第三話 亡霊からの依頼
次の話では戦闘を描きます!
ゾフィーはなんやかんやあって、ルキアーノ以外とも伝心球の連絡交換をした。ハッシュとはお互いにいがみ合いこそしたが、根っこが似ているのが分かってからはどちらも態度が軟化した。
今はハッシュたち三人は仲良く食堂にて朝食を食べている。
「まさかアイツのツンツンした性格が少しとは言え、和らいだのは意外だよ。」
ルキアーノは美味しそうなハムエッグを噛みながら、彼女の変化に気づき、感慨にふけっていた。
「ゲフゥー、クチャクチャ言わせんなよ。行儀が悪い。」
一足先に食べ終わったハッシュはレモンティーを一気に飲み干して自分が汚いゲップをかました事は棚に上げて、彼のマナーの悪さを注意する。
「ハッシュ君も人の事言えないよ。ゲップを恥ずかしげもなくする人がマナーを説くなんて滑稽だね。」
キョウガはクスクス微笑んで、彼の揚げ足取りをした。二人とも確かにと一本取られた様子で気づいて恥ずかしがった。遅れてセオドアがやってきて、キョウガの隣に座る。
「キョウガ、サラダとゆで卵だけで足りるんか。ワイのソーセージ分けたろか?」
セオドアはキョウガの少ない朝食を心配した。彼の朝食は砂糖水と食堂の名物の一つの大盛りの肉料理で、ローストビーフ・牛タン・チャーシュー・フライドチキン・ベーコン・ソーセージが山の形となって積み重なっている見ているだけで胃もたれを起こしそうな代物だ。それをバクバクと前代未聞の猛スピードで頂点から食べ進め始めた。
「朝だからね。この位で充分よ。」
「そうか。まぁ人によって朝食べる量なんてちゃうもんなぁ。」
キョウガは彼が食べている圧倒的ボリューミーな量に驚かずに答える。入学以前から親交のある彼にとってはセオドアがこの量を食べるのは日常茶飯事だったのだろう。キョウガも聞いて、納得の言葉を述べて改めて食べ進める。
「何、その油を体現したのは?朝から食えるもんじゃないでしょ。」
ルキアーノはそれが放つ油の臭いにあてられて、ウプっと口を軽く抑えておそるおそる彼に尋ねた。
「腹が減っとるから好きなモンを中に入れる。シンプルな話や。何をそんな反応する必要があんねん?」
「授業中に腹壊しても知らないよ。」
彼のケロッとした返答にはもお手上げのようで、爽やかスマイルを保ちつつ遠慮しているかのようにドン引ている。
「生憎、ワイの腹は丈夫やさかい。生まれてこの方いっぺんも下痢を起こした事があれへんねや。」
セオドアは彼の心配の言葉を気にも留めないどころか、白い鼻息を出して自身の体の強さを主張した。
「食事中はお前だけじゃないんだ。そういう下世話な話は後にしてくれ。」
「キャプテン気取りかい?別に良いじゃないか。」
ハッシュに対して何か偉そうな態度だなと感じたルキアーノは、彼を注意して宥めた。
「普通にクソの話はダメだろ。キャプテンなんか誰がやるかよ。もしその役割が必要ってんなら俺じゃなくてよ、ルキアーノ、お前の方が適任だろ。オレは腕っぷしの強さしか華がない。」
首席にしては意外にも自己評価が低い事に三人は驚いた。特にキャプテンとして推薦されたルキアーノは仰天している。
「揃いも揃ってそんな顔すんなよ。妥当な評価じゃねえか。あと、セオドアはとっとと食い切れよ。」
ハッシュは戸惑い、呆然としている彼らに正直に言い放つ。セオドアは呆気にとられながらも残りの僅かとはとても言えない量をフォークとナイフを巧みに使って口へ運び、丸呑みした。
今日の授業はどこの寮であっても座学ばかりだ。体育会系の武闘派である我らがレグオ寮も当然そうだ。例年、主に習う学問たちはインテリで研究者気質の者が集っているサペンダー寮と比べて質が浅いものになっている。それでも、勉強得意な者からしてもかなり難しいようで、所々でパンクしている生徒がちらほら見かけられるらしい。特に魔獣学・魔術史・古代語はトップレベル。ソースはレグオ寮監督生のグレゴリー。一限目は占い学だった。
「占い学って何やねん。占いに学びもクソもあるかいな。」
教室に向かうセオドアは不満げに言う。彼はそう言う類を全然信じてないとの事で、興味がないのだろう。
「バカを騙す為じゃね?国に奉仕できる職に就けなかった時、お金に困ったら大変だろ?これ受けて楽して稼ぐ術を身につけるってこったよ。」
ハッシュは占い学をせせら笑いながらも自分たち受けなくてはいけない理由について考えている事を話した。セオドアも同調している。
「随分と俗物的な理由だね。俺はそういう捻くれた意見を肯定も否定もしないけど、あまり口に出すべきものではないと思うよ。」
ルキアーノは釘を刺す。
「全くだね。この学問が好きな奴だっているかもしれないだろ?」
キョウガもルキアーノと同じ考えのようで彼らを注意した。そして四人とも教室へと入っていった。
授業内容はタロット占い・占星術・手型占いなどを極めれば、軽い未来予知ができる可能性があるという話をしゃがれた老婆の講師が言うだけの物だった。初回とはあまりにも無味で、受けた意味が感じられない退屈を超えて不愉快だった。授業前にセオドアとハッシュを注意したルキアーノとキョウガもモチベーションを途中でもう失っていた。
「結局オレの言った通りじゃねえか。あくまで可能性だから、あのババアが言っていた事をこなせるとは限らない。だから、オカルティックでバカバカしいものに簡単に騙される奴を搾取するペテン師になった時にようやく価値が見出せる日常どころか戦場ですら使い道が無い欠陥学問だってな。」
ハッシュは自身が授業前に言った言葉が証明された事に対して、喜びと怒りが半々になった曖昧な感情を発露させて力強く言った。明らかに言い過ぎだが、その極端な意見を肯定しなければならない位、ダル過ぎるゴミみたいな内容だった。
「そこまでは言わないけどさ、確固とした理論がないのを学問とは言えないよね。占いが学問として成立しているのは何でなんだろう。」
軽く失望したルキアーノは、三人に疑問を投げかけた。
「んな事は簡単だろうが。長時間の昼寝を確保する為のボーナスタイムだ。」
「そうだったら良いけど、実行したら落第生コース真っ逆さまでしょ。」
力説するハッシュに対してキョウガが正論をかます。
「実際のところ、楽単ではあるやろ。確定事項を覚えればええだけなんやから。」
「まぁ、考えても無駄な事…って事で良いのかな?」
二人のしょうもない意見とセオドアの心底どうでも良さそうな言葉を聞いて、無意味であるとして心の中のゴミ箱に今抱いた疑問を捨てて、次の授業へと向かった。
そうして流れ作業のように、一日目のそれぞれの学問の第一回の授業を受講し終わった。他の授業は胡散臭い占い学と違って、興味深く聞いているだけで一気に引き込まれる程面白く、ハッシュは気づけばノートに書き留めるのに夢中になっていた。だが代償として大幅に体力を使ってしまい、部屋に入った途端に泥のように眠ってしまった。そんな彼の耳に気味が悪い北風が当たる。窓は閉め切っているにもかかわらず、奇妙だ。彼はそれのせいで浅い眠りで終わってしまい、すぐ起きてしまった。床で寝っ転がって伸ばしていた足をたたせ、無理矢理でも起こさせると、彼の目の前にはボリューミーなマッシュヘアと前髪で両目を隠している少年が立っていた。ハッシュと同じ背丈と格好をしているが、腐った生肉に似た死臭がただよわせている。
ハッシュは彼を見て臆さないどころか、面倒くさそうに髪を掻いている。
「亡霊が初対面のオレに何の用だよ?」
ハッシュはダウナーテンションで威圧する。目の前に立っている少年は彼のいう通り、とっくのとうに亡くなっている亡霊なのだ。
「とっとと答えろよ。勝手に起こしやがって。しょうもない用件だったら、今ここで滅却するぞ。」
すぐに答えようとしない少年の煮え切らない態度にハッシュは釈然とせず、黒い炎を両手に纏わせてファイティングポーズを取って催促した。
「仇を取って欲しいんだ。ぼくの。」
「あっそ。何か褒美はくれんのか?何もないって訳じゃあやる気はないぜ。便利屋じゃねえからな。」
彼が緊張しながらも口にした頼みに対して、ハッシュは構えこそ辞めたが、取り合う気が全くなさそうで部屋から出ようとしている。
「褒美って例えば何が欲しいの?」
「…そうだな、解決したらとっとと成仏してくれ。」
「何か物とかじゃないの?」
ハッシュの答えに少年は困惑を見せた。てっきり、力か何かを要求されると予想していたからだ。
「腐敗臭と消えかけの魂しか持っていない存在なんて何も持ってないに決まってるだろ。だから、満足したらとっとといなくなってくれよ。臭くて敵わん。」
少年の現実を愚弄する言葉をかけて理由を話す。鼻をつまんでいるので、演技ではなく本心のようだ。
「本当にそれだけ?何か力とか挙げるよ?」
「それだけ。オレの能力は特例なんだ。お前らの持っている力を手に入れたとして、何か爆発的に強くなれる訳じゃないからな。居座るつもりだったら、本当に滅却するぞ?そんなんにこだわり始める前に内容を話せよ。」
彼の提案を一蹴して、内容について尋ねた。ハッシュの力である黒い炎は混沌とした要素がチグハグに繋ぎ合わせられて出来た物なので、一亡霊の些末の力を今取り込んだ所で何も変わらない。
「大型の魔鳥だよ。それもとびっきりの凶暴種のね。」
「へぇ、どんな所が凶暴なんだ?」
好奇心で質問してくるハッシュのリアクションを見て、少年は心配そうな反応を示し、顔を曇らせた。
「学院管轄の森でボスをやっている鳥さ。獰猛で残虐な事で有名でね、人を見たらすぐに殺しにかかってくるんだ。しかも、ただ殺すんじゃない。爪で切り裂いた後にクチバシで死肉をバリボリ貪る習性があるから、死体もろくに残らないんだ。」
彼の悲痛な声は、ハッシュの心に僅かに響いた。
「実力不足のお前も悪いが、自分より弱い奴を必要以上にいたぶるその鳥はもっと悪いな。受けてやるよ、焼き鳥を食いたかった所だったから助かるぜ。明日の放課後に案内してくれよ。」
嫌味たっぷりではあるが、ハッシュは依頼を承諾した。少年は一旦、姿を消した。ついでに強烈な臭いも消えた。ハッシュは夕食を食べに食堂に向かった。
食堂はもう既に混んでおり、ごった返している。どこも行列を成しており、今からではろくな食事にありつけなさそうだ。
「遅かったからとは言え、こんなモンしか残ってないのかよ。あのクソ幽霊と長話するんじゃなかったぜ。」
ハッシュは愚痴をこぼした。
ハッシュの予想通り、味気ない物しか残っていなかった。不味いが、背に腹は変えられない。泣く泣くついで端っこの席で一人さびしく食べた後は部屋へ戻り、風呂と歯磨きをそそくさと済ませて、明日の講義の準備をして眠りについた。
自分でもビックリする位早く起きたハッシュは、寝巻きから制服に着替える前に、眠気覚しも兼ねて簡単な運動を開始した。
「こうも動きが硬いと、少し不安だな。まぁ、考えすぎかもしれないが、油断してあの幽霊と同じ轍を踏むのは御免だから考えすぎ位が丁度いいかもな。」
ハッシュは自分の考えを巡らせながら、逆立ち状態でスクワットを繰り返している。しかも掌ではなく人差し指だけで。何よりも凄いのはスピードだ。アレグリッシモの速さを継続している。天才である彼からすればウォーミングアップと言えど遅い事この上ないので、反省の言葉が出るのもしょうがない。寝巻きに汗シミが出来始め、したたる滴が床に落ち出したので、中断すると、寝巻きを乱雑に脱ぎ捨てて荒い息の調整とほてった体を冷やす為に冷たいシャワーを心存分に浴びた。満足すると、制服におもむろに着替えて右頬を思い切りビンタしてテンションを切り替えた。
授業では昨日と同じく、ハッシュは無双していた。初歩的な問題や技巧はサラッと呼吸する事と同値かのようにこなし、可能であれば二・三年生で習う範囲の技をこれ見よがしに周りに披露していた。目立ちたくは無いが、周りに認められたいというシンプルでみみっちい彼の承認欲求が如実に表れている。ただ承認欲求だけが理由ではない。彼について来れた生徒たちはほんの一握りだけ。彼はその者たちの中で自分の依頼の手伝いをしてくれそうな生徒を吟味した結果、自分との仲的にも現在の実力的にもルキアーノだけにするのが最適だと思った。
「どうした?ハッシュ。急に呼び出してきて。」
ハッシュは速攻で行動に移した。
「今日の放課後、暇か?」
「君、今日様子がおかしいけど、原因それ?」
ルキアーノは授業中の自分のいつもとは違う様子を見抜いていた。自分の誘いを蹴るかどうかは分からないが、予想通り頼りになりそうなキレ者だ。
「やっぱりバレてたか。」
「当たり前だよ。ずっと考え込んだ顔を浮かべながら、一昨日の戦闘訓練以上に実力を行使してたんだからさ。実力の何割まで出したか分からないけど、君の性格らしくないから丸わかり。セオドアとキョウガと一緒に話してたから二人も分かってるよ。多分、ゾフィーも気づいているんじゃないかな?」
「そ…そうじゃないぜ。ほ、ほら、たまたまたまだぜ?」
「言う通りじゃないか。演技力は大した事無いんだから。困ってんだったら最初から素直に『手伝ってくれ』とか言った方がいいよ。それをしたくないんだったら、今度の休日に観劇でもして勉強したらどうだい?今回は乗ってやるから。」
図星を突かれたハッシュは目を点にして冷や汗をダラダラかく。ルキアーノは彼のお粗末な三文芝居にため息をつきながらも、自分が呼び出された理由を聞かずに承諾した。
鬱蒼とした森の入り口にはあの亡霊の少年が立っていた。
「この通り、お前の無念を晴らしに来たぜ。」
「聞いた通りの人で安心したよ。」
亡霊はハッシュの一言に安堵した。ついさっきまでは、自分の依頼に尻尾巻いて逃げ出す人だったらどうしようと思っていたからだ。
「あぁ、そういう事ね。」
ルキアーノは亡霊の少年からの依頼の手伝いとして呼ばれたのをここで気づいた。おおよそ、彼から無念を晴らして欲しいとハッシュは頼まれたのだろう。
「ん…聞いたって誰に?」
「ぼくもよく分からない。二人組に『無念を晴らしたいんだったら、ハッシュ・ドサーハっていう一年に頼みな』って言われたんだ。ただそれ以上の情報は言えないな、二人は秘密にして欲しいらしいから。」
ハッシュは『聞いた』という発言に引っかかり、亡霊に質問した。亡霊もよく分からないらしく、二人組の紹介で彼を紹介されたので、彼らの言う通りに依頼したらしい。
「君、怪しい付き合いとかあったんだ?意外では無いけど不思議だわ。」
ルキアーノは馬鹿にするような笑顔で彼をからかう。
「どうせ、死んだ後に来た講師だろ。オレらに授業してた奴らの内の誰かだって。断じて、そんな付き合いはないから。」
ハッシュは彼を冷静にあしらった。だが、どこかキレてそうで語気がだんだん強くなっている。
かくして、二人は亡霊の案内の下で森の探索兼魔鳥の討伐を開始した。




