第21話 third knight
ラドは、重ね合わせた手をそっと離し、僕から目線を逸らした。
その仕草に僕は胸が苦しくなる。
僕には……何も……答えてくれないのか。
「ラド……」
背を向け、ラドは何も言わずに歩き始める。
「ラド!」
呼び止める僕を、足を止めたが振り向かない。
これ以上……言葉を投げ掛けても、通じ合えないという不安が襲って来る。
「……っ……」
上手い言葉も見つからず、僕は肩を落とし、目を伏せた。
伝える言葉が出てこない事に、ラドからの言葉を待っている自分がいる。
ラドが何か話してくれれば、その言葉に僕は答える事が出来る、なんて……これじゃあ、何も伝わらないじゃないか。
ふわりと僕の体を包むような柔らかい風が舞うように流れ、レミュが猫の姿に戻ると肩に乗った。
(サー)
こんなにもラドとの距離が遠くなってしまっている事に、胸が苦しい思いがしたが、優しく響くレミュの声にリディアの言葉が頭の中に流れた。
『あの子にはあの子なりに抱えたものがあるのよ。その思いは認めてあげないとね……離れていても通じ合えるなら、心配はないわ』
ラドにはラドなりに抱えた思いがあるんだと、僕は理解している。そう思える事は、通じ合えてるって事だよな……ラド。
僕は顔を上げ、立ち去って行くラドの背中を見た後、レイフに言った。
「戻ろう、レイフ」
「おい……いいのか、カイ……」
「ああ。今はいい」
レイフにしてもラドに対しての思いはあるはずだ。だけど、レイフはラドとの溝を深める気はないようだ。
レイフのその思いが僕の気持ちを落ち着かせてくれている。
完敗だったと言った、あの時の表情が思い浮かぶ。
レイフもラドと戦う中で、何か感じるものがあったのだろう。
だから、そう……今はいい。
いつか……いや、いつか、なんてそんな時間は僕たちにはないが、また必ず会いに行く。
まだ全てのknightを見つけていないのもある、その間に他のknightを先に探そう。
僕はラドに背を向け、馬へと戻る。
肩越しにラドを振り向いたが、ラドの姿は遠くなっていた。
僕は、決意を固めるように手をギュッと握り締めた。
……今はいい。
だが、また必ず探し出すよ、ラド。お前が何処に行こうとも。
必ず……。
お前と共にオーバーワールドに戻る。戻ってやるからな。
僕とレイフは、倒れているmercenaryたちを横目に見ながら馬へと戻る。
……まただ。
グレイブに集まったmilitiaもそうだったが、このmercenaryたちもフル装備だ。
この数といい、人壁のように並んだ長槍の歩兵たちも。
アーマーも盾にも掲げる|coat of armsはない。
|Free company……か。
僕は、再度ラドを振り向いた。
もうそこにラドの姿はなかったが、僕には察した思いがあった。
この数を相手に、たった一人で戦っていた。
mercenaryに対して、やっぱり何かあるんだな。
ラドに背を向け、進め始めた足は重かったが、ラドの思いを察した気がした瞬間、進める足が少し軽くなった。
倒れているmercenaryたちを抜ける僕とレイフの前に、勢いよく降りた影がドスッと突き刺さった。
僕とレイフは、驚く事なく無表情でその場で足を止める。
現れたその姿は、mercenary向かって剣を突き刺していた。
「お前……」
僕は、その姿をじっと見る。
『ミゼリコルド』を持ったValkyrieが、僕たちの前に再び現れた。
ホントに……この女の気配、全く気づけないな……。
僕は、彼女を見ながら溜息をついた。
「あら、どうしたの? 溜息なんかついて」
まったく……白々しいな。
僕は、呆れたようにまた溜息をつくと、彼女に答える。
「お前ね……一歩間違えば、僕を突き刺す距離だぞ……まさか、狙ってんじゃないだろうな? 少しくらいならいいとか思ってんなよ?」
「ふふ。あなたが間違えない限り、それはないわ」
「聞こえてなかったのか? 言っただろ、間違えるはずがないって」
僕は、彼女を擦り抜け、馬に戻る。
馬の首を摩り、鐙に足を掛ける僕に彼女は言う。
「聞こえてたわよ。そうね……あなたは間違えない」
トーンを落としたその声に、眉を顰める僕は彼女を振り向く。
僕の目線を受け止めると、彼女は言葉を続けた。
「でもね、カイ……」
僕は足を鐙に掛けたまま、動きを止める。
「その正しさを支える者が、あなたが正しくいられるように間違うの。正しさを保てるのは、あなただけでは適わないって事よ。それでもあなたはその道を進む?」
少しの間、静止していた僕だったが、俯き、ふっと笑みを漏らす。
僕が正しくいられるように、僕を支える者が間違う……か。
それなら僕は。
騎乗すると僕は、彼女に答えた。
「ああ、進むよ。Valkyrie……お前が言う『その道』とは違う道でね」
僕のその言葉に彼女は、ふふっと楽しそうに笑った。
「悪いけど、Valkyrieって呼ばないでくれる? 私にも名前があるの。Mildredよ」
「分かったよ、ミルドレッド。頼むから突然、現れないでくれ。お前の現れ方は奇襲レベルだ」
「悪かったわね、これでもあなたたちを助けているつもりだけど?」
クスリと笑みを漏らしながらミルドレッドがミゼリコルドを引き抜くと、mercenaryたちの姿が消えていく。
本当に……この女は容赦ないな。
まあ、その行動に彼女の強い思いがある事が分かるのだが。
僕は、ふっと笑みを漏らすと、ミルドレッドに言った。
「それなら|female knightになって貰った方が安心だな」
「そうねえ……そうしようかしら?」
「案外、適当なんだな……」
「そうでもないわよ」
ミルドレッドはにっこりと笑うと、こう言った。
「戦場での叙任はサー・カイ・ウィットフォード、あなたに任されているわ」
「そんな話、聞いてないけどな」
「私は聞いているわよ」
「だから、僕が聞いていないんだよ」
「まあ、いいじゃないか、カイ。ミルドレッドが仲間なら、俺も安心だ」
レイフのその言葉に、ミルドレッドは得意げな笑みを見せる。
「サー・レイフ・リッジウェイが保証してくれてるんだから、尚更いいじゃない?」
「分かったよ。じゃあ、knightに叙任するよ。ミルドレッド……ああ、そうだな、ラストネームはあるのか?」
「ダルトリー。|Mildred・Daltreyよ。これでも元は人間よ」
「じゃあ、リディアの邸宅に部屋はあるんだな」
「今、出来たわね。行き場がなかったからValkyrieでいたのよ」
「ああ、だからリディアの邸宅では姿を見せなかったのか。ワインを注いでいたの、お前だろ?」
「ええ、そうよ」
「じゃあ、『三人目のknight』は」
僕とレイフは馬を走らせる。
ミルドレッドはスッと姿を消したが、向かい始めた場所は同じだろう。
馬を走らせながら、僕は言った。
姿は見えなくてもその声は聞こえているだろう。
「デイム・ミルドレッド・ダルトリー。お前で決まりだ」




