はなに? 一体、どういう事なのよっ!」
「謝っただろう? 脅すつもりはなかったと」
ノアは、指に挟んだ紙を二つに破り、円卓に置いた。
ミルドレッドが共に行くと言ったのも、あの様子もこういう事だったのか……。
『どうして私にそれが分かるのか……とか。それは本当の事なのか、とか。私の言葉を信用していいの? あなたにはあなたの考えがあったはずでしょう……』
「なによ……そんなものなくたって、どっちにしたって同じ事じゃない。カイがラドル・グレンフィルを探している事を、あなたは利用したに過ぎないわ、ノア」
「僕だってこんなやり方はしたくなかった。まるで……奴らのようだからね」
「だったら……!」
「ミリー、悪いが……」
ノアの表情と声の色が変わった。ヒートアップしたミルドレッドの熱を一気に冷ましてしまう、彼が持っている独特の空気感。
じっと何かを見据えるように見るノアの目に、ミルドレッドは声を飲み込んだ。
「今は、ここで話すべき話をしないか」
ミルドレッドは、気持ちを落ち着かせるように深呼吸をし、分かったわと呟くとノアに向き合った。
ノアの目が再び僕に向けられる。円卓での会談はそれぞれの表情がよく分かる。
上下のない平等な席順。対等に話を、という事なのだろう。
「話を戻そう。カイ・ウィットフォード。交渉妥結と言うなら、キミの条件を聞かせてくれないか」
「ラド……ラドル・グレンフィルを僕のknightly orderに迎え入れたい」
その言葉にラドの目が動いたのを視界に入れながら、僕は言葉を続けた。
「戦う目的はサー・ノア・ハーシェル、貴殿の目的と共にする。それはリディアが望んでいる事でもある」
「それは願ってもない事だが、僕の目的がなんなのか……訊かずして断言出来る理由を聞かせてくれないかな」
「ここに招き入れた事が貴殿の目的を示している。|adulterine castle。現状を考えても急を要すると見ているが……この築城がどちらに傾くか、疑問が無い訳でもない」
「その疑問とは?」
「領主の築城は権限を主張する。それがアドゥルタリン キャッスルであるならば……」
僕は、ゆっくりと瞬きをし、再びノアの目線を受け止めると言葉を続けた。
「王の存在の希薄が領主の存在を大きくする。築城し、城主となれば希薄になった王の権限を超える事が出来るという事」
「つまりはその城主こそが王であると?」
ノアの言葉に僕は頷く。
そもそも、この現状に於ける戦いは僭称者が現れた事によって起きたものだ。
ノア・ハーシェルは王族だが、継承権を放棄したとミルドレッドは言っていた。だが、彼が僭称者ではない。放棄したとはいえ、血族である事は確かな事で、身分は十分だ。
別に僕は、彼を疑っている訳じゃない。
ノアは継承権を放棄しているにも拘らず、このアンダーワールドに堕ちている事がなによりの証明だ。
第一継承者であるノアの兄が即位出来ない状況に追い込まれたとして、系統を維持するにノアの存在は不可欠になる。
だからアンダーワールドに堕ちているのだろう。僕たちを踏まえ、堕とされた、と言った方がいいのだろうが。
系統断絶となれば、成り代わりは可能だ。故にそれなりの力を持っている者であれば尚更に。
「僕が王になるかどうかはともかく、僕はキミたち同様、オーバーワールドに戻らなければならないのは確かだ。兄を守る為、兄の自軍として戦地に赴いたが、気づけばアンダーワールドに堕ちていた。この城はキミの言うようにアドゥルタリン キャッスルだ。まあ……アンダーワールドに建つくらいだからね。許可も何もあったものではないが……ああそうだ、ミリー」
「なによ?」
機嫌が悪いままのミルドレッドは、ノアを睨む。
そんな目を向けられてもノアは楽しそうにも笑みを浮かべている。
……この二人……関わりが近いのか。リディアの側にいるのも頷ける。まあ……愛称で呼ぶくらいだしな。
「僕とラドルの体が見つからないのは、敵地に幽閉されているからだよ」
「ふん……今、答える気になったの?」
「まあね。あの場所は外部からの接触が遮断されるからね……」
ノアは、意味ありげな笑みを浮かべて、こう言葉を続けた。
「ちょっとした『工夫』が必要なんだ」




