第四話 魔鳥討伐戦
戦闘の話
投稿遅れて申し訳ない
森に入って早々にルキアーノの足に刺々しい荊が絡む。足を捻り潰さんと複雑に絡み合うそれはまさに天然の罠。学院管轄とは言え、あまりにも危険過ぎる。生半可な青二才であれば、抜け出せずに死ぬのは確定のように見える。
「サンドブースター!」
ルキアーノは棘をものともせず、足を熱砂に変化させ、絡みつく荊を枯らし萎れたバナナのように一気に変貌させ、するすると長靴を脱ぐかのような動きで振り払った。
「まったく…気持ち悪かったよ。幽霊さん、こんなのが常に仕掛けられてるって認識で良いのかな?」
ルキアーノはため息混じりに怒りを発露する。亡霊の少年は嫌そうにコクリと頷く。そんな彼の様子には二人はキレる余裕すらなかったので言わなかったが、内心は事前説明をしてくれなかった事に腑を煮えくり返していた。
「おい、他にどんな仕掛けがある?それに、モンスターの種類は討伐対象の魔鳥以外にいくついる?」
ハッシュは嫌そうに質問する。いい答えはハナから期待していないが、聞かないでこれ以上の罠にハマって詰むよりはマシだ。
「説明を忘れてごめん…」
「謝罪はいい、知っている限り答えろ。居座っている亡霊をとっとと成仏させてやろうとしている聖人二人組に対して気遣いが足りないんじゃねえのか?」
ハッシュは亡霊の少年の謝罪を突っぱねって彼の不手際を責めた。氷のように冷たいのでただ感情的に怒るよりも恐ろしいと側から見ると感じる。事実、自分の足を潰そうとした荊の棘よりも刺々しい詰め方をする彼にルキアーノは溜飲を少し下げた。
「分かったよ。罠はボクの知っている限りは三つある。まず先程かかった棘だらけの荊だね。あれは地面に埋まってるが、血管みたいに浮かび上がってるから案外見分けやすい。次に、天然の地雷だね。地面に溜まった魔力が炸裂して辺りを壊す。これも地面に埋まっているタイプで、不自然な位に魔力が染み付いていない所は大体隠されているから魔力探知はこまめにやってね。最後の三つ目は視界を悪くする黒霧の発生だね。こればっかしは発生条件が分からない完全ランダムな自然現象だからかからない事を祈ろう。」
罠を三つ聞いたハッシュは、早く言わなかった彼に拳骨を入れようとしたが、霊体なので拳はすり抜けられた。ルキアーノは短気なハッシュにため息を漏らす。
「あんまムキになるなよ。引っ掛からなければいいだけでしょ。」
ルキアーノの言葉で、ハッシュはこれ以上怒りをぶつける事を諦めた。彼のブレーキ役が板につきつつある。
魔鳥の住処に行く為に罠をかいくぐって歩き続けて小一時間経った時、小さな泉を見つけた。水分補給したい思っていた二人にとってはグッドタイミングという他ない。
「ちょいと小休憩と行こうか。」
「歩き疲れたからな、10分ぐらいは休ませてくれ。良いよな、亡霊?」
二人はそうして水を満足できるまで飲んだ後、ゆっくりと眠りに落ちた。亡霊の少年は目覚まし時計代わりとして起きていた。
眠っているとは言えど、二人とも魔力感知は一切怠っていない。理由はもちろん迎撃だ。道中で寝首かかれて殺されては元も子もないからだ。二人は自分たちを草葉の陰から出てきて段々と足音を立てる事なく近づいてくる朱色の仮面の男に全く気づいていない。彼らの探知が杜撰なのではない、あまりにも男が格上過ぎるのだ。魔力の差があまりにも開いていると、下の者は上の者の存在を感知できない。今の彼らは探知は常にしているが、意識は外であり、戻らない限り動く事は決してない。
「ハッシュは君の期待に応えられそうかい?」
男の問いかけに亡霊の少年は嬉しそうに頷く。
「そりゃ良かった。アイツに命じられて、ボクら十二崩魔が一丸となって育てた甲斐ってモンが生まれた気がするよ。」
仮面の男はニタニタといやらしい笑みを浮かべているが、悪意は微塵も無さそうに見える。本音なのだろう。
「ハッシュに友人が出来たのは嬉しい事だよ。アイツらに伝えたら喜ぶだろうなぁ。じゃあね!ボクの事は絶対に伝えないでおくれよ。」
彼の反応に満足した男はそう嬉々として発言し、ルキアーノに一瞥した。男は音を立てず、ピンクの霧に己の肉体を変化させ、空の彼方へと消えていった。霧に鼻を刺激されてむず痒くなったのか、二人は勝手に起きた。浅く短くしか休めなかった彼らはどこか不満げな顔を浮かべている。
「何だろう、この生クリームみたいな甘い匂い。」
ルキアーノは嗅ぎ取った霧の残り香を不審に感じていた。
「懐かしい匂いだ、こりゃ。お前がオレを訪ねてきた理由が分かったよ。」
ハッシュは亡霊が自分の所に来た事に合点が行ったのか、ガラにもなく温かに微笑む。ルキアーノは戸惑ったが、自分以外は何となく察している事を知り、不服ながらも何も言わなかった。休憩は止め、目的を再開した。
立ちはだかる魔獣を狩りながら、亡霊の少年の指示通りに移動する。ハッシュは滅却の黒い炎を、ルキアーノは熱のこもった砂を放出して互いが互いを庇いあうように動いている。
「そういや、ハッシュ。君の能力名は何?」
「言ってなかったっけ。〈玄獄炎〉っつうんだ。能力は至ってシンプル、黒い炎の放出と操作。オレの炎はちょいと特殊って島の奴らは言ってくれてたけど、よく分からんから他の炎熱系の能力と似たようなモンって思ってくれていいぞ。そういうお前は、ルキアーノ?」
「僕もそん位単純だよ。〈暴烈砂〉。砂の放出と操作・自身の肉体の砂化・砂で触れた対象の水分の吸収の三点で、砂で想像されやすいのは大体できる。」
二人はこれまでするのを忘れてた能力の詳細の紹介を今更した。さりげないが、これからの学院生活を考えればとても大事な事だ。
「そういや亡霊の君はどんな能力なんだい?」
「亡霊になったら能力が無くなるんだ。だから今は霊体って事以外ただの無能力者と一緒だよ。」
亡霊の少年の返答に自分が知らなかった事を聞き、無礼をしたのかと慌てて頭を下げた。
「霊体ってのは魂だけが留まっている存在。肉体という器が無いから、能力が無いのは当然だ。」
ハッシュは故郷の島の者たちから聞いた話を重々しいトーンで尋ねる。
「ご名答。ぼくの口から話せる事は大体知っているっぽいね。」
「そりゃそうだ、亡霊なんてこれまで何度か見てきたからな。自分勝手な逆恨みしかしない悪党ばかりだが。」
亡霊の少年がハッシュの言葉を明るく肯定した。ハッシュもまた、経験則から淡々と答えた。
「気をつけて、ここら辺の足場はすぐにグラついて崩落するから。」
下に目を向ければ、地面に蜘蛛の巣の形のヒビが入っている事が分かる。グラついているのが体感で理解できるというのに、バカ正直に告げる亡霊の少年の姿は呆れ果てるものがある。
「こうも分かりやすいのを説明するのは逆にノイズだよ。まっ、ありがとう。ここは僕の能力を使えば簡単に乗り越えられるから安心してね。」
ルキアーノはそう声をかけると、手から砂を滝のごとき勢いで放出、即座に固めて足場に変えて道の急ごしらえの舗装を一瞬で終わらせた。
「砂ってのは便利だな。火力以外の取り柄がないオレの炎はそういうサポートが出来ないから羨ましいぜ。」
「そう羨ましがられても困っちゃうな。君みたいに攻撃に振り切れる訳でもゾフィーみたいにサポート特化な訳でもない器用貧乏だよ。使いこなすにはクセが強すぎる。」
砂の上を歩きながら、羨望の眼差しを向けるハッシュに対して彼もまたハッシュや従兄妹のゾフィーと己の能力を比較して羨ましがる。隣の芝生は青いとはよく言ったものだ。
「それに…サラサラの砂だから時間経つと普通に風となって消えるよ。」
ルキアーノの忠告に慌てて、ハッシュはあからさまに駆け足になる。ルキアーノと亡霊の少年も追いかけて走り出した。落下死しないように崩れ始めたら即座に次に繋げるを絶え間なく繰り返す。当然ながら、魔力消費量は半端ないが、落っこちてひしゃげた死体になるよりは幾分かマシだ。
「そろそろ見えてきたな、あの岩の洞窟に繋げよう。」
「待って、あの洞窟にはぼくを殺した魔鳥が住んでいるんだ。今の状態じゃ危険すぎる。」
ルキアーノの提案に却下したのは亡霊の少年。彼は今のルキアーノの魔力残量の少なさを危惧しているのだ。
「ふざけんなよ。幽霊になってから日が長いからもう忘れたのかもしれないが、普通人間はこの高度で落ちたら死ぬんだぞ。それに一石二鳥じゃねえか。」
彼の却下を取り消すようにハッシュが口を出した。彼は亡霊の少年とは反対に、突入せずにこのまま死ぬ事が何よりも駄目だと感じているからだ。ルキアーノも彼の意見に賛同の意を示してゆっくり頷く。亡霊の少年は多数決で負けた事で折れたのか、渋々承諾した。
ルキアーノの魔力残量がゼロにはなったものの、何とか洞窟の入り口まで繋げる事に成功した。
「やっぱりアイツが来ているのか。」
ハッシュがそう口にしたのは、ここいらで収穫できるはずがない魔力量が満タンになる希少なな薬草をこれ見よがしに雑に置かれていたからだ。これをすると考えられるのはハッシュにとって懐かしい匂いである生クリームと形容されるような甘い匂いを放っていた仮面の男としか考えられない。二人は知らないが、亡霊の少年にハッシュを紹介したのも彼である。
「会っちゃいないが分かるんだよ。記憶でな。」
「アイツって誰だよ。」
ハッシュが物思いにふけるのを見て、ルキアーノは思わず言った。
「島の奴らの内の一人だよ。まぁいいや、とっととこの薬草口に突っ込め。」
ハッシュは的当に一言で説明を終えると、薬草を掴んで勢いよく強引に彼の口の中に入れた。
「うげっ。苦っ。」
ルキアーノの口の中には形容し難い苦味が広がった。それを一刻も早く収めようと飲み込もうとした。並の漢方や薬草を優に超えるそれはまさに地獄。
「嫌だと思うが、顎の力使ってよく噛め。そうしないと効能が発揮されないからな。」
ハッシュのその言葉にルキアーノの顔をみるみる白くなる。指示通り歯音を打楽器のごとくかき鳴らして噛む事を続けるが、どうしようもなく不味いので吐き気がますます酷くなる。終わる前か後かは分からないが、確実に嘔吐する未来が彼には視えた。
「食べたよ。うぷ。おろろろろろろ───」
視えた未来通り、彼は地面に吐瀉物をありったけぶちまけた。戦う前にして、満身創痍で燃え尽きた顔になっている。
「うわわわわわ、大丈夫かい?」
亡霊の少年が彼に駆け寄り、腰に手を当てようとするが、所詮は霊体なので、手はすり抜けてしまった。
「ようく確認しろ、自分の魔力量を。不味さに見合ったリターンじゃないが、凄えだろ。」
彼の言う通り、ルキアーノは体に力を少しばかし入れてみた。そうすると、先ほどまでの疲れどころか森に入る前よりも明らかにイキイキしているのが感覚で感じ取れた。
「凄いけど、廉価版の安い薬草の方が何倍も嬉しいよ。あまりにも苦過ぎる。」
ルキアーノは自分の汚い口を手で入念に拭きつつ、文句を垂れる。
「ウチの島のお宝の一つだぞ。他所では決して取れない代物だというのに…」
ハッシュは珍しく少し顔を悲しみで歪ませた。
「早く行こう。完全に夜になったら、講師の人たちから怒られちゃうよ。」
「どこのどいつがその口叩くんだよ。」
そうして三人は洞窟に入った。
ダイヤモンドの煌めく光を松明代わりに洞窟の中を、亡霊の少年の道案内に沿って歩き続ける。進むにつれ、見える屍の数が増えていく。どれも腐敗が進んでおり、一度嗅いだら忘れられないとてつもなく臭い死臭が鼻に槍のように突き刺さる。
「凄惨だね。」
ハッシュは思わず、息を飲み一言言って手を合わせた。
「理性のない獣ほど残酷な物はないよ。」
「そうだな、ろくに躾けられてない野獣はすぐに殺さないといけない。ウダウダしているとこっちが殺されるからな。それを理解してない奴と力が及ばない奴の末路はこうなると相場で決まってる。」
二人は彼の言葉を肯定しつつ、警戒を強めた。同じ轍を踏む可能性は存分にある。
血生臭い匂いが強くなる度に眉間にシワがより表情が険しくなるハッシュ、怒りで顔を赤く染めるルキアーノ。
「おい、亡霊。お前の死体はどこにあるんだ?」
「自分でも分からないよ。」
「無理して話さなくて良いよ。君もこういう目に遭ったんだから辛いでしょ。」
三人の口数は明らかに少なくなっているが、信頼は反対に強くなっている。
「奴がいる場所はこの先だ。戦闘には参加できないが、出来る限りサポートするよ。」
「ありがとな、頼りにするぞ。」
やっとこさ、彼らは魔鳥の住む大きな洞穴に辿り着いた。
そこには、吐き気を催す悍ましい光景が広がっていた。腐りすぎてカビまみれの白骨死体たちでできた山の上に2m超えの薄いピンク色の毛の魔鳥が三人を待ち構えてたと言わんばかりに見下すように睨みつけていた。辺りにあるダイヤモンドはどれも鮮血で染められており、錆びていて独特の臭い匂いを発している。
「トリ公ごときが人間様を見下してんじゃねぇぞ。インフェルノレーザー!」
ハッシュは冷淡に黒炎の熱線を放ち、正確に鳥の右目を撃ち抜いた。
「グギャアアアアア」
鳥は速攻の不意打ちを見事に食らった事で、悶え苦しみながらも羽ばたいた。
「屋内で飛ぶとかやっぱり躾けられてない畜生は阿呆だな。インフェルノショットォ!」
黒い炎の火の玉を両翼掛けて連射する。片目が燃やされて視界不良なのも相まって見事に全弾クリーンヒット。更に燃え上がる。このまま焼け死ぬ事は確定だが、そのまま放っておくのは二人の腹の虫が収まらない。
「ソイツは再生能力を持っているから攻撃を畳みかけないと駄目だ!」
亡霊の少年は迫真の声で叫ぶ。
「そう言われなくても!サンドストーム!」
哀れに落下する魔鳥を天井に張り巡らされていたダイヤモンドの棘に突き刺さす為に勢いよく熱砂の嵐で打ち上げる。
「インフェルノデュランダル!」
「サンドスマッシャー!」
ハッシュは大剣の形にまとめた黒炎を、ルキアーノは砂の巨拳を、死体撃ちとばかりにそれぞれ強力な技を放って肉体を完全に消滅させた。それと同時に亡霊の少年の霊体も消え始めた。
「やっと成仏できる。ぼくの依頼を達成してくれてありがとう。君に頼んで良かった、あの仮面の人に感謝しなくちゃ。お礼に元のレグオ寮に飛ばしてあげるね。」
亡霊の少年は感謝の言葉を述べると、白く光る塵となって完全に消えた。後悔が晴れた潔い爽やかな笑顔だった。即座に消えたという事はあの魔鳥の腹の中に肉体ともども一緒にいたのだろう。
「こちらこそありがとう」「良い経験になったぜ。」
二人は別れを惜しみながらも、口には出さなかった。そうしてレグオ寮の所へワープされた。
まだ夕方の六時だったので、二人は何とか門限には間に合った。二人は今日の出来事は言葉にせず、ただ拳を合わせて晴れやかな夕焼け空を見上げた。




