第20話 モノオンブレの城
「この先にロホカラペラがいるのだな」
イコルは前方を見つめていた。遠くには岩山を改造した城がそびえたっている。原始人並の技術だが、成長すればかつてキノコ戦争以前の科学者みたいに、月へロケットを飛ばすほど発達するかもしれない。
そう考えると彼らは人間が置き去りにした可能性を、進化した猿たちが受け継いでいるような気がした。
とはいえ、イコルの目的はモノオンブレを率いる王、ロホカラペラと、その横にいるエビルヘッドだ。こいつがファウスト博士をそそのかしたメフィストフェレスかどうかを見極めることが、鼻毛と耳毛を操る筋肉ダルマに課せられた使命なのである。
岩の城はちょっとした屋敷ほどの高さだ。3階建てである。装飾など一切なく、彼らの女房たちが編んだであろう薄汚い麻の旗が数十本もなびいていた。
城の周りは木で作られた簡易的なバリケードが設置されている。恐らくは血に飢え、識別ができなくなったどう猛な獲物をぱっくりと喰らう落とし穴も掘っていることは想定できる。
「やっぱり、実物を見るのが大事だね。コミエンソで売られた本は文字ばかりだし、作者の個人的感想ばかりでちっとも役に立ちやしない。真実を信者から目をそらさせるのも限界があるね」
「俺は難しいことはわからないな。アモルとアミスターを守ることが、俺のできるすべてだ」
「叔父さん一家はどうでもいいのかい?」
サビオとフエルテが他愛のない会話をしている。フエルテは意地悪な問いをされ困惑しているが、サビオは空気の読めない人間ではない。むしろフエルテたちの緊張を冗談と交えた会話で霧散させていたのだ。
フエルテは元々戦いを望む性格ではない。降りかかる火の粉を払う程度だ。彼はエビルヘッドを討ち取ったフエゴ教団の英雄だが、あくまで成り行きであった。こうして進んで討伐することは本来ありえないことだ。
彼にとって恩人であるアモルの両親の意地を守ることである。ここに来たのはサビオとアモルに頼まれたからだ。アモルの家にはもうひとり司祭の杖がいる。フエルテよりは劣るが30代のベテランだ。そちらが守っている。
「ロホカラペラを殺せばモノオンブレが止まるかはわからない。そしてエビルヘッドがどの役割を果たしているか不明だしな。覚悟を決めてないやつはさっさと帰れ」
「帰らないでござる!!」
叫んだのは子ザルのプリンシペだ。彼は四六時中、怒り続けてきた。子供が母親に欲しいものをねだり、癇癪を起す姿を彷彿させる。ロホカラペラに殺されたモノレイに対して尊敬と愛情を抱いているが、本人は無力な存在であった。彼自身、十分理解しており、どうしようもない感情に支配されていたのである。
イコルはプリンシペをうっとうしいと思いつつ、いとおしくとも感じていた。なので彼を最後の旅に同行させ続けたのだ。
「父上を殺したロホカラペラに一矢報いるでござるよ!!」
「そうか。まあ、十中八九、返り討ちになるだろうが、がんばれ」
「おう、やってやるでござるよ!!」
プリンシペはやる気満々である。イコルは彼を足手まといと決めつけているが、ここで引き留めても勝手にやってきて、物事をかき回す可能性は高い。それなら自分の目の届く範囲で同行を許すべきだと考えていた。
「さぁ、戦いを始めよう!!」
☆
イコルたちの目の前に現れたのは、数多いモノオンブレだ。アカゲザルにカニクイザル、タイワンザルなど様々な人間と同じの猿たちが待ち構えていた。
装備も巨大アライグマの骨で作られた鎧に兜、剣や盾を持つ者や、槍を持つ者、こん棒を振り回す者など多種多様だ。
それも野盗のように欲望に忠実で略奪を愛し、強姦を趣味とする輩ではない。規律を準じる軍隊の動きそのものである。イコルはそれを目のあたりにし、綺麗な身体のままではいられないの判断した。
「ああ、イコル。まずはフエルテが一掃するから、その隙に君が大将を討ち取っちゃってよ。この手のタイプはリーダーがいなくなれば止まるのが定石さ。強い奴には無条件で従うってね」
サビオの口調は軽いが、的を得ている。モノレイがどれほどの実力かは知らないが、ここにいるモノオンブレたちには秩序がある。ロホカラペラはそれを率いる力もあるが、その手下もそれに従っているわけだ。
イコルもそれに賛成し、フエルテに頼る。
フエルテはまずフロント・ダブルバイセップスのポーズを取った。次にフロント・ラットスプレットに移る。
そしてサイド・チェストにバック・ダブルバイセップスにバック・ラットスプレット。サイド・トライセップスにアブドミナルアンドサイ、最後にモスト・マスキュラーで締めた。
するとフエルテの身体に膨大な湯気が上がる。陽炎が立ち上り、視界がぐにゃぐにゃに揺れた。モノオンブレたちは一斉に襲い掛かってくるが、イコルの鼻毛で対処した。サビオもコマネズミのようにちょこまかと動き、相手を同士討ちに導くように仕向けた。
「マッスル・ディザスター!!」
フエルテの周囲に竜巻が起きる。それはフエルテから離れていき、新しい竜巻が生まれる。いくつもの竜巻が生まれ、モノオンブレたちを巻き込んでいた。
フエルテの最終奥義である。8つのポーズを取るため時間がかかるのが難点だが、頼れる仲間がいれば問題はない。なんだかんだ言ってフエルテはサビオを信頼していたのだ。
イコルは話には聞いていたが、フエルテの最終兵器を目のあたりにして、茫然としていた。背中のカバンに変化したベビーエビルに突っつかれなければ、千年杉のように佇んでいただろう。
「……余はあれを喰らったことがある。当時はフエルテを飲み込んでいたから、見たことはなかった。だが、あれを見て納得できた」
フエルテはエビルヘッドに一度喰われた。しかし感情を乱さず、冷静にマッスル・ディザスターを発動させたのである。
モノオンブレたちは竜巻で吹き飛ばされているが、立ち上がった者は元凶を潰すために向かってきた。イコルは耳毛を伸ばし、素早く行動を移す。出会って数日しか経っていないが実力だけは認めている。人格はサビオに関しては信用していないが。
プリンシペは腹にしがみつき、冷たい風に晒されながら耐えていた。しもやけにならないよう祈っている。
☆
「よくぞ参った。吾輩がモノレイノ王国の王、ロホカラペラである。蛮勇の人間よ、吾輩の手で極寒の国へ送り届けてやろうぞ」
岩の城の奥には玉座があった。木と麻で作られた拙い造りだが、荒々しくも王にふさわしい居場所だ。そこに鎮座するロホカラペラは血で黒く染まった巨大アライグマの頭蓋骨を被り、毛皮を身にまとっていた。手には革のグローブをはめており、サンダルを履いていた。
イコルは初めてロホカラペラと対峙したが、見た瞬間に逃げ出したくなる気持ちになった。獅子と出合い頭にぶつかったアナウサギはどういう気分だろうか理解できた。それほど目の前にいるモノオンブレは重厚かつ圧倒的な威圧感を身にまとっているのだ。
「ひゃはははは! まったく馬鹿が突っ込んでくるなんて笑えるね!! 相棒、この馬鹿を早く殺そうぜ!!」
その横から身体を出したのは一体のビッグヘッドだ。酒樽並みの大きさの頭に耳の部分に両腕、あごの下に両足が生えている。人類史上、あまりにも異形な存在だ。日本の妖怪絵図以外お目にかかれない、異質な怪物である。
しかし、どこか軽薄だ。ロホカラペラどころか、城前で戦っていたモノオンブレ達の方がまだ脅威である。にやけた顔は世の中の厳しさを知らず、自分の思い通りになる、子どもの精神を持つ大人のような雰囲気があった。
「おやぁ、てめぇは俺様を見てびびっているな。よぉし、よぉく耳の穴をかっぽじって聞けよ? 俺様はエビルヘッドだ、偉大なる世界を支配する存在なのさ。お前みたいな雑魚なんか踏みつぶしてやるよ、いっひっひ」
エビルヘッドは下品に笑っている。初対面のイコルに対して、根拠のない自信をガチョウのようにピーチクパーチク叫んでいた。
それを見てイコルはため息をついた。こいつは人類の敵となり、世界を導くエビルヘッドではない。人格に品格、すべてが劣っている。いや比べるなど崇拝する対象に失礼だ。やはりこいつはエビルフェイクと名付けよう。
イコルの中でこいつをどう処刑するか、すでに頭の中で整理していた。
「ああ、エビルヘッドさま。なんてあなたはすばらしくて、すごいのでしょう。このわたしは地を這いずる虫けらでございます。ところでわたしの恋人であるホビアルはどこでしょうか。彼女を助けるためにわたしは偉大なる支配者であるエビルヘッドさまに土下座をするのです」
そう言ってイコルは土下座した。この手の人種はおだてに弱い。相手の言動の含みなど全く理解せず、飾られた言葉に酔いしれるのだ。イコルの推測は外れることなく、目の前のビッグヘッドを願う方向へ誘導できた。
「あっはっは! そうかそうか。俺様は偉大か! よろしいいきなり手足を縛られた人間の女が城の前に現れたが、あれがお前の女だったのか。よいよい、感動の対面をさせてやろう」
その間、ロホカラペラは沈黙を守っていた。まるで彫像のように身動きしないが、ルーブル美術館のミロのビーナスのように人を惹きつける魅力がある。エビルフェイクはただの安っぽいチンピラだ。早くこの世に生まれたことを後悔させてやりたいと、イコルは心の中で思った。
「そーれ、念願の女だぞ!」
エビルフェイクの合図とともに、がらがらと音が鳴った。そして天井から何かが下がってくる。
それは×の字で作られた磔台だった。そこにはひとりの女性が仰向けに拘束されていた。
両手両足は広げられていた。身に付けている物は一切なく、下半身は丸出しである。
肉体は鍛え上げられた筋肉に覆われていた。髪の毛は赤く縮れている。肌は日焼けしており、黒い岩を連想する。
彼女がサビオの恋人、ホビアルであった。彼女は一糸まとわぬ状態で
「ぐ~」
囚われのお姫さまは磔にされてもぐっすりと眠りこけていた。




