大切な思い出の曲
27日(仮)。私はいつもどおり一人で朝食を食べていると、お隣さんが声を掛けてくれた。
「おはよう」
「…おはよう」
「今日はトーストじゃないんだ」
私が食べている朝食を見て彼はそう聞いてくる。
いつもトーストセットを食べている私が違うものを食べているのがそんなに珍しいのか?
まぁ、事実だけど。
「たまには違うもの食べようかと」
「いいんじゃない。それなら野菜炒め定食より少ないし、お腹壊すこともないよね」
「…」
野菜炒め定食。
それは26日(仮)の朝食での出来事。その日、私は彼に勧められた野菜炒め定食を注文して
食べたのだが、完食後に腹痛を起こしてすぐに保健室へ駆け込み、痛みが治まるまで授業が受け
られなかったのだ。
「あの時は俺と同じ量にしたから、お腹壊しちゃったんだよ」
「同じものと言ったんだから量も一緒にした方がいいと思うでしょ」
「そう言われると…何も言えないなぁ…」
「しばらく野菜炒め定食は食べない」
おかげで授業に遅れて今日は一人で居残り授業だ。それにポイントまで取られる始末!!!
あぁ~マジでついてない。っていうか、絶望でしょこれ!
「まぁまぁ。そうイライラすんなって」
「あっ?」
「おはよう、菊馬さん」
「…おはよう、笑馬君」
「今日の放課後、居残りだって?」
「聞いてたのか」
「俺も残って授業受けたいなぁ~なんてね」
「…何か企んでるわけ?」
笑馬慎之介。こいつは絶対に何かを隠している。万能が使えればこいつの正体を知ることが
出来るのに、今の私は無能力で何も使えないただの娘。非常に悔しい思いを抱えている。
あぁ~なんなんだ、その余裕の笑みは上から目線はっ!腹が立つ、腹が立つ、腹が立つ、腹が
立つ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
「いいや。別に何も企んじゃいねぇよ」
「そうですか」
さすがにそう正直には言わないか。
「でもさ、教室で男女二人きりで授業受けるって憧れない?授業って言ってもほぼ自習状態で
俺達以外の人間はいない。いるのは監視カメラとロボットだけだ。そんな中、放課後の居残りで
二人きりってレアだと思わねぇ?」
「思いません」
即答。私はこいつを買被っていたのかもしれないな。
思春期、いや…熟成しすぎたド変態だった。
「付き合っていられないわ。ごちそうさま」
「待って」
呆れた私を笑馬が引きとめる。
「まだ何か?」
「居残りじゃなくても、誰もいなくなった学校は面白いと思うよ。特に誰も知らない秘密の
部屋とかさ」
「そっ」
私は食器を返却すると、さっさと食堂を出た。
放課後の居残り授業は、結局私一人だけ。いつもなら20人ほどの生徒と一緒に受けるが、
いざ一人になるとなんだか寂しさを感じてしまう。だが、それは今ここにいるだけの話で、すぐ
に忘れてしまうだろう。そう片隅に考え、静かな教室での授業はあっという間に終わりを迎えた。
「さて。帰るか」
教室の扉を閉めてさっさと寮部屋へ帰ろうとしたところ、どこからかピアノの音色が。
「…」
私は耳を澄まして、ピアノの音色を聴く。
目をつぶり、頭の中で考える。
私は、この曲をどこかで聴いたことがあると…。
「…音楽室」
まだ曲名が思い出せないが、私はこの学校にある音楽室へ向かって全速力で走った。
瞬間移動があれば0秒で着くものを、今じゃ自分の足で向かうしかない。この音色が止む前に。
「…はぁ…はぁ…はぁ…はぁ……」
音楽室に着いた時、私の息は荒く、脇腹の痛みに苦しめられる。だが、それをなんとか堪えて
音楽室の扉をゆっくりと開いてみると…。
「…っ!?」
そこには誰もいなかった。
「どうなってるんだ?」
私は誰もいない音楽室へ一人入り、辺りを見渡す。
だが、ピアノに目をやった際、何かのメモが置いてあることに気づいた。
「なんだこれは」
気になったため、そのメモを手に取ると…
『特別任務・君の大切な思い出の曲をピアノで演奏せよ』と書かれていた。
「大切な…思い出の曲?」
やっぱりここには誰かがいたのか?
だとすると、どこへ………………。
「まさかっ!?」
私はすぐに閉め切っている一部のカーテンを開けてみる。
「…やっぱり」
閉め切っているからおかしいと思っていたが、窓を破壊して外へ脱出したらしい。
だが、24時間の監視体制にあるロボットが動かないはずがないし、窓を壊す音すらも聞こえ
なかった。
「どうやら只者じゃなさそうね。この特別任務を受けたお方は…」




