第22話 back stabber
馬を走らせ、僕たちが向かったのはリディアの邸宅だ。
変わらずこの邸宅は、その扉を開けるまで色がない。荒れ果てた庭に、今にも崩れ落ちそうな邸宅。だが、扉を開ければ邸宅は勿論、庭園も彩りを見せる。
絢爛豪華な邸内は眩い程の光に溢れ、戦場の凄まじさを忘れさせるようだ。
ボーンと静かにも低く、エントランスホールの時計が時を知らせる。
深夜十二時。
気づけば時計の音は同じ時を示している。
レミュを肩に乗せたまま、僕とレイフはダイニングルームへと足を運ぶ。
出迎えなどなくても自然とそこへ向かうのは、そこにリディアの望みが表されているからだ。
『ディナーは出発よりも帰還の方が味わい深いでしょう?』
リディアの言葉を思い起こす僕は、思わずふっと笑みが漏れた。
全てが終わり、ゆっくりとディナーを楽しみたいというレディアの思いは、僕も同じだ。
僕は、ダイニングルームに歩を踏み入れると同時に口を開く。
「ディナーにしては遅いが……時間、だろ?」
長く大きなダイニングテーブルの奥の席にはリディアがいる。
リディアは僕たちに目線を向け、笑みを浮かべた。
「待っていたわ。どうぞ、座って?」
「ああ」
返事をすると僕は、肩からレミュを床に下ろす。
「レミュ、リディアのところに行っておいで」
恥ずかしそうにもモジモジと落ち着かない様子のレミュに、リディアはレミュの目線の高さに合わせるように姿勢を変え、手を差し出した。
「こっちへいらっしゃい、レミュ」
その言葉にレミュは嬉しそうにリディアのところへ向かった。
リディアはレミュを抱くと、愛おしそうに撫でた。
「それで……」
席に着きながら僕は、ある方向に目線を向けた。
予想通りではあるが、当然のようにも慣れた様子で座っている。
「僕たちが来るより先に席が決まってんのかよ、ミルドレッド」
ミルドレッドが座っている席は、レイフの隣だ。
「あら、いいじゃない。リディアにはもう報告済みよ」
ミルドレッドは、ふふっと楽しそうに笑うと、自分でワインをグラスに注ぎ、一口飲んだ。
「お前は飲むのかよ……それも手酌って」
呆れ気味にそう言った僕に、ミルドレッドはクスリと笑う。
「私のワインだもの、飲むに決まってるわ」
「オーバーワールドに戻れなくても知らないぞ」
「あら……カイ。リディアの言葉を真に受けたの?」
「なんだよ、違うのかよ?」
僕の目線が答えを求めるようにリディアに向くと、リディアは答える。
「半分半分ってところかしら? 何にしたって、過度になるのは良くないじゃない? 満たされようと過度になってしまったら、そこから抜け出す事なんて考えなくなるでしょう? 飲めば飲む程、お酒に溺れてしまうようにね。それに……カイ、あなたもレイフも食事よりも求めたいものがあった……それがあなたたちの証明よ。それで条件を満たしたというのもあるわね」
「成程ね……そういう事か」
そういえば……初めに会った時、リディアもワインを一口飲んでいたな……。
「ねえ、カイ」
「なんだ、ミルドレッド」
「半分ついでに、あなたがknightを見つけたら、私がその半分を見つける……knightであっても、それはそれで私の役目よ。勿論、あなたたちの仲間として手助けもするわ」
「ああ。助かるよ、なあ、レイフ?」
「ああ。助かる。ミルドレッドの力が俺たちには必要だ」
「あら、それは過度よ、レイフ? 期待し過ぎだわ」
揶揄うような口振りでミルドレッドは、そうレイフに答えた。
「はは。それは失礼した」
「ふふ。でも、私は『特別』なの」
僕たちの会話を、楽しそうにリディアは見つめていた。
僕はリディアに目線を向け、彼女に言った。
「リディア。泊まっていってもいいかな? あの部屋に」
「ああ、それなら俺もそうしたいな」
そう言った僕たちをリディアは一瞬、驚いた顔を見せたが、直ぐに嬉しそうな顔を見せた。
「ええ。勿論よ。あなたたちの部屋なんだから自由に使って」
談笑した後、僕たちはそれぞれの部屋に入った。
レイフの隣に座ったミルドレッドの部屋は、席順のようにレイフの隣の部屋で、その扉には『M』が浮かんでいた。
三度目に入る柩の部屋。ベッドには僕の肉体がある。
レミュが僕の肩からベッドに下りると、枕元に寄り添った。
やっぱり……複雑な気分だ。
自分の体をこうして眺める事が、なんだか他人を見ているような気分にもなる。
僕は、ベッドを背もたれにして座り、ふうっと息を漏らした。
(サー……)
「大丈夫だよ、レミュ。キミは眠って。僕の体が目覚めるように、僕のその頭に夢でも見させてよ」
一人になったら、ラドの事が気になり始めた。
ラドが抱えた思いは認めたいと思っている。
だけど……。
Free company。おそらく、あのmercenaryの数からしても間違いはないだろう。
そうだとしたら、ラドはFree companyに目的があるようだ。
Free companyに属したという理由も、目的の一つだった。
僕は、また溜息をつき、頭を抱えた。
……何か……他に思い出せないだろうか。
雨でぬかるんだ地に僕は倒れていた。あの時、既に僕は深傷を負っていた。
深傷を負わせたのが……ラド……? 本当にラドなのか……?
『ラド……! 後ろ!』
そうだ……声が聞こえた。
あの声は……誰だ。
ラドル・グレンフィル。
彼を『ラド』と呼ぶのは僕と……確か。
僕はハッとする。
傷が残っているなら……その傷痕で分かるかもしれない。
(どうなさいましたか、サー)
レミュの声は聞こえてはいたが、僕は自分の肉体の傷を確認する事に集中していた。
……やっぱり……。
僕は、深く息をつくとベッドに座った。
確信した。
(サー……)
僕を心配するレミュが肩に乗り、そっと顔を覗き込む。
レミュがビクッと体を震わせたのが、僕の肩に伝わった。
悔しさと怒りがどうしようもない程に押し寄せる僕の表情は、怖ろしく感じた事だろう。
思い出せなかった事が更に怒りを掻き立てた。
忘れる事などあり得ない。なのに何故、今になって思い出すんだ……!
『|Rufus・Knightley』……!!
僕の肉体にあった傷痕は。
銃創だ。




