第19話 ムエルテの死
「ハァ、ハァ……。ドウヤら、俺の命運はここで尽きるようだ……」
ムエルテは大の字になって倒れていた。イコルの戦いによって体に傷を負っており、虫の息だ。もって数分の命だろう。
ムエルテは片言から流暢な言葉遣いに変化した。元々彼は人間と同じようにしゃべれるのだが、意図的に変えていたと推測される。
「……あなたがロホカラペラの息子というのは本当か?」
「……本当だよ。いや、親子関係はなかった……。生まれたときから、王を守る戦士として育てられた。だがそれはモノオンブレの生き方なのだ……」
イコルはプリンシペを見た。彼はどう見ても戦士には見えない。どこか甘えのあるお坊ちゃんだ。モノオンブレを率いるモノレイの息子としてはどこか異質に思える。
「……プリンシペは、最初から、跡継ぎとして、見放されていたのさ……。なにせ、部族の娘ではなく、下女を、孕ませたのだからな……。そのくせ、モノレイはプリンシペ以外、息子がいなかったのだ……。わが父が跡継ぎを危惧し、モノレイに決闘を挑んだのは、自明の理と言えよう……」
ムエルテの息が荒くなってきた。いよいよこの世との別れの時が近づいているようだ。しかし、彼に悲壮感はない。戦いに負けたから死ぬ。それがモノオンブレにとって大切なことだからだ。人間が聞いたら憤慨しそうな内容ではある。
「……モノレイは、歴代の王では、異質であった……。プリンシペは、跡継ぎとして認めないが、大変かわいがっていた。それに、プリンシペは、とても賢い……。難しい計算を、得意としていた。さらに物の価値を理解する力もあった……」
モノレイは我が子を跡継ぎにはせず、人間との懸け橋に使おうとしていた。元々フエゴ教団とは交流があるが、年に数回、会見の場を設けるだけである。どちらも生まれ故郷から離れることはなかった。プリンシペを外交官の代わりとして派遣する腹積もりだったという。
それに異を唱えたのがロホカラペラというわけだ。彼は変革を嫌っているわけではない。むしろモノオンブレの生活が楽になるなら積極的に取り込む度量はある。しかし、いきなり人間たちと交流するのは危険すぎると主張したのだ。
もちろんモノレイも反対されることは予想していた。だがいきなりではない。ずっと考えてきたことだ。彼自身人間と出会い、彼らの文化を目のあたりにしてきた。人間が自分たちを忌み嫌うのは、自分たちのことを知らないからだ。とにかく、モノオンブレとは何かを調べてもらうことが重要だと一族に説明してきたのだ。
「それを邪魔したのが、エビルヘッドさ……。やつは、突如、モノレイの妻を殺し、我が父の命令でやったと叫んだ……。それに興奮した父たちは激高し、決闘の果てにモノレイは大地へと還ったのだ……」
「……そのエビルヘッドはどうやってモノレイの妻を殺したんだ?」
「うっ、ううぅ……。こん棒で殴り殺されたでござる!!」
イコルが質問すると、プリンシペが口を挟んだ。目から涙がこぼれ、悔しそうに泣いていた。それを聞いたサビオは首を傾げる。
「ビッグヘッドなのに、人を喰わないで殺したのか……。こりゃあ、ひょっとすると噂の転生者かもね」
「転生者だって?」
サビオの言葉にイコルは疑問符を投げた。実のところイコルは転生者を知っている。そもそもベビーエビルがその転生者だ。これは彼が長年人間を喰い殺し、体内にある砂粒ほどの大きさの神応石を食べ続けたためだ。
他にも不死王国に住む氷の魔女バーバ・ヤーガがいる。こちらは不死王国設立以前からの人間だ。バイオリンを弾いて氷を操る能力を持っているが、規格外の能力持ち故に精神が不安定である。
「確か怨念を抱いて死んだ人間が、ビッグヘッドに喰われた後、その神応石は新しいビッグヘッドを作るために木に埋め込まれるという。その時にその人間の記憶が色濃く残る場合があるそうだ。今回のエビルヘッドもそうじゃないかな。ボクの予測だけど」
サビオの推測にイコルも納得した。ごくまれだが生前の記憶を持つビッグヘッドが生まれることがあるのだ。キャプテンプラタの仲間にロビンヘッドというビッグヘッドがいる。こちらはプラムクラスなのだが、パインクラス並の知性を持っているのだ。
ちなみにプラムクラスはもっとも位が低く、バンブークラスの命令を忠実に従うしか能がない。パインクラスはさらに人間と同じ知性を持っている。エビルヘッドはユグドラシルクラスだ。
「しかも、敵対する勢力を煽り、同士討ちにさせ、漁夫の利を得る……。まさに蟲人王国に伝わるバルバール王そのものだな」
バルバール王は100年前にエビルヘッドによって滅ぼされた王国の王だ。恨みを抱いていてもおかしくはない。100年の年月を超えて、バルバール王の精神がビッグヘッドに宿り、復讐を目論んだのだ。モノオンブレを選んだのは、彼らが猿だからに違いない。すぐ騙せると甘く見ているのだ。
「ふふふ……、やつがいなくても、父は、モノレイを、殺していた……。奥さんは、気の毒だが、よくあることさ……。プリンシペよ、お前が父親を慕っていたのは、よくわかる……。だが、嘆いているだけでは、だめだ……。きちんと、自らの手で、我らを率いることが、できなければ、王には……、なれな……」
ムエルテの言葉が途切れた。完全に息絶えたようである。プリンシペは何も言えなかった。死神の最後の言葉は正鵠を射っていたのだから。
イコルはムエルテの遺体を見下ろす。彼とロホカラペラは普通の親子関係とは違っていたが、うまくいっているように思えた。他人が憐れんだり、疑問視しても気にしないようだ。
イコルはずっと自分がフエゴ教団の赤ん坊と取り換えられたことに悩んでいた。
自分の家はフエゴ教団の首都コミエンソにあるウトガルド商会だという。人間の家族で商業奴隷を使わず、自分の家族を従業員として扱い、奴隷のようにこき使ったそうだ。
さらに亜人相手に威圧的な商売を行い、自分の気に喰わない者は嫌がらせをしたりするという。取り換えられたイコルの父親、スレイプニルの息子ロキは傲慢な性格に育ったそうだ。
弱い者いじめが大好きで、過去の失敗に固執し、執拗に責めるため、周囲の人間に嫌われていたという。
イコルがそれを知ったとき、自分は幸運だと思った。父親のスレイプニルは感情をむき出しにするが悪人ではなかった。暴走しがちなため、悲劇は避けられなかったが。
それ以外は厳格だが優しい祖父サタン司教に、母など家庭には恵まれていた。
オラクロ半島での修業も厳しい日々だったが、仲間たちとの触れ合いで、心を支えあっていた。
首都フィガロでも自分の顔は恐怖の対象だったが、今では慣れ親しんでいる。
もし自分がウトガルド商会にいたら、このようなことになっていなかったと思う。それ以上に自分の思い通りにいかず、暴走した挙句、自身は馬に変化してしまったロキに憐憫の情が沸いた。
プリンシペは最初から跡継ぎとして外されていたようだが、父親に可愛がってもらっていた。父親の死を嘆いているので、それがよくわかる。
ムエルテは死んだが、これで終わりではない。ロホカラペラとエビルヘッドの偽物を倒さねばならないのだ。イコルにはやるべきことが残っている。
ちなみにムエルテの遺体は本来戦いに勝利したものが、敗者の心臓をえぐり取り、それを喰らう儀式があるという。ロホカラペラもそれに習ったそうだ。
とはいえイコルもモノオンブレとはいえ、心臓をえぐり出すのは勘弁したかった。モノオンブレ同士での話なので、人間の場合は解体して一族みんなで食すという。
そうやって相手の無念と共に、みんなの血肉として生き続けるという風習があった。
プリンシペもムエルテの肉を喰らい、涙を流していた。
さすがのイコルたちも肉を差し出されたが、辞退したのは言うまでもない。




