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第21話 ホビアル

「むにゅう……、はっ!!」


 磔にされた黒鉄の女は、深い眠りから目を覚ました。状況を理解できず周囲を見回す。遥か下には赤い獣の頭蓋骨の仮面を被ったモノオンブレと、見る者に嫌悪感を抱かせるビッグヘッド。それに小さな岩のような筋肉を持つ禿頭の男と小柄の猿が目に入った。


「なんスか、これは!! なんで自分はこんな格好をしてるッスか!!」


 女の名前はホビアルで、サビオの恋人だ。彼女は現状を理解すると、髪の毛を振り回し口から唾を飛ばしながら喚いた。


「どうしてこんな芸のない縛り方をするんスか!! 下を脱がすのはいいッスけど、正面を向けないと意味がないッス! なぜなら自分が恥じらえないからッス!」


 意味不明なことを口に出した。ロホカラペラとエビルフェイクは無反応だ。イコルは表情を変えないが、心の中では異議を唱えた。


(ホビアルは普通の女性とは感性が違うのだ。ウィッチヘッド曰く、彼女の見る世界は常人とは異なる風景が見えるらしい。耳に入る音や言葉もその解釈が他者と比べて正反対だという。サビオとは似た者同士、類は友を呼ぶというやつだな)


 背中のベビーエビルが指摘した。確かに発想が斜め上を超えている。彼女は囚われの身であり、見知らぬ土地に、異なる風が吹き、嗅いだことのない臭いが充満する墓標のような石造りの城の中に放り込まれたのだ。

 それなのにホビアルに危機感は皆無である。まるで子供がよその家に遊びに行き、おやつに自分の嫌いなものを出されて抗議するような感じであった。


「くっくっく。お前の恋人は恐怖のあまり錯乱したようだなぁ。それも当然か。この偉大で大いなる私に恐れをなしているんだものなぁ。だって私は素晴らしいのだもの、お前らみたいなクズなんか簡単に殺せるからねぇ。いっひっひ、そうだ私、バルバールは偉いんだ。ものすごく偉くて頭が良くて強い王様なんだ。くひっ、くひっ、くひひゃはははははは!!」


 エビルフェイクは顔を醜く歪めながら、ゲラゲラ笑っていた。とても偉大には見えない、凡庸で卑小な存在である。背中にいるベビーエビルに前に出てもらい、指摘されたらどんな顔になるだろうか。イコルの心の中で残虐な気持ちが膨れ上がる。

 それ以前に自らバルバールとばらしている。あまりに自己陶酔しすぎて暴露したことに気づいていない。こいつをエビルヘッドの偽物と呼ぶには、本物に対して失礼である。ベビーエビルは相手にせず、憐れむだけかもしれないが。


 するとロホカラペラは立ち上がった。右手にはこん棒を手にしている。それをエビルフェイクの真上に振り下ろした。


 べぎっと不快な音がした。エビルフェイクの両目は飛び出し、鼻からぷふっと噴き出て、口から舌を出し泡が垂れた。

 まるでスイカ割りのような気軽さであった。


「え?」


 さすがのイコルも呆気にとられた。ベビーエビルも同じ気持ちだろう。まさか手下のロホカラペラが裏切るとは予想の範囲内だった。


「ふん、誇りのないゴミめ。お前など用済みだ」


 そう言ってロホカラペラは死にかけたエビルフェイクを蹴り上げた。サッカーボールのように飛んでいく。もし彼が人間でキノコ戦争以前の時代ならプロになってもおかしくない実力だ。

 

「なぜ裏切った。奴はお前たちにとって重要な相棒のはずだ」

「相棒だと? 冗談はやめてもらおう。我は奴と手を結んだ覚えはない。利用しただけだ。モノオンブレには人間を殺して楽しむ不届き者がいる。そいつらを一掃するためにな」


 ロホカラペラはなんでもない風であった。ゴミが落ちていたからまるめてごみ箱に捨てた。そんな感じである。


「……まさかトルナドにムエルテ、ギーガンテにエルモテは最初から殺すつもりだったのか?」


 イコルは言葉に怒気を含めていた。そういえばレスレクシオン共和国で荒らしまわったモノオンブレたちは人間を殺し、物を奪って楽しんでいた。そういった傲慢な態度を持つ者たちを派遣させ、フエゴ教団の人間に始末させたのだろう。

 ただしムエルテやエルモテは違った。ムエルテは形勢が不利になれば即座に戦術的撤退を始めたし、エルモテは海賊プラタの所持する大頭船《ビッグヘッドシップ》に乗り込んだだけだ。


「そうだ。もっともムエルテとエルモテは違うがな。エルモテは兄モノレイを殺した我を憎んでいるが、あくまで正面から堂々と挑もうとしているのがね」

「……ムエルテは私が倒した。その遺体は村人が細切れにして食されたがね」

「そうか。我が息子は戦いの果てに、同胞の血肉となったのだな。礼を言うぞ」


 ロホカラペラはイコルに頭を下げた。例え目の前に敵がいても礼儀を欠かさない。それがモノオンブレの王である矜持なのだ。生死の価値観に関しては問わない。人間とモノオンブレは別物だ。彼らの風習にくちばしを挟むつもりはない。


「ところでアンタは誰ッスか? よく見るとかわいい顔をしているッスね。あとでなでなでさせてほしいッス!」


 ホビアルは空気を読まずに訊ねた。剣呑な雰囲気など一切読んでいない。ある意味大物と言えたし、サビオとはどんぐりの背比べであった。


「私はイコルといい、途中でサビオと知り合った仲です。あと英雄フエルテと同行していますよ」

「なんとサビオも来ているッスか!? 今の自分は見られたくないッス!! どうせなら股を大きく開いて、胸を晒し、鼻フックをされた方がましッス!! どうせならフエルテのように乳首や股間にナメクジを這わせてもらいたいッス!!」


 いや、余計ひどいだろう。ホビアルの思考回路は真人間には計り知れない何かを持っていた。もちろん動物園の檻の中にいる猛獣のように、遠目で眺めているのが吉と思っていそうだ。

 イコルは彼女を無視した。ロホカラペラも最初からホビアルを眼中に入れていない様子である。


「それはどうでもいい。ロホカラペラ、あんたは何がしたいんだ? 人間を皆殺しにして、モノオンブレの国を作りたいのか?」

「その通りだ。我は人間を滅ぼし、モノオンブレだけの王国をつくる。しかし覚悟も決めない、肉欲に耽る者はいらない。そんな奴らはお前たち人間の手で滅ぼしても構わん。我は王だ。この世で唯一無比の戦士だ。あのデカ頭は愚か者どもを先導する道化に過ぎない」


 モノオンブレは言い切った。自分のしたことは悪いことだと自覚していない。正義の行いだと錯覚している。

 だが全身から漂う覇気は、自分の口にした言葉を有言実行する強い意志を感じた。玉座の間は重苦しい空気に包まれる。プリンシペは先ほどから一言も口にしない。叔父の胆力に飲み込まれているのだ。並の子供なら胃の中の物をすべて吐き出し、頭痛と喘息がひどくなっていただろう。

 それでも脂汗をかき、足が震えているが、踏ん張り続けるプリンシペは、大物になる素質がある。


「……本来、私の目的はエビルヘッドを名乗る者の抹殺だ。私はエビルヘッド教団の司祭で、それを実行できる力を持っている。標的はすでにあなたによって始末されたが、あなたの思想は放置できない。悪いがその身を大地に還らせてもらう」

「いいだろう。邪魔な相手は踏みつぶす。この世界は弱肉強食だ。人間も獣もその掟から逃れることはできない。お前が我の前に立ちふさがるなら、全力でお相手しよう」


 ロホカラペラは改めてこん棒を握る。仮面を被っているので表情はわからない。しかし構えに隙はなく、イコルを敵と認識し、目をそらしていないと思う。

 イコルの心臓は太鼓を叩くように打っていた。今まで出会ったことのない強敵を目の前にしているのだ。さすがの彼も緊張している。カバンに変化したベビーエビルは一切手助けをしない、見守るだけだ。

 だがそれがいい。自分たちが崇拝する神が背中を見てくれる、それだけでも勇気が春の雪解け水のように湧きあがってきた。

 自分は負けない。負けるわけにはいかない。イコルは覚悟を決めるのであった。

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