37話:それでも夏季短期留学に行きたい
1ケ月がたった4月11日、両親と初男が、短期留学について話し合った。父が、東日本大震災が起きた年でも、夏季短期留学に行きたいかと聞くと、初男は、予定通り、是非、行きたいと話した。それは、俺の人生のうち、留学のチャンスは今年と来年しかないからだと説明した。それを聞いて父が、わかったと答え、ありがとうと初男が言った。
5月15日、北米の夏季短期留学の募集要項を橫浜の業者に送ってもらった。そのパンフレットをみて、夏休みなので自然があって、涼しい所が良いと考えて、カナダ、ブリティッシュ・コロンビア大学付属集中英語コースが良いと決めた。英語週27時間の授業とホームステイの料金で60万円で飛行機代込みだった。それを父に話すと、了解と言った。その後、初男は7万円で中古のノートパソコンを買った。
そのパソコンで、父のパソコンにつないで、スカイプを使って、無料で連絡を取り合うことを考えた。やがて5月6日になり、初男の口座に、父から100万円の送金がされた。その日のうちにパソコンでSBI証券に口座を開き100万円を入金した。入金されたのが確認できたと初男が父にお礼を言った。それとは別にカナダ夏季4週間留学の費用の60万円も宜しくと言った。
その後、翌週、父が、留学斡旋業者の口座に60万円を入金して、届いたという確認をとったと、初男に言った。すると、お礼を言い、留学費用は、返さなくて良いのだよねと父に聞くと、どうしても返したいというのなら別だが、そうでなければ、負担してやるよと笑いながら言った。その代わり、カナダ、アメリカをよく見て、学んで来いよ、告げた。
この時、投資サークルで、初男が注目していたのが個性的な業態のUSSと言うインターネットを使った中古車販売業者と純利益率の高いオービックの関連会社のオービック・ビジネス・コンサルタントの2社だった。そのうちのUSSが2011年6月13日の朝、5700円の気配値が出ていたので170株を97万円で購入し残金が3万円となった。その他、アルバイトで貯めた預金100万円と会わせて資産合計が103万円となった。
やがて、2011年8月となり、8月2日の朝10時、大きなリュックとボストンバッグを積んで、佐織、以外の4人が父が運転するクラウンで家から第三京浜から首都高速で成田空港へ送っていった。お昼過ぎに成田空港へ到着し、17時前の便なので、4人で空港内のレストランで、ゆっくりと昼食をとり、気をつけて行ってこいよと話した。
すると、初男が、日本時間の午後16、17時頃、バンクーバーの22,23時頃、パソコンを使いスカイプで連絡すると言った。2日に1回は、連絡すると言い、前もって、メールを送ると父に伝えた。医療保険も入ったらか、何かあったら直ぐに医者に見てもらえと、母が心配そうに言った。この姿を見ていた、祖母の米子が、初男も大きく育って、たくましくなって、うれしいよと涙ぐんだ。
そして、まだ、出発まで時間があるから、ここで、良いよと言い、初男は、家族に手を振って、成田空港の出発ロビーへ手を振って入って言った。見送る、祖母と母の目には、涙が浮かび、流れ落ちた。その後、成田空港を後にして、来た道を戻ったが、17時なると、首都高速が渋滞して、家に着いたのは18時過ぎとなった。そこで、母が、夕飯を作ってくれた。
その後、翌日、午後16時過ぎに、父に、初男からスカイプ電話で連絡が入るとメールが入っていて、パソコンの音をスピーカーから聞こえるようにした。16時に、父の机の左右に母と、祖母が来た。その後、カナダ・バンクーバーの初男とスカイプ電話がつながり、時差で、まだ、眠たいけど、無事、バンクーバー着いたよと言い声がすると、祖母はなきながっら元気かと言うと、大丈夫元気と答えた。




