第二話 退屈な戦闘訓練
プロローグに少し出て来た魔女っ娘とメインで活躍するかもしれない講師が出る話
教科書を受け取った後、学院長にハッシュたちは呼び出された。要件は当然、ある程度はグレゴリーの計らいによって不問にされたとは言え、ハッシュたちは入学初日の大浴場の件だ。文章にすれば何万文字もスラスラと書けそうなレベルで学院長から長い間こっぴどく叱られた。寮中を走り回って他の生徒たちを不安にさせた事と皆が使う権利がある大浴場を荒らした二点はどうしようもなく避けられなかった。とは言え、これもグレゴリーの報告によって、彼らに責任は問われなかった。前者は不良たちが犯した問題の一つにまとめられ、後者は不良たちと繋がっていた一部の講師たちが強制的に補填させられたらしい。お陰で不良たちは退学、講師たちも謹慎処分を受けた。良かったのは講師たちが下っ端な者たちばかりだった事だ。これによってこれから始まる授業には何の支障も出ないとの事。
「ボクたちかなり叱られましたね。」
「一週間ぐらいは大浴場使えないらしいね。はぁ、上級生からのヘイト溜まってんだろうな。」
キョウガが肩を落とし、ルキアーノはマイナスな言葉を吐く。
「そんな落ち込むなや。ワイら結局お咎めなしみたいなモンやから。」
「そうだぜ。こんなかすり傷で済んだんだ。それに俺らは監督生の伝心球と連絡できるからこの先一年は安泰だろ。」
そんな二人をセオドアとハッシュが慰める。四人はレグオ寮の一年生向けの戦闘訓練が現在行われている第六グラウンドへとその落ち込んだ足で向かっていった。既に始まっているが、気分的に急ぐ事はできなかった。そりゃそうだ、なんせ関わりが全くないから。
「ルキアーノ、アンタ騒ぎ起こしたらしいじゃない。」
「その声は……ゾフィー!」
到着手前で、ルキアーノにステレオタイプの魔女を思い起こさせる灰色のトンガリ帽子を被った可憐な少女が声をかける。思わず、全員振り返った。特にルキアーノは結構面倒くさそうな声を出した。彼女はレグオ寮の女子寮所属で、入学式の時にハッシュとルキアーノに声をかけた人物だ。そして、ルキアーノとは入学以前からの仲の人物らしい。
「そこの鳥の巣頭は会った事あるけど、お二人さんはないわね。」
「誰が鳥の巣頭だ!コラァ!」
「あぁ、これからよろしゅうな。ワイはセオドア・ペルガスで。」
「ボクはキョウガ・ギンジョウ。これからよろしくお願いします。」
「一発その顔ブン殴ってやるから覚悟しろ!クソ女!」
「少し落ち着きや。」「そうですよ、ここで本当に問題起こしちゃ不味いです。」
ハッシュは自身の髪型がけなされた事に怒りを見せ、珍しく喧嘩腰になる。セオドアとキョウガは軽く挨拶を済ませた後に感情的になっている彼を宥める。
「こうも見るからに喧嘩騒ぎ起こしそうな人が学年の首席入学って世の中変わってるわね。」
「ハァ!?このオレのナチュラルでイカした髪型を馬鹿にするからだろうが!」
彼女の神経を逆撫でする失礼な発言によって、ハッシュの怒りのボルテージが更に上昇する。顔色は赤肌のオーガ族みたいに真っ赤になっている。今にも殴りかかりそうだが、何とか二人がせき止めている。
「従兄妹として言っておくが、君はそういう失礼な発言はしない方が良い。ただでさえ、君の中にある特別な血の価値が下がるぞ。性格は直さなくてもいいけど、発言は柔らかくしとけよ。」
ルキアーノは彼女に意味深な事を言って叱る。彼女は不機嫌そうに口をつぐんだ。
「………分かったわよ。……言い忘れてた。もう休憩時間終わっちゃうわよ。急いだら?」
彼女の発言で時間にもう余裕が無い事に気づき、四人は彼女の走りに追いつかんと急いで走った。
バテバテの彼らを見つけた途端、右目に鉤爪でできたと思われる三本傷と左目を前髪で隠した長髪ストレートが特徴のダンディで強面な講師が睨みつける。
「遅れてすいません。」
ルキアーノの言葉に続けて、ゆっくり頭を下げる。三人も慌てて頭を下げる。
「いくら昨日の件で学院長から怒られたからってこんなに遅れるのは無いよな?舐めてんのか?」
講師は遅れた彼らに語気を強くして尋問する。
「舐めてはいません。時間管理が上手く出来なかっただけです。」
「それを舐めてるって言うんだぞ!」
ルキアーノの屁理屈じみた返答に腹を立て、声を荒げる。今の状態では何を言っても火に油を注ぐだけだ。叱られているハッシュたちが問い詰められている様子を見て、クスクスと笑い合う他の生徒たち。それを見て、ハッシュは表情には出さないもののとても不愉快だったが、優等生という自分に貼られた世間体を維持するには我慢するしかない。
「ハッシュ・ドサーハ。何だ、その反抗的な目は?自分をエリートとでも勘違いしているのか?ルキアーノ・イラ!お前は講師というのを舐めているな!黙るか謝るかしろ!セオドア・ペルガス!お前のような馬鹿そうなモヒカン頭にはここに入れた事自体が奇跡だというのに何故最初から遅刻をするのだ!キョウガ・ギンジョウ!お前みたいな軟弱そうなモヤシはこの俺が徹底的にしごいて鍛え直してやる!」
講師は彼らそれぞれのフルネームを呼び、各々に自分が今感じている自分勝手な不満を我儘にぶつけ、頬をビンタする。不良グループの詳細についてろくに知らない状態で昨日の件を断片的に聞いている講師にとって、彼らと大浴場で戦闘を行ったハッシュたちは『入学初日に先輩をぶん殴った問題児』にしか見えていない。無理矢理こじつけて喧嘩をふっかけて分からせるつもりなのだ。おおよそ大人のする事ではないが、レグオ寮の実力主義な方針も相まって、彼のような講師の地位を得ているだけの野蛮人の層はマジョリティなのだから仕方がない。
「おいおい、俺らの戦闘訓練遅らせんなよ〜」「そうよそうよ、どんな事情があったのか知らないけど遅刻したのは事実でしょ、見学ベンチにとっとと座りなさいよ〜」「首席と7位が早々にこんなダサい事すんなよなぁ」「お前らみたいな奴らが痛い目見るのは良い気分だよ」などなど口々に他の一年生も聞こえるような声で言い出し始めた。面白がって笑う者、講師の意見に合わせて好き勝手言う者、マウントを取りたがる者、ハッシュたちを心配する言葉を一応言う者、どうでもよさそうに見物している者さまざまだが、全員決して講師に意見して彼らに何かしようとはしていない。
(そりゃまだ二日目だから妥当けど、誰も俺たちの事庇い立てしてくれはしないか。)
ルキアーノは心の中で悲観し、サッとゾフィーを見る。この自分たちの不味い状況を打破してくれるならば、普段はどんな面倒くさい相手であろうと構わない。そう藁にすがる思いで彼女に心のSOSを送る。結果は残酷にも効果なし。彼女にとって、ルキアーノは従兄妹であるがそれ以上の絆はないからだ。ハッシュたちは見学ベンチに大人しく座ろうとするが、講師が強引にハッシュの肩を引っ張る。
「生意気だな。遅刻した癖に休もうとは。どの位高い身分なんだ?」
「王族でも貴族でもないただの田舎者ですよ。アンタの劣等感と偏見で曇った目にはオレたちがそんなお高い存在に見えたんですか?少なくともオレは、そんなんだったらここじゃなくてオルシャ寮所属になっていますよ。」
怒る講師に対して、あえてかただ癪に触ったのかは分からないが、ハッシュは皮肉った。彼の危うい言動には他の三人も流石に冷や汗をかいている。
(俺ら不良みたいな扱いされたくないよ。)(この流れを繰り返せば安泰なんてもう来ないなぁ。)(危なっかしい発言すんなや、首が絞まってまうわ。)
三人とも心の中でハッシュに若干怒りながらも、彼と違って平静を保ち、座ろうと下ろしていた腰を改めて上げる。
「分からず屋のお前には体で教え込まねばいけないらしいな。木剣を持て。模擬戦をやるぞ、ハッシュ・ドサーハ。」
彼の誘いに乗って、ハッシュは同意して彼から木剣を受け取った。三人はベンチに座り、他の生徒は地面に座って見る事になった。
お互いが向き合って礼をすると、模擬戦は開始された。先手を決めたのはハッシュ、胴目掛けて俊敏な刺突をしたが、講師は簡単に筋肉で受け止めて、ハッシュの木剣をへし折る勢いで木剣を力任せに振り下ろした。それをかわそうと何とか引っこ抜き距離を取る。
「一撃を速攻で叩き込む意義は認めてやるが、甘いな。もっと力を解放しろ。こんな風になぁ!」
講師は意気揚々と獣じみた雰囲気で言う。
ハッシュの速度を超えるスピードで、一気に距離を詰めて風圧を帯びた刺突を繰り出した。ハッシュは反射的に木剣で受け止める事に成功したものの、力を受け止めるために地面を軽く抉る程後ずさりしてまった。
「そこまでの馬鹿力はオレにないですよ。買い被らないで下さいよ!さっきした発言は謝りますから!」
ハッシュはそう謙遜しながらも、指示通りに自身の顔に迫りくるのを精一杯力を込めて弾いた。講師は弾かれた勢いを押し殺す目的でアクロバティックに空中で一回転した後に着地した。二人の達人的な動きにルキアーノたちもさっきまでガヤガヤしている生徒たちも見入って手本にしようと集中して見ている。
「そうか?この位の力があれば、俺の指示通りに動けると思うが?それに俺と同じで本当の戦闘経験があるタイプだろ?」
講師の問いかけにギクリとし、ハッシュは沈黙する。それを隙と見られて飛ぶ斬撃がハッシュを襲ったが、これもまた防御した。今度は地面を木剣で削って巻き上げた砂煙による中和だ。ルキアーノたちは彼の強さが黒炎の能力だけでは説明できない事に気づき、差を感じた。他の生徒たちはもっと感じた。
「ハッシュ君凄いね。さすが首席合格って感じ。」
キョウガは感嘆し、思わずこぼす。ルキアーノとセオドアも息を飲み込んで頷く。
「真剣だったらこの回避方法は使えなかったな…ふぅ。」
ハッシュはただ模擬戦に集中しており、周りがまったく見えていない。本当の戦闘だったら、できない回避方法であったので、命が保証されている模擬戦に安堵していた。そして、講師がある程度演技しており、自分を焚き付けていた事を本気ではない太刀筋から察した。
ハッシュの頭に向かって、木剣が砂煙に紛れて襲ってくるが、予知していたかのように平然と片手で握って勢いをゼロにした。
「アンタ…演技してるだろ。オレもそういうの下手くそだから分かるんだよ。」
「ガハハハハハハ…その通りだ!これにて模擬戦は終わりだ!」
ハッシュはその気づいた事を正直に講師に言う。もし本気なら、受け止める事どころか追いつく事すらできない事を肌で感じたからだ。講師は見事と言った感じで、ガハ笑いで肯定した。ハッシュ以外はその事実に誰も気づかなかったようで、目が点になった。ルキアーノたちは何とか安泰が保たれた事に安心した。その後はハッシュは褒美として戦闘訓練をやらなくて良くなったが、代わりに講師と一緒に指導に回る羽目になった。
戦闘訓練がやっと終わった頃には、ハッシュは他の生徒よりも何倍も疲れていた。それとは反対にルキアーノたちは地位の安泰も相まって、着いた頃よりも元気そうに見える。
「なんでこぉうなるの!」
ハッシュは甲高い声を上げて今日の己を嘆いた。
「あの講師は乱暴やけど、それ以上に豪快っちゅうか何っちゅうか…大して暴言とか言うてきぃひんかったやんな?」
「そりゃそうだろ。ありゃただの演技なんだから。熱が入りすぎてたから素の方が比率高いだろうが。」
セオドアの疑問に対して、ハッシュは嫌そうに答えた。
「そういうのって何で分かるの、僕はちっとも分かりませんでしたよ。」
ハッシュが見抜いた方法が気になるキョウガはハッシュに尋ねる。
「んー、何て言えば良いのか分からんが、強いて言うなら感覚としか言えないな。」
ハッシュは困りながらも木剣を片手で受け止めた時に感じた感覚を元を思い出して答えた。
「そういう感覚を身につけてんの凄いな。頭ではそういうの何となく分かるけど、体が追いつかないや。」
ルキアーノは純粋な羨望の眼差しを向けてハッシュに言う。
「そうか?島の生活の中で何となく身につけただけで何も凄くはないぜ。海賊とか闇ギルドとかそういうのが襲来してくるのが多くてね、半ば実戦訓練みたいな形でよく駆り出されたんだよ。」
御免だと言わんばかりにハッシュは少し怒って返事をした。
「その島に行ってみたいもんやで。」
「面白いもんは何一つただのど田舎だぞ。マジで来るもんじゃない。」
セオドアは馴れ馴れしくハッシュに肩を組んで羨ましそうに言う。ハッシュはこれまた嫌そうに答える。その時、ゾフィーが瞬間移動かのように彼らの目の前に現れた。正に神出鬼没と言える登場の仕方にはルキアーノを除いて、顎を伸ばして驚く。
「え!?いつの間に!?」
キョウガがいの一番に言う。二人もまた、言葉には出していないが似た反応をしている。
「はぁ…小石か何かと逆転させたな。いちいち人を驚かすような真似すんなよ。俺のSOSには無視した癖に。」
「それとこれとは別でしょ。それにそういうのに応え合える程の仲じゃないでしょ。あと…そうやって私の能力について種明かしみたいな真似しないでよね。」
助けてくれなかったうらめしい気持ちと何回も見て飽きた気持ちが半々あるルキアーノはいつもの爽やかフェイスを崩してまで彼女に気だるそうに言う。ゾフィーもゾフィーで自分の能力について勝手に触れた上に無関係な事で嫌味っぽく言う彼に対してイラつきを見せている。
「逆転って何や?」
「よく分からないけど、指定した物の位置を入れ替えるとかそういう事じゃない?ルキアーノの言う通りなら。」
「だろうな。無いと無法過ぎるから何かしらの条件があるとオレは思うな。例えば視界内に収まる範囲限定とか。」
セオドアがおバカそうに疑問を言うと、すかさず彼より早く勘づいたキョウガとハッシュが考察する。
「こうやってすぐに気づいちゃう人がいるからそういうのは辞めてって言ってるのになんで続けんのよ。」
ルキアーノの目の前にいたゾフィーが今度はセオドアとキョウガの目の前に現れ、ハッシュは入れ替わる形でルキアーノの目の前に現れた。
「おっ、予想通り。」
「アイツが逆転できんのは位置だけじゃないよ。」
ハッシュは自身の予想が的中した事に自分の勘の鋭さに我ながら感心を覚えた。そんな彼が今知った情報に追加したいようで、ルキアーノは他に出来る事がある事を仄めかした。
「もう開き直って喋るしかないか。これからは私自身で解説するから口挟まないでよね。」
「当てちまったオレが言うのもなんだが、持っている手札は見せない方が身のためだと思うぞ。」
自らの能力をほぼ他人に近い間柄の自分たちの前で解説しようとする彼女の無防備さを、当てた自分が咎めるという珍妙な状況にハッシュは混乱していた。
「そうかしら?私はアンタたちと敵対するつもりはないけど。アンタたちは違うって訳?それとも髪型を馬鹿にしたのまだ怒ってるのかしら?」
ゾフィーはそんな彼が自分を敵と認識していると勘違いしたのか髪を馬鹿にした時と同じように喧嘩腰に近いテンションで聞いてくる。
「そりゃムカついてるけどよ。それ以上に、追いかけ回してぶん殴るのは消費する運動量と魔力量と割に合わない骨折り損と考えたら敵対なんて道は選択肢に入らせたくても入らねえよ。手を組む方が益が高くなるんだったらやるに越した事は無いしな。そういう事じゃなくて、無闇やたらに喋るもんじゃないぞ。サポート向きなんだろうから、いつか命取りになる可能性を危惧して忠告してやっただけだ。」
彼女の質問にぶっきらぼうではあるが、真摯にリスクとリターンを交えながら解答した。
「そういう事ね。なんだ、ちょっと警戒して損したわ。」
「まっ、仲間になろうや。」
納得してため息をつく彼女にセオドアは彼女に握手を求めた。彼女は意外にも了承した。三人は彼女の思考の飛躍ぶりに思考が追いつかないながらも、迎え入れた。加えて、キョウガは朝に耳にした『特別な血』という言葉が気になってしょうがなかったが、関われば自然と分かるはずという事で頭の中で留めておく事にした。




