第一場
副長、悪夢を反芻する/象牙色の飴玉/新発見/愚問の応酬/体制を維持するための不文律/二つの感情/シャンメイ、初勝利をあげる/カーペンター先生、再登場
「タヴァナー市の警鼓隊からアレックスの資料の写しが届きました」
シャンメイは副長の机に書類を置き、退室の許可を待った。いつものごとく。
だが、ディミックは解放してくれなかった。いつものごとく。
「さっきまで転寝をしていたのだがね……とてもおかしな夢を見たよ」
「そうですか」
あんたの夢なんかに興味はない――そんな意思を声に含ませる。
しかし、冷淡な反応など歯牙にもかけずにディミックは問いかけてきた。
「その夢に誰が出てきたと思う?」
「判りません」
「アレックス・ザ・ミディアムだよ」
腸詰めのような指で摘まれていた象牙色の飴玉が口に放り込まれた。頬と三重顎が波打ち、飴玉の噛み砕かれる音が室内に響き渡る。
自分が噛み砕かれている錯覚に襲われ、シャンメイは相手から視線を逸らした。壁に掛けられている少年時代のディミックの肖像画を見る。今まで気付かなかった(というよりも、気にも留めなかった)が、端に作者の署名らしきものがある。
咀嚼音が消え、ディミックがまた語り始めた。
「これが正夢にならないことを祈るよ。アレックスと顔を会わせたくはないからね。もっとも、夢に出てきたアレックスには顔がなかったが」
シャンメイは視線を元に戻した。
「あの……」
「なんだい?」
「副長は本当に信じておられるのですか? 逃亡中の617にアレックス・ザ・ミディアムの魂が宿っている、と……」
愚問である。クリケットに「真導を信じているのか?」と尋ねるのは「太陽は東から昇るのか?」とか「1たす1は2か?」と確認するのと同じことだ。しかし、シャンメイの中のなにか(レイスならば、それを〈獣〉と呼ぶだろう)が沈黙を良しとしなかった。
「信じているよ」
ディミックは真顔で愚問に答えた。
そして、正反対の愚問を投げ返してきた。
「ユォ君は、アレックスが復活したという事実を受け入れることができないのかい?」
「はい。真導は信じていますが、残魂転移だけは信じられません。あまりにも荒唐無稽ですから」
もちろん、「真導は信じていますが」という言葉は嘘だ。処世術に疎いシャンメイではあるが、幹部の前で真導を全否定するほど愚かではない。
ディミックのほうも心得たもので、その言葉の真否を問い質すようなことはしなかった。クリケットの真導師と非クリケットの真導師との間には暗黙の了解がある。前者が後者の欺瞞をいちいち暴き立てていたら、〈教団〉は崩壊してしまうだろう。
「荒唐無稽か……」
ディミックはまた飴玉を取り出し、目の前にかざした。飴玉という濾過膜を通しても、眼差しに込められた憐れみと怒りが取り除かれることはなかった。
真導を信じることができない者への憐れみ。
真導を信じようとしない者への怒り。
情け深くも傲慢なその眼差しをシャンメイは真正面から受け止めた。肌が粟立ち、身体が震えたが、今度は視線を逸らさなかった。
彼女の気迫に負けたのか、あるいは最初から睨み合うつもりなどなかったのか、ディミックは目を閉じ、飴玉を持っていないほうの手を軽く振った。
シャンメイは一礼したが、すぐには退室せず、あの絵にまた目をやった。例の署名がなんとなく気になったのだ。
『カーペンター』
それが絵の作者の名前だった。




