第28話 adulterine castle
「覚悟して、カイ。ラドル・グレンフィルは捕虜になったって事だから」
ラドが……捕虜に……。
(サー……)
僕を気遣うように、レミュが頬に寄り添う。
「大丈夫だ、レミュ。こういった事はいつだって突然だ。まあ……慣れはしないが、よく起きる事だよ。ミルドレッド」
僕は、歩を進めるミルドレッドを呼び止め、馬に乗れと手を差し出した。
ミルドレッドは僕をじっと見た後、僕の手を取った。
彼女の手をグイッと引き寄せ、僕の前に乗せると、レイフと並んで開かれた門へとゆっくりと向かい始める。
「……カイ。何故、訊かないの」
「何をだ」
「どうして私にそれが分かるのか……とか。それは本当の事なのか、とか。私の言葉を信用していいの? あなたにはあなたの考えがあったはずでしょう……」
「何が言いたい?」
「だから、あなたは……」
いつもの強気な態度とは違い、随分と遠慮がちだ。
「何を信じるか、誰を信じるかは僕が決める。ミルドレッド・ダルトリー。お前は僕が選んだknightの一人だ、何か間違っていたか?」
「カイ……」
「お前……僕が信じる相手を間違えて死んだと思っているのか?」
「それは違うわ。あなたは間違えない……そうでしょう?」
「それなら分かっているだろう、ミルドレッド」
「……ええ。分かっているわ……だから……」
俯くミルドレッドを前に、僕はふっと笑みを漏らした。
「なによ……? なにかおかしい?」
「いや……心配なら無用だ。お前、僕が冷静でいられなくなると思っていたんじゃないのか? 先に向かったのも、回りくどい言い方も、僕の心情を察しての事だろう? 相手が相手だと知っていたから」
僕は、笑みを止めるとミルドレッドに答えた。
「ルーファス・ナイトレイ。奴の所為で命を落とした者は多いだろう。だが、このアンダーワルドに堕ちたmercenaryはルーファスの配下だった者たちだ。当然、僕たち側とは敵対する仲……その戦闘で命を落とした者たちだ。僕とレイフ……ラドを敵視しても不思議はないが……」
城門を抜けると馬の足を止めた。
先に馬から降り、ミルドレッドを馬から降ろすと、レイフと共に城塔を前に立つ。
そして聳え立つ城を見上げ、僕は言葉を続けた。
「領主どころか城主となれば、交渉とはいえ、そう容易に門を開けはしない。それをこうも簡単に開けるんだ。このアンダーワールドで身代金を要求するとも思えないが……」
「はは。それもそうだ。持っているのは武器くらいだからな」
僕たちは歩を踏み出し、開かれた扉へと向かう。
この城……。
まだ完成していないようだ。
内城で足を止め、僕は眉を顰めた。
レイフが静かに呟く言葉が、その実情を明かす。
「……|adulterine castle」
その声は低く落ち、僅かな緊張を含んでいた。
その緊張を深めるように、入って来た扉が独りでにバタンと閉まる。
まるで、もう逃げられはしないと言っているようだ。
僕は上へと目を向け、不敵に笑うと、何処かにいるだろう奴に告げるように言う。
「ふん……逃げる気なら、初めから来ないよ」
アドゥルタリン キャッスル……王の許可なく建てられた城の事だ。
戦いの最中、許可を得ている間もなく、攻防の為に急ぎ造られる事もあるが、この城は許可など得る必要もないと自身が王であると主張する為に造っているのだろう。
僕は、深く息をつくと言った。
「死者が生き返るって……それだけで崇拝に値するよな。王というよりも神かな……?」
中央階段は三階へと造られていくが、城の高さからしてもそれ以上だ。
だが、この城の中央には屋根がない。
確かに建てている途中ではあるようだが、外壁よりも階段の方が先をいっている。
……上……か。
このアンダーワールドという死者の世界は、オーバーワールドという生者の世界の地の下にあると言われている。
一段ずつも階段が造られていく様は、オーバーワールドへ繋げようとしているんだと感じさせる。それは間違いではないだろう。
ある程度、階段が造られていくと、後から外壁などが造られていく。オーバーワールドに繋がる事が出来たら、この城ごとオーバーワールドに存在するのだろう。
繋がる事が出来たなら……の話だが。
少しの間、上へと造られていく階段を眺めていたが、その階段の途中にスウッと人影が浮かび上がった。
警戒を示すようにも、レミュがハーフプレートアーマーに変わる。
レイフはポールアックスを手にし、ミルドレッドはミゼリコルデを握り締めた。
階段に浮かび上がった人影は、一段ずつゆっくりと階段を下りて来たが、二階途中で足を止めた。
僕たちを見下ろすように立つその姿は、ハーフプレートアーマーとマントに身を包む、長い金色の髪のknight……。
目に映ったその姿に、僕は小さくも息を飲む。
……大きく予想を反した。
これは……確かに身代金など要求しないだろう。況してや、交渉など……。
金色の長い髪のknightの後ろをついて現れたのがラドである事に、緊張が解かれていく。
「……どういう事……?」
そう疑問を不機嫌に投げ掛けたのはミルドレッドだった。
僕たちの前に現れた、城主でもあるのだろう、このknightが何者であるのか気づくのに時間は掛からなかった。
端正なその顔立ち、佇まいからも気品が溢れている。
腰に携えた剣のポンメルの装飾も、身を包むアーマーやマントも高価なものだ。
だからといってそれをアピールするようにも気位が高い雰囲気はなく、柔らかな表情の落ち着いたその雰囲気に自然と頭が下がる。
「すまなかったね、脅すつもりはなかったんだが、事が事だけに現実味を帯びた状況で話をしたくてね。信じる事よりも疑う事の方が慣れているだろう? その方が僕としても気が楽だったものでね」
そう話しながら階段を下り、僕たちの前に立つ彼の少し後ろに控えるラドと目が合う。気持ちを伝えるように頷きを見せるラドに、僕も頷いた。
その様子を見ていた彼が、言葉を促すように僕へと目線を向ける。
僕は、その目線を受け止め、口を開いた。
「それならば、交渉妥結という事で話を進めさせて頂きたい……」
レミュが小さくも猫の鳴き声をあげたのを感じ取りながら僕は言った。
「サー・ノア・ハーシェル」




