突然の迎え
6月25日、月曜日。
平穏な日常生活に戻った幸磨の家に、一台の黒い車が停まる。
子機はタクシーを呼んだ覚えはなく、子供達には家の中にいるよう伝えると、外の様子を見
に行こうとするが、車から一人の少年が出てきたことでその必要はなくなった。
月冴が子機の後を追って外へ出ると、少年の姿を見て「炎樹!?」と彼の名前を叫ぶ。
「おはよう、月冴」
「おはようじゃないだろ。なんだよ、朝っぱらから真っ黒い車になんか乗りやがって」
子機も何か言いたそうだったが、月冴が代わりに怒ってくれたので何も言わず二人の会話を
聞いていた。
「いやぁ~俺も朝から連絡もなしに家に行くのはまずいと思ったんだが、俺一人じゃもったい
なくてさ」
「追い返せばいいだろうがっ!どうせタダなんだから!」
「タダって…お前も都会に染まったなぁ~」
タダと使うだけで都会に染まることになるのかという疑問はこの際置いておこう。
それよりも月冴は炎樹が車に乗って彼らの家に来たことが気になって仕方ない。
「…それで、登校前に車を使ってここまでドライブしに来たってわけか?」
「そんなわけないだろ。お前達を迎えに来たんだ。俺だけ車に乗って学校なんて恥ずかしい
だろ?」
「別に恥ずかしいことないだろ。まぁ、目立つのは確実だろうけど」
「だろ?だから、車に乗りたくないって行ったんだ。けど、聞き入れてくれなくてなぁ~」
「なるほど」
「頼むよ、月冴!こう君と三人でならまだマシだと思うんだ。ほらっ、三人寄れば文殊の
知恵って言うだろ?」
「そうだけど、それ絶対使い方間違ってるだろ!」
平凡な人でも三人集まって協力すれば、何か良い知恵が浮かぶ。
これが三人寄れば文殊の知恵の意味である。
『月冴。せっかく来てくれたんだし、お言葉に甘えて乗せてもらえば?』
「お母さん…いいの?だって、あの車は…」
『駅の近くまで送ってもらえれば、目立たずに済むわ。でも、今日だけですからね?』
「ありがとうございます」
「…こう君、呼んでくる」
子機の許しを得てたところで、月冴は家で待つ幸磨を外へ連れ出した。炎樹の説明を受け
て納得した後、三人は車に乗って駅まで向かうことに。
「どうだい?乗り心地は」
「まぁまぁだな」
「でも、学校行く時に車ってなんか新鮮だね?いつもは電車に乗って通ってるから」
「…そうだね。こういうのもたまには、悪くはないかもね」
月冴はチラッとルームミラーに映る運転手の顔を確認。けれど、運転に集中しているようで
彼の視線に気づいていない。それでも月冴の警戒心が完全に消えることはなかったが、炎樹の
ある一言で彼の警戒を吹き飛ばしてしまう。
「なぁ、二人共。今日は俺の家に泊まりに来ないか?」
それは突然の思いつきのような言い方だった。
炎樹のその言葉に、月冴は「はぁっ!?」と思わず大きな声で驚く。
一方の幸磨も月冴と同じタイミングで驚くのだが、月冴の声が大きすぎて彼の声は運転手
を含める三人の耳には届かなかった。
「何だよ、そんなに驚くことか?」
「いや、普通驚くだろ。いいのかよ、そんな簡単に」
「家と言っても俺が今住んでいる家だ。誰が泊まりに来ようが俺の自由なんだよ」
「炎樹君、一人暮らしなの?」
「あぁ…まぁ、そんな感じかな。だから遠慮しなくていいよ」
「それなら金曜日にした方が都合いいんじゃないのか?土日休みなんだし」
「まぁまぁ、細かいことは気にするなって。こう君の家にはちゃんと連絡しておくからさ」
「…どうする?月冴君?」
幸磨は自分ではどう答えればいいのか分からず、月冴に尋ねる。
思うところもあったが、炎樹がこれまでしつこくするには何か理由があると悟った月冴は…。
「まぁ、家に連絡するならいいんじゃないかな」と、炎樹の家に泊まる選択をしたのだった。




