19話:外食とソニー株を売って億万長者に
そしてイタリアン・レストランに入り、スパゲッティとピザを頼んで、デザートには、ジェラード食べた。子供達は、そのジェラードを食べるのが初めてで、美味しいと言って食べていた。母の米子さんも本格的なチーズのピザは、本当に美味しいねと喜んでくれた。母が、全部は食べきれないと言うと、長男の初男が、僕が食べて上げるといった。そして、残りのピザをちゃっかりもらった。
佐織も一口ちょうだいと言った、そこで、ナイフで切り分けて、食べさせると、チーズって、臭いけど美味しいねと言い、でも、私は、ジャラードの方が好きねと言ったので、大笑いとなった。そうして、楽しい、温泉旅行を楽しんで、自宅へ帰ってきた。帰って来ると、奥さんは、洗濯物をしますと言って、洗濯機を回し始めた。子供達も、自宅の風呂に入ると、早めに床についた。
やがて12月となり、足早に過ぎたが、ソニー株は、驚くほど値を上げていた。そして、北川天一は、売りどころを考え、悩んでいた。会社が冬休みになった日、証券会社の担当者と話して、これだけ強いのだから、売り時が難しいと言われ、ストップ高を狙うのがベストですと助言された。でも、売買高が多いときに売るべきですとも付け加えた。
1999年12月30日の大納会の日には、ソニー株の株価は、30300円の買い気配で始まったので、証券会社の担当者に、聞くと、ストップ高だから、成行売りで良いのではと言われ、1993年にソニー株を3730円で買った1万株を成行売りで全株売り出すと、直ぐに売れた。そして税引き後利益が何と、24720万円となった。北川天一の預金が800万円あり、資産合計が25500万円となった。
しかし、にわかに、信じられなかった。そこで、証券会社の担当者に電話すると、間違いありませんと言われた。やがて、2000年があけて、初詣でに行き、神様に家内安全と、密かに、株の儲けのお礼も祈った。その後、橫浜信用金庫に出勤して、同僚に、もし1億円あったら、土地を買って家を建てるかと聞くと、1990年代の土地バブル崩壊で、橫浜でも大きな農家が自分の土地を売りたがっているが売れないのが現状だと言った。
性格で詳しい情報が欲しいと考え、入社してから仕事を教えてくれた、現在融資課の課長になった、富松武彦先輩に意見を聞くことにして、今晩ちょっと、ご相談したいことがあるのですが、時間ありますかと聞くと、予定はないと言ってくれた。そこで19時に、一緒に会社を出ることにした。19時に、あって、バスで10分の橫浜駅に着いた。
そして、何回か言った、居酒屋の一番奥の席に座った。まだ、それ程、混んでいなかった。ビールで乾杯した後、富松課長が相談事って何と聞くので、もし、富松さんが1億円以上得たとして、家を買いますかと聞いた。すると、なんだ、やぶからぼうに、と言った。そうだな、日本の土地バブルがはじけて、未だに売れない土地が残っていると言った。




