別の未来
時間をやり直すため、愛美奏はもう一度時間操作を使った。
しかし途中から意識が遠退き、再び目を覚ました時には懐かしい匂いに包まれた部屋の
ベッドの上で寝かされていた。
「愛美奏。入るわよ?」
扉の奥から女性の声が聞こえると、扉がゆっくりと開かれる。
「あらっ。起きてたのね」
胸元部分に猫のアップリケが付けられた可愛いエプロンを付け、長い髪を後ろで一つくくり
にした女性は、起きている愛美奏に少し驚いていたが、それも一瞬のうちだけだった。
「起きてるならさっさと下に下りてきなさいよ。もう朝の9時よ」
「…あの」
愛美奏はこの状況を全く読み込めていない。
目の前にいる女性や、自分がいるこの空間。何もかもがさっぱりで、いったい何が起きてい
るんだと混乱していた。
「早くしなさい。今日はでかけるんだから、服に着替えて髪も櫛通しときなさいよ」
「えっ、ちょっと待ってよ」
「お母さんも準備しなきゃいけないから、自分のことは出来る限り自分でしなさいよ。いいわ
ね?」
言いたいことだけ言った後、女性は部屋を出て行ってしまった。
自分のことをお母さんと言っていた女性は、間違いなく愛美奏の母親だった。
しかし、愛美奏の母親は既に故人となっていて、この世にはいない人間。それなのに、自分
の目の前で元気な姿で現れたことに彼女は衝撃を受けていた。
「ってことは……私は…死んだ…の?」
死んだ母親がいるということは、自分も死んでしまった?
時間操作が失敗し、彷徨った中で母親が偶然にも生きている未来に偶然にも舞い降りて
きてしまったのかも?
いろんな可能性を現在の頭で考える愛美奏だったが、また母親が部屋を訪れて「さっさと
着替えて支度しろ」と命令され、仕方なくその指示に従うことになった。
下に下りると軽くトーストとオレンジジュースをコップ一杯。食べ終えて身だしなみなど
をチェックした後、愛美奏は母親と仲良く手を繋いで外へ出かけて行った。
「ねぇ。どこへ行くの?」
「学校よ」
「えっ、学校!?」
「そうよ。今日は入学式じゃない。変な子ね」
今日は入学式。
そうか。だから制服を着て、母親も綺麗な服装をしていたのか。
「そうそう。お父さんがね、お昼一緒にご飯食べようって」
「はっ?」
昼を?一緒に?
「本当はお父さんも入学式行きたがってたけど、どうしても仕事休み取れなかったって。
だからせめてお昼は一緒に食べようって、わざわざ外に出てくれるの」
「えっ、ちょっと待ってよ。なにっ?三人だけで食べるの?」
「そうよ。だって三人家族だもの」
「えっ!?」
三人家族?
「どうしたの?急に」
愛美奏が立ち止まったので、母親も立ち止まる。
娘が変なことを言い出すので、少々顔がむすっとしている。心配する母親に愛美奏はまた
変な質問をぶつける。
「おっ、お祖父ちゃんは?幸磨は!?あと三つ子達は!?愛咲実ちゃんとは一緒に暮らして
ないの!?」
「何言ってるの?私達はずっと三人で暮らしてるわよ?」
「…」
この未来では、宮木家は三人家族なんだ。
愛咲実も祖父も弟達も存在しない、子供は私一人だけのルートが…。
その代わりに母親は生きていて、父親も一人娘だから思い切りバカ親になってる。
「こんな未来が……こんな未来があったって……」
全然嬉しくないっ!!!!!!!!!!
「愛美奏?」
「お母さん……ごめんなさい。私……帰らなきゃいけないの」
「何言ってるの?愛美奏」
「ごめんなさい。私は別の未来から来た愛美奏なの。だから、入学式には行け
ません」
「何言ってるの。ルートが違おうとも、あんたは私の子供でしょ」
「そうだよ。どの道を歩もうとも、君達は血の繋がった親子に変わりはないんだから」
「…お前は」
いつの間にかあの男が二人の間に入っていた。
愛美奏が自分を見て変な顔をしたことにやれやれといった口調で男は「せっかく迎えに来た
のに『お前』呼ばわりはないでしょ」と注意する。
無能力状態の愛美奏は我に返り、「すみませんでした」と謝罪する。
「ごめんね。ちょっとトラブルが起きちゃってね。後でこの時間はちゃんと元に戻しておく
から、この子連れてっていいかな?」
「えぇ、いいですよ」
母親はあっさりしていた。
「元気でね。ちゃんと早く起きてしっかり食べなきゃダメよ」
「…うん」
愛美奏は恥ずかしながらも、母親に小さく手を振った。
その後、二人は別の未来を後にし、時間操作で元のルートへと戻って行った。




