責任
家の戸締りをして、子機は2階の子供部屋へと向かった。
幸磨の部屋の扉をノックして中へ入ると、幸磨はベッドでぐっすり眠っていた。
だが、子機は幸磨よりも心配なことがあった。
『月冴、大丈夫?』
それは、月冴のことだ。
普段は陽気な彼がここまで落ち込んでいる姿を見たことがない。
子機はそれが一番心配だった。
「これじゃあ、何のために俺がいるのか分かんないね…ごめん。お母さん」
『月冴、学校でいったい何があったの?お友達と話してたって話は聞いたけど、話の内容は
なんだったの?』
「それは…」
月冴はマリアと桜華の証言を子機に話した。
月冴と炎樹が幸磨に一言声を掛けてから教室を出て行った後、幸磨は一人自分の席から外を
眺めていた。
それからすぐマリアと桜華の二人が教室に入ってきて、幸磨に声を掛けた。
「こう君、お一人ですか?」
声を掛けたのはマリアだった。
幸磨はマリアの顔をじっと見た後、「…うん。そうだよ」と答える。
「月冴君達はどちらへ?」
「さぁ…すぐ戻ってくるとは言ってたよ」
たまに二人きりで話すことがあるが、それもすぐに帰ってくると幸磨は知っていた。
だから行き先は聞かないし、ついて行こうとも思わない。それだけ信頼しているということだ。
「あの…」
すると、ずっと黙っていた桜華が声を上げる。
「幸磨君と月冴君って苗字が同じだけど、兄弟なの?それとも親戚?」
「あぁ、うん。遠い親戚だけど」
「やっぱりそうなんだ。私、二人を見てちょっと似てるなって思ってたの」
「えっ」
幸磨は桜華の言葉に驚いた。
自分達が似ていると言われたことは一度もないし、彼自身も月冴と似ていると思ったことは
ない。言われ慣れてないことを言われてしまうと、人は動揺したり驚いてしまうものだ。
それにしても桜華は二人のどこを見てそう思ったのだろうか?非常に気になるところである。
「いいね、皆…家族がいて」
先程までとは一変、桜華は自分の出生について話し始めた。
「私ね、生まれてすぐに親が死んじゃったの。だから親の顔は知らないし、親戚も分からない。
私の今の苗字は施設から引き取ってくれた里親の名前で、桜華って名前もその人が付けてくれた
ものなんだよね。だから、皆が家族の話をしていると…羨ましいなって思うのよ。私には本当の
家族がいないから」
「桜華さん…」
「あっ、ごめんね。暗い話になっちゃったね」
「いえ。こんなことを言うと失礼かと思いますが、桜華さんのことを少しだけ知ることが
出来て嬉しいです」
「…そう。ありがとう」
ガチャンっ!
「「っ!?」」
突然、椅子が後ろへ勢いよく倒れた音にマリアと桜華は同時に振り返る。
「はぁ…はぁ…はぁ……」
「こっ、こう君?」
「幸磨君、顔色が悪いけど…大丈夫?」
「……」
幸磨は無言のまま、教室の外へ向かってゆっくりと歩き始めた。
今にも倒れそうだったので、マリアが「待って、こう君!」と彼の右腕を掴んで引きとめよう
とした。すると、幸磨はマリアに掴まれた右手を振り払い、誰もいないはずの廊下に向かって…。
「…あ…さん………」
幸磨は小さな声でそう呟くと、目を瞑りその場で倒れてしまったのだった。
月冴の話を聞き終えると、子機は少し間を空けてこう話し始める。
『なるほど、昔のことを思い出したのね』
「昔?」
『推測だけど、幸磨はその桜華って子の話を聞いて…嫌なことを思い出したんでしょう。
気分が悪くなったから外の空気を吸って落ち着くために外へ出ようとしたんだと思うわ。
女の子の前で、怒るわけにもいかないでしょ?』
「確かに…。歌藤さんならともかく、マリアちゃんの前では…」
『だから月冴、貴方が責任を感じることはないの。この子だって、月冴が悪いなんて思わな
いわ』
「…うん」
子機に慰めてもらったが、月冴は納得がいかないようだった。
『幸磨が起きたら知らせてくれる?今日はお腹に優しいものを作るから』
「分かった。こう君が起きたら、連絡するよ」
『じゃあお願いね』
子機は幸磨を月冴に任せて、下へと下りて行った。




