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谷戸物語  作者: 播磨王65
32/88

32話:北川天一の早期退職とハワイへ

2005年になると、大手3つのメガバンク「三菱UFJ、三井住友、みずほ銀行」ができた、しかし、実際には、日本中の金融機関の合併と言う名の銀行閉鎖が地方中心に大量に実施された。それは、信用金庫、信用組合でも同じ事だった。早期退職に応じれば、通常予定される退職金の最大2倍の退職金が支払うという名目で、多くの金融機関で実施されたのだった。


 株で、資産を作った北川天一は53歳で早期退職に応じた。退職金は3千万円だった。これで自由な生活ができると、内心、喜んでいた。奥さんの佐織さんは、既に、10年前に退職していた。そのため、73歳の母、米子さんが元気なうちに一緒に旅行したいと考えた。そして2005年は、早く過ぎ、2006年を迎えた。長男の初男は中学3年生になり、翠嵐高校を狙いたいので塾に入りたいと言うので父は了解した。


 進学塾は入って、夜遅くまで勉強して、中学3年生の1学期でクラス5番以内に入り、夏休みまでにベスト3になり、学年で12位まで来た。この位になると、数点の差で、順位が上がるので、ラストスパートをかけるように、徹底的に暗記をしていった。中学3年「2006年」の冬の一斉テストで、初めて学年6位まで順位を上げた。やがて2007年となり、1月に受験票を提出して、2月に受験して合格した。


 家からバスを使って20から30分で翠嵐高校へ通いだした。そして、長女の佐織が地元中学に入り、兄の受験勉強に刺激されて、勉強をし始めた。佐織は、国語と社会、英語と言った暗記物が得意で、理科、数学が、あまり得意ではなかった。クラス10位前後で、兄のように学年で10位、以内をめざしたいと宣言したが、理数系の成績が上がらなかった。中学2年から、進学塾に入った。


 しかし、中学2年の秋で、クラスでベスト5、学年で15から18番目であり、翠嵐高校は無理だと言われ、その下の平沼高校を目標として勉強を続けていた。2009年の冬の一斉テストで、学年12位であった。その時、落ちても良いから、平沼高校をめざすと宣言して、翌年、受験票を手に入れて、受験して合格した。家からバスと電車で40分かけて通い始めた。


 初男は、既に、大学受験のための予備校に通い始めて、模擬試験を受けていた。2009年秋の予備校での一斉テストの結果、橫浜国大・経済学部の合格確率が75%となり、もう一息とと言うところまで来ていた。その後も受験勉強を夜遅くまで続ける姿を見て、両親は、その熱心さに感心した。その後、初男も、橫浜国大。経済学部を受験して、合格を勝ち取った。


 これで、子供達が2人が受験を終え、北川天一は、母に、海外旅行では、どこに一番、行ってみたいと聞くと、ハワイ旅行に行きたいというので、2010年5月10日から4泊6日で、北川夫妻と母の米子さんと、ハワイ旅行に出かけた。羽田空港、深夜0時前、出発で、翌日、お昼前に着く便で、ホノルルへ飛んだ。ホノルル空港からタクシーでヒルトンハワイアンビレッジに向かった。


 その後、ホテルにチェックインして、少し仮眠してから、ワイキキの浜辺を散歩して、そして、アラモアナショッピングセンターを見て周り、19時に夕食をとって、ホテルに帰ってきて、明日のプランを考えて、母に聞くと、大きな波を見られるノースショアへ行って見たいと言うので、ツアーを調べて3人で予約した。その晩は、酒を飲んで、22時過ぎに床についた。

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