第2話 ヴェール・アシュクロフト
エントランスホールの高い天井を見上げると、交差するアーチ型の石柱が重なり合い、外から差し込む光をわずかに遮っていた。
磨かれた大理石の床を歩くたびに、シアン自身の靴音が小さく反響する。
正面に立つ人物は、黒いローブを身にまとった厳格な佇まいの教師だった。手元に持った羊皮紙の書類をめくり、シアンの顔と書類の記述を確かめるように交互に見比べたあと、わずかに頷いた。
——ヴェストバート寄宿学校。
吸血種と人間種が共に学ぶ諸国の名門寄宿学校として、その名は広く知られている。
古くから続くヴァンパイア社会の名家の子息たちも多く在籍しているこの学校は、人間種と吸血種の共存を目的としていた。
外の世界では両者の間に深い溝が絶えないが、ここでは教育を通じて平等を重んじ、将来を担う者を育てるという理想が掲げられている。
教師は手元の書類を閉じると、淡々とした事務的な口調で説明を始めた。
「ヴェストバートには四つの寮がある。ロザリア、コンヴァリア、リリウム、ポリアンサ。所属は家柄や種族ではなく、それぞれが掲げる理念の中から、自分が最も望むものを選ぶ決まりだ」
「自分で選ぶんですね」
「ああ。君が何者であるかではなく、これからどうありたいかを選ぶためのものだからな」
教師は一枚の羊皮紙を取り出し、シアンの前へ差し出した。
四つの寮名と、それぞれの理念が簡潔に記されている。
シアンは上から順に目を通し、さほど時間をかけることなくひとつの名前を指した。
「では、コンヴァリア寮でお願いします」
「即決か」
「駄目ですか?」
「いや。『弱きを知ることは、弱くあることではない』——それがコンヴァリアの理念だ。人間種や混血の生徒も多く所属している。君にとっても過ごしやすいだろう」
「そうですか。それなら安心しました」
シアンが穏やかに答えると、教師は書類の所属欄へコンヴァリアの名を書き込んだ。
「寮の生活規律については後ほど詳しく説明する。まずは荷物を——」
教師がそこまで言いかけたとき、ホールの奥へと続く長い廊下から、ひとつの足音が近づいてきた。
シアンは無意識に視線を向ける。
奥から長い金髪を揺らして、深い赤の瞳をした男が歩み寄る。尖った耳と、唇からわずかに覗く犬歯。
——純血の吸血種だ。
男はシアンと同じ制服を着ていたが、紅いラインの入ったローブのボタンをいくつか外し、着崩している。
そんな彼は、堂々とした態度で教師とシアンの間へ割り込んできた。
「おや先生。新入生の案内ですか」
「ヴェール・アシュクロフト」
男は親しげに、だがどこか相手を試すような調子で声をかけた。教師は眉をひそめ、あからさまに表情を硬くする。
その態度から、この男が学校内でも一筋縄ではいかない存在であることが分かる。
「こんにちは。本日よりお世話になります、シアン・ヘイルです」
シアンはすぐに気を取り直し、男に向き直って頭を下げた。
男——ヴェールと呼ばれた青年は、シアンの挨拶を聞いて興味深そうに眉を上げた。深い赤の瞳でシアンの全身を上から下まで値踏みするように眺め、唇の端をわずかに持ち上げる。
「聞かないファミリーネームだね、人間種かな。彼、『兄弟』は決まっているのかい?」
ヴェールはシアンから教師へと視線を移し問いかけた。
教師はシアンを一瞥し、短く事実だけを答えた。
「今しがた来たばかりだ、これから決めるだろう」
「ならちょうどいい」
ヴェールはそう言い放つと、迷うことなくシアンとの距離を詰めた。
シアンが距離をとる間もなく、ヴェールは右手を自分の胸元にかざす。すると何もないはずの空中に微かな光が走り、ヴェールの指先から、鮮血のように真っ赤な花が一輪、瞬く間に咲き出た。
ヴェールはそのままシアンの近くへと踏み込み、真っ赤な花をシアンの胸元に挿す。
上品な香水の微かな香りに、シアンは思わず息を止めた。ヴェールの細く白い指先がシアンの制服の襟元を整え、紅い花が深い紺色の上着に鮮やかな色を落とす。
ヴェールは至近距離からシアンの顔を覗き込み、楽しげに目を細めた。
「ボクの『兄弟』にならないか」
「——兄弟?」




