第一話 レグオ寮にて
男子寮のお話
講師たちは長い案内によって歩き疲れた新入生たちを労いながら、門の前で預かっていた荷物を布袋から取り出し、学生証と部屋番号が刻まれたネームプレートを添えて渡していく。順不同で完全ランダムなので、いつ自分の名前が呼ばれるのか分からず、一刻も早く終わらせてくれと言わんばかりにソワソワしている者もいれば反対に呼ばれた者たちは安心した様子で寮の中へ入ってゆく。男子は男子寮へ、女子はその隣の女子寮へ。
「ルキアーノ・イラ、ハッシュ・ドサーハ。返却だ。」
無愛想で強面な講師が二人を呼び出し、それぞれの荷物を返却した。二人ともやっと自身の名前が呼ばれた事に安堵し、荷物を受け取った。互いが互いの荷物の量の差に驚き、目をパチクリさせながら見合わせた。ルキアーノはハッシュの少ししか荷物が入っていなさそうでスペースに余裕があるのが外から見ても分かる小さな革製ポーチに、ハッシュはルキアーノの風船みたいに膨らんでいる大型のリュックに。
「おい、立ち往生するな。受け取ったのだから、早く中に入れ。」
「すいませんでした。」「あぁ、ごめんなさいごめんなさい。」
無愛想な強面の講師が固まった彼らに威圧し、次の行動を促した。ルキアーノは慌てて頭を少し下げて謝罪して、ハッシュは平謝りして先に行った者に続く形で寮の中に入った。
二人は雑談をしながら、中をゆっくり歩き進む。初対面であるが、入学式前の肘鉄や先ほどの荷物受け取りの件も相まってほんの少しだけお互いの心の距離が近くなっている。
「僕や他の人と比べて、君は軽そうなポーチだけど、中身は何が入ってるの?もしかして空間系の能力で大事な物を異空間とかに入れてるとかサイズを圧縮してそれに入れてるとかそんな感じ?」
「不正解。オレの能力は炎熱系だ。ただのミニマリストなだけ、財布と伝心球以外に何も入っていない。」
ルキアーノは彼からの返答に余計驚き、顎が外れる勢いのリアクションをした。
伝心球というのは、特殊なガラスで出来た手のひらサイズの球で、遠くの者と自分を繋げて会話出来るアイテム。なお、登録された伝心球同士でしかやり取りすることはできない。色は様々なバリエーションがある。安価かつ便利なので、シェア率がかなり高い。
「オイ、そんな驚くなよ。反応に困っちゃう。そういう君はかなり入ってそうだけど…」
ハッシュは自分のさりげない発言に彼の寒いギャグみたいな反応を示した事に困惑しつつ、同じ事を質問した。
「おっ!?聞くかい?まず奮発して買ったそこそこお高い服が何着かあんのと、昔から使ってる歯ブラシセットとかそりゃこの生活に備えて沢山持って来たよ。もちろん、伝心球もあるさ。今、交換するかい?」
ルキアーノは彼とは持っている熱の差に気づかない程興奮して舌をまくし立てた。
「部屋入ってある程度荷物整理してからしようよ。オレはすぐ終わるが、そっちはその量だろ?」
ハッシュは同意しつつも鞄を指差して冷静に指摘した。彼はあっと口を開いて恥ずかしそうに頭を撫でるように掻いた。
「部屋番号なに?終わるのがいつか分からないけど今日中にうかがうよ。」
その提案を飲み、ルキアーノは彼の部屋番号を聞いた。
「7036だね。」
「嘘!?俺は7035だよ。」
彼らは互いに何か運命的な物を感じ取った。これに関してそれ以上の言葉を出すにはまだ関係が浅過ぎるのと無粋と感じたので、目を合わせる事だけをした。もう気づけば、これから使うであろう部屋の前に立っていた。
「何か手伝ってやろうか?」
「いやいいよ。もしこれから何かあったら壁を叩いて合図するよ。」
「了解。」
そうして手を振りながら、互いに同じタイミングで部屋に入った。
ハッシュは部屋に入ると、寝っ転がって天井のしみを数えながら考え事をしていた。
(どうせギルドみたいに一般市民の依頼受けてお金貰えるのに、どうして結構な荷物を持つ必要があるんだ?欲しいのがあればその金を使って買えば良いってのに…)
ハッシュにとって、これからのクラスメートとして一緒に過ごす者たちの思考が理解できないのだ。必要最低限の物を用意しておけば良いという彼の考えにはあまりにも合わなかった、ただそれだけ。否定も拒絶もしない。
「部屋にある物は確認しておくか。ベッドがそこ。洗面台はそこか、安物だが歯ブラシとコップもある。作業机は…おっ、丁度良い大きさだな。流石、名門校と言った所だな。ゴミ箱はそこか、実家のより小さいな。後はトイレと風呂かな。洗濯は共用だったはずだから特に他は見る物は無いな。」
配置をすぐに覚える為に指差し確認しながら、喋る。シンプルだからこそ、すぐに覚えられないと不安になってしまう。
「これっぽいな…まぁそりゃそうだろうとは思っていたがユニットバスか。三年間これか〜、慣れるまでに何ヶ月かかるだろうか。」
ドアを開けた先にはホテルによくあるユニット型だった。予想していたとは言え、実家とは別である事に落胆した。
「まあ7階とかいう高すぎず低すぎず、そこそこ良い眺めを見れる場所だから納得するしかないか。」
ハッシュはそう頭の中で強引に納得させ、心の舵を切った。これも島の外での学びである。いつまでも父たちに甘えていては、己が持っている優れた能力がガラクタ同然になるのは目に見えている。ここいらで不平不満を垂れている時間は無駄としか言えない。その簡単な事実を彼の父は自分以上に理解していたのだから、追い出すようにここへ連れて来たのだ。
(だるいが、こんな所で泣いていたら親父はきっと悲しむだろうな。拾ってくれた恩には報いらないとな。)
父がここに自分を入れた意図を何となく察して、心の中で誓った。
ドアをコンコンと叩く音が聞こえる。
「もう終わった感じか?」
「あぁ、交換しようか。」
入室してから約20分で荷解きが終わったらしい。伝心球の連絡先交換を済ませるとハッシュはルキアーノを自室に招き入れた。
「よろしくな、ルキアーノくん。」
「くん付けしないで、普通にルキアーノで良いよ、ハッシュくん。」
「そちらがそうなら、こっちもくん付けせずハッシュって読んでくれよ。」
お互い早速、自然体でいる事を選び、呼び捨てを推奨した。その方が付き合いやすいからだ。
「猫被らない方が生きやすいよ。ハッシュ。」
ルキアーノはハッシュが演技をしている事をなんとなく見抜いていた。ハッシュは眉をひそめて目を瞑った。
「いつから気づいていた?」
「えっ!?本気で隠してるつもりだったの。首席とは言え完璧超人ではなかったか。」
彼のバツの悪そうな顔を気にせず、にこやかに微笑みかける。
「入学式が始まる直前に堂々と欠伸したり、たまに言葉遣いが荒くなったり…本気だったとしたら結構雑だよ。初日で知り合った僕みたいな奴でも察せられる位には。そんな肝っ玉座ってんだったらいっその事、素を出した方がいいでしょ?もちろん目上の人に粗相をするのはいけないけど。」
彼の発言を聞いて、ハッシュは初動を間違えた事に気づいて、言い返す言葉が浮かばずにただうなだれていた。自分の計画が既に瓦解が起きた、彼の言う通り吹っ切れるしかない。その後は色々と互いにここに入るまでの自分の環境について話した。ハッシュはとある島からここに来る為に出て来た事や物心ついた時には父の部下たちから戦闘方法や勉強を教えてもらっていた事を、ルキアーノは片田舎の宿屋の息子として業務を手伝いながら勉強に勤しんでいた事など軽く言い合った。
ある程度語り明かした後、ルキアーノは満足して部屋に戻る準備を始めた。
「じゃっ、これから先よろしくな。」
「うん、三年間よろしく。」
「うぎゃああああああ!!!」
彼が部屋に戻ろうとしたその時、廊下に悲鳴が響きわたる。その声の主が何かから逃走するように階段を駆け降りる。遅れて彼を追っているであろう集団の不揃いの足音も聞こえてくる。
「気になるな、野次馬しにいくか。」
「そうだね。何か面白そうだし。」
二人は悲鳴の先に何かあるのか興味を持ち、追いかける事にした。音を頼りに階段を下っていく。そうして4階に到着した時、最も声が大きくなっていた。走る音もよく聞こえてくる。
「お前らって……このレグオ寮にトップ2で入学して来た奴らか。学年全体で見ても首席と7位、そんな優秀な奴らも物見遊山で首突っ込んでくんのかいな。」
「おっ?何かいけない事でもあるのかよ。別にいいじゃねえか。」
「学年は何年生か存じ上げていませんが、入学式の日早々に騒ぎを起こす方が悪いのでは?」
二人は、突っかかってきた白髪のモヒカンと太くて濃い眉毛が西の地方訛りの喋り方が特徴の少年に口答えする。ルキアーノの発言に痛い所を突かれたせいで、少年は歯切れが悪そうな顔をしてしまった。
「…ワイもお前らと同じ一年生や。レグオ寮一年生のセオドア・ペルガスや。」
「尚更、お前ら悪いじゃねえか。」
男が自分たちと同学年という事実を知り、二人は呆れ果てた。
「ワイは騒ぎを起こしたダチを助けにきただけやわ、大元じゃあらへんよ。」
「んじゃ、こんな所で道草食ってる場合じゃないね。とっとと向かおうか。」
ルキアーノの言う通り、足音がだんだん遠ざかっていっている。
男がいる理由を聞き、彼らは追いかける事を決め、少年をナビゲーターとして、二人は騒ぎの大元の追跡を再開した。更に階段を下っていく。
着いたのは2階、寮生の部屋が一切無い代わりに大浴場と食堂がある階だ。大浴場付近には人だかりができていた。三人は騒ぎの大元を一目見ようと人混みをかき分けて突き進む。彼らの視界には驚きの光景が映っていた。壁に貼られた実寸サイズより少し大きめの雄ライオンの飾りの所に頭を固定され、手首足首に枷をはめられ磔にされているパンツ一丁の薄水色の短髪が特徴の少年の姿があった。そんな少年を取り囲むように見た目通りの不良五人組がおり、彼の怯えた表情を見てニタニタと下品な笑顔を浮かべている。見ていて気分が悪い、と二人は思った。セオドアは怒りを隠さずに、血管が浮き出る程怒っている。
「あっ、セオドア。ごめんなさい、初日からこんな事になっちゃって。」
セオドアを見ると、彼は怯えた表情が少し和らげて彼に謝罪をする。
「何やねん、キョウガ。能力出せば、そんな枷破れるやろ。こんな尊敬のソの字も抱けない先輩たちの顔なんて立てんでええやろうが。」
セオドアの言葉が五人組の逆鱗に触れた。彼らはターゲットを磔にした少年に加えて、三人も入れて臨戦状態に入る。
「おい、やめておけよ、新入生。アイツらは2年の中でも札付きのワルなんだ。アイツらに刃向かった奴や不愉快にさせた奴は皆んなタコ殴りにされてきたんだ!お前らやられたいのか!?」
小太りな男が焦りながら、三人を止めようとしたが、その右手はハッシュに勢いよく振り払われた。彼の弱腰から来る見せかけだけの善意をハッシュは嫌悪した。
「おい!これは寛大な先輩からの忠告だぞ!」
「おぉ、たまにはブタ君も良い事やるじゃないか。俺らに失礼かます生意気な新入生叱ってくれてありがとなぁ。」
ハッシュの行動に対して小太りな男は注意した。その一部始終を眺めていた五人組の一人のパンチパーマの男が茶化すように彼を嗤った。
「へぇ、アンタたちはずいぶんと器が広いんだな。同学年、しかも複数人が、こんな行為を過去に何度か目にしているにも関わらず、追い出さずにその寛大な心とやらで許してきたんだろ。オレは初回でもう限界だってのに凄いな。オレにもその器を少しでも良いから分けてくれよ。」
ハッシュは臆病風に吹かれてこれまで動かなかった二年生たちの姿勢を、諦めと軽蔑から来る冷酷ない視線を送りながら皮肉った。彼らは目を逸らして黙った。それを見て、ハッシュは鼻で笑う事もしなかった。
「おっとぉ、そんな言葉を言っちゃうの!?先輩に!?アイツよりも先に処刑されたいん━━━━ギヤァアアアアアア!」
パンチパーマの男が自身にバカ正直に向かってくるのを察知し、振り向きもせずにノールックで頭を右手で掴み、黒い炎で燃やす。男は悶え苦しむ声すら出せず、ただ叫ぶ事しかできていない。
「ホリーネ魔導学院は年功序列じゃないでしょ。しかもこのレグオ寮は能力重視の実力主義。アンタみたいな間抜けの寝首をかく事なんて朝飯前だっての。ここの戦闘訓練を受けてんのか、入学初日の奴に初見で見向きもされずに動きを見切られる位には動きがトロくて単純なんだぜ?まっ、不良だから当たり前か。」
ハッシュが鼻で笑いながらそう言った言葉は、男のプライドを崩した。ハッシュはわざとらしく一瞬手を離して振り向き、再度掴んで力が抜けた男の頭を掴んだまま地面に叩き落とす。
「ハッシュ、さっきの発言訂正してよ。」
「あぁ、不良ってこの人たちの事を一括りにして言った事か?」
ルキアーノの言葉にハッシュはある程度察しはついたもののニヤけてボケる。
「いや、違うよ。限界は君だけじゃない、俺もだ。」
ルキアーノはハッキリと真面目な顔でそう言った。仲間がやられて動揺している三人組の様子をキョウガは隙と見て、自身を固定している物全てを粉微塵に強引に外して、その内の一人が持っていた自身の制服を奪還した。
「キョウガ!」
「いや、助かったよ。君、アイツらの隙を作ってくれてね。セオドア、いつでも脱出は出来るけど、集団に取り囲まれるのは危険じゃない?だから弱々しくも大胆に逃げていたのさ。」
キョウガは一瞬で着替え終わり、スマートに情けない事をした理由をセオドアに先ほどまでの表情とは180度違うケロッとした顔で話す。セオドアも納得したような意味を分かってなさそうなよく分からない顔を浮かべた。
「おいおい、いつまで寝ぼけてた顔してんだ!2年の意地見せるぞ!」
「意地?そんな物がお前らにあったのかよ。てっきりゴミ箱の中に捨てちまったのかと思ってたぜ?そんな腐り果てた心ごとお前らを燃やせばいいだけの話だかな!」
口先だけの虚勢を張るリーダー格と思われるオールバックの男に、ハッシュはすかさず両手に黒い炎を纏って煽りの言葉を放った。
「無双は辞めてよ。次は俺たちの番だ。」
「せやで。野次馬が美味しい所全部持っていくのはナシやろ。」
「ボクはこの人たちに追いかけ回されて恥かかされた被害者なんです。仕返しをさせて下さいよ。」
三人が三者三様の戦闘意思の表明をした。ハッシュは彼らを見て、嬉しそうに頷いた。2年生の群衆は彼らに対して、驚きと恐れが入り混じったようでガヤガヤと話し始めた。
「うるさいな。黙って見とけよ。」
ハッシュは群衆に向かって一喝してすごみ、黙らせた。顔が焼けて気絶しているパンチパーマの男を雑に彼らの方向へ放り投げた。困惑する彼らに対し、舌打ちをした。すかさず、ルキアーノが彼に拳骨を入れる。
「凶暴な小動物みたいに不必要に敵意をばら撒かない方が良いぞ。媚びれなくなっちゃうから。」
「あぁ、分かったよ。ちょいとイラついちまっただけだから。死なない程度の焼き加減だからまだ息はあるはずだ。そいつをとっとと医務室へ運んでくれよ。寛大な先輩。」
彼の心に突き刺してくる嫌味に反発しつつ、小太りな先輩に面倒くさそうに指示を飛ばした。彼は怯えながらも行動に移し、不良をおぶって走り去っていった。
「負けたとして、教員に泣き寝入りはナシだぜ?新入生。」
「そのままそっくりお返しするよ。目立ちたがり屋のおバカさんたち。」
リーダー格の男の脅しに屈せず、キョウガは売り言葉に買い言葉で返した。その言葉が合図となり、大浴場が戦場へと変貌した事で、群衆は観客とたちまち変わり、これまで自分たちが溜めてきた鬱憤が晴れる可能性に賭け始めて熱狂の渦を起こした。
「なーに。こんな大事な日に騒ぎ起こしちゃってんだよ。二年生たち。監督生の顔に泥塗るつもりかい?」
パーマがかった黒紫のロングヘアーと厚ぼったいタラコ唇が特徴の屈強な男が取り巻きを引き連れて、人混みを威圧して聞く。彼らの顔を見るや否や、一斉に道を開けるようにどいていく。まるで大名行列だ。
「不良たちと新入り一年生たちがこれから戦うんだってよ。」
「親のスネ齧って横暴をはたらいている奴らがまたイジメをやってんだな。ん、おい、一人いなくないか。メンバーは五人だったろ。」
彼の取り巻きの一人が彼の疑問に答え、彼は先程よりも険しい表情に変わった。
「俺らが介入しようとしても邪魔できるように、アイツらは講師の何人かを買収してるからよ。事実、こっちが何度駆け寄っても書類握り潰されてポイ〜っだったろ。本当に胸糞悪い奴らだぜ。まぁ、勝敗はどうあれ、これが収まったらアイツら取り押さえて、学院長に身柄引き渡すとするか。無論、俺らがおさえてる範囲内の情報も渡してな。まっ、暇だし司会でもやるか。」
ドサっという音を出して、あぐらをかいて座りながら監督生が座ると、彼の取り巻きも横並びに扇型に続々と座り、高みの見物を決めて司会として立ち回る。
「っし。じゃあ膠着状態はこれにて終い。とっとと戦い合えよ。」
「急に何しきってんだよ。アンタ。何もんだ?」
監督生は双方に上から目線で声をかける。疑問に思ったハッシュは警戒気味ながらも不良たちとは格が本当の意味で違う事を何となく察して素直に問いかける。
「監督生サマが俺らにいちいち目くじら立てんなよ。ほうっておいてくれ。」
「嫌だね。お前らが好き勝手暴れてるせいで被害を被っている人たちがかなりいるからね。監督生としてお前らを糾弾して処分しななければ面目が立たない。これから何が起ころうと絶対に口答えするなよ。順番にタイマン勝負やるんだろ、とっとと開始してくれよ。」
副リーダー格と思われるスキンヘッドの厳つい男が彼にわざとらしくへりくだって無視するよう促したが、余計に彼を冷たくさせた。
「じゃあ最初はワイでええかな。」
「そっちは?」
まずはキョウガを辱められた事によって怒りを見せているセオドアが名乗りを上げる。承諾した監督生は侮蔑の目線を向けながら、不良たちに尋ねる。
「オレが行く。」
オレンジ色のターバンを巻いている男が言い放つ。そして、やっと戦いのゴングが鳴り響いた。
セオドアは全身から一気に蒸気の煙を噴出した。蒸気機関車を思わせるそれのお陰で、不動であるにも関わらず明王のような強いオーラが溢れている。
「僕の為にそこまでの本気出してくれるのはありがたいような何というか…」
たははとキョウガは苦笑いした。ハッシュとルキアーノは派手に応援をしている群衆とは違って、ただ黙って見守っている。
「熱くしやがって、クソが。ただ…動かないってのはその分疲れる事ってそういう事だよな。大人しくオレのキックをくらいやがれ!」
見切り発車で無闇に飛び込む彼を見て、セオドアはニカっと笑う。次の瞬間、不良たちも群衆も驚愕した。拳で殴る音が聞こえた瞬間、彼の腹に拳型の凹みが生まれ、倒れふしたのだ。
「偏見やめてくれや。別にタメもクソもあらへんわ。」
セオドアはもう耳が聞こえない彼に向けて、唾を吐き捨てた。
「カスが速攻でやられやがって…」
「数少ないお前の純粋な仲間だろ。そんな事言ったら駄目だろ?」
監督生がやられた仲間に冷ややかな目線を向けるリーダー格の男に対して馬鹿にするような軽い口調で指摘する。
セオドアはハッシュたちの所へ堂々とゆっくり歩く。
「んじゃ。次は俺が行こうかな。野次馬精神でこんな事になるなんて思ってなかったけど、まぁたまにはいいか。」
ルキアーノは流れる風に身を任せるかのような呆れ半分戦意半分の顔で名乗りを上げた。
彼に対するのはカラスのクチバシの形をしたペストマスクをつけている男だ。血走った目は猟奇殺人鬼みたいで、正気がまるでない。
「ククク…俺はよぉ。お前みたいないけすかないイケメンを見ると無性に腹が立つんだよ。クソがよぉ、お前も俺を見下してんだろ。」
男は自分勝手な肥大化して凝り固まった妄想から来る嫉妬をルキアーノにぶつける。シラフでもあるにも関わらず、酔っ払いかのように抑揚が安定していない喋りは気色が悪い。
「そりゃ良かったです。俺もアンタらみたいな悪趣味な人とは関わりたくないですから。」
ルキアーノもまた、にこやかに返事を返す。男はそれを聞き、更に腹を立てて背中から六本の麺みたいな艶のある固そうな白くて太い触手を出現させる。
「俺はお前みたいな面な奴をこれでメッタメタに殴るのが大好きなんだよぉ。ご自慢の面が涙と血でボロボロになるのが面白おかしくてなぁぁ!」
怒りと妬みが多分に含まれた罵倒を言いながら、しなやかな鞭みたいに触手を振るう。動きがそれぞれ違うので、四方八方から飛び交う複雑な動きは逃げ場が無いように見える。だがルキアーノにとっては違う。
「当たるといいですね。」
向かう先に何もないように自身の体をすり抜けていく触手を他所に、彼の苛立っている顔を真っ直ぐ真正面から見ながら、陽気に微笑む。それを見て爆発的に攻撃のスピードが上がり、ヒートアップを見せる。
「よく見て下さいよ。自身の触手に何が付着しているのかを。」
「は!?何を言ってやがんだ!まだ何もついてないはず」
「いいや、それはあり得ない。そろそろ目視できる頃合いだ。」
彼の言う通りに男は目を凝らして触手を見る。観客たちもつられて見る。
「なんだこれは…!」
サラサラとした流砂が六本全てに付着していた。しかも、それに気づいた今の触手たちの状態は発動直後の時よりも明らかに萎んでいてスピードも衰えている。
「砂ですよ。尤も、ただの砂じゃなくて相手の水分を吸収して俺に還元してくれる代物なんですけどね。」
ルキアーノはやっと気づいた彼に対して自慢げに語る。自分が下に見られたと感じた男は、憤怒で周りが見えなくなり、尚も一心不乱に振るい続けようとする。だが、しなれていて柔らかく脆くなっているので、使い物にならないどころか背中に余計な負荷を与えるお荷物にしかなっていない。見かねたルキアーノは左腕を砂に変えて彼の方へ伸ばして彼の右腕を掴み、抵抗できないようにした。それと同時に掴んだそこを起点として、彼の水分を段々と吸収していった。やがてミイラのように枯れた彼をボロ雑巾のように蹴り飛ばしてルキアーノの勝ちで決着した。
ルキアーノは普通に歩いてハッシュたちの所へ帰って来た。
「次はオレと行こうかね。」
続いてはハッシュだ。彼はあからさまに舐めた態度でいる。
「処刑の邪魔して俺らに恥かかせた罰を受けてもらおうか。」
「こんな名門に通っていて、勉強もロクにしないで弱い者イジメしかやっていない事以上の恥があんのかよ。親に対して申し訳ないとか思わねえのか。足洗うチャンスだぞ、オレに焼かれたくなかったら降参してくれよ。」
自分と相対するピキピキと青筋立てて怒っているスキンヘッドの男の様子を見て、本音を直球に言って煽る。それを見て無表情で右手でガンフィンガーを作り、男の胸に標準を合わせる。
「ショット。」
その小さな言葉のすぐ後に、黒炎の熱線がハッシュの人差し指の先から放たれた。見事に胸を撃ち抜き、先程のパンチパーマの男同様に能力を見せる暇もなくあっさりとやられた。
「安心してくれ。急所は外した。モノホンの戦闘じゃないんだ、手加減するに決まってんだろ?」
狼狽えて言葉を出さないリーダー格の男に静かにそう言ってキョウガと交代した。
「貴方の相手はボクだ。良かったですね、僕というターゲットを皆さんの目の前で倒せたら威厳とやらが復活するかもしれませんよ?」
歯軋りをして冷静さを欠いているリーダーはこの発言により、獣の如くキョウガに向けて爆進する。
「そういや、ボクを辱めた理由ってボクが貴方のおねだりを無視したからでしたっけ?見ず知らずの年上の要求なんて断るに決まってるでしょ。それで処刑だなんて磔にされて演技してた時も思ってたけど、随分と驕った考えですよね。いや〜、自分はそんな真似しようもんならそこの友達に叱られるし、何より情けなさ過ぎて出来ないや。」
キョウガは闘牛士のように華麗に突進を避けてまた煽り立てる。優しげな視線をセオドアの方に向ける余裕を見せて。
「クソがぁ!!」
尚も突進を継続する彼の首目掛けて、とてつもなく素早い手刀を浴びせて気絶させた。こちらはハッシュと違って、能力すら見せずに終えた。
一部始終を見終わった観客たちは自分たちを虐げてきた者たちが無様に瞬殺されていくのを見て、歓喜の熱に酔いしれた。監督生たちとハッシュたちは彼らに対して、嫌な目をする。
「俺たちが医務室に運ばれた奴含め、コイツらを学院長の所にコイツらのしでかした悪事をまとめた情報と共に引き渡す!」
大きな声で監督生が言うと、取り巻きたちが彼らを力任せに担ぐ。
「そ・し・て!二年ども!お前ら入って来たばかりの後輩たちに問題解決してもらって恥ずかしくないのか!?このレグオ寮は最も有名な寮なんだぞ!知名度があるんだ!そこの恥晒しの掃除をさせてもらって!俺は恥ずかしい!お前らは同学年だろ!喜びなんてのは後に回しておけ!」
監督生が浮かれた観客たちにさっきの声よりもやや大きな声で説教をする。
「一年坊主ありがとな。これでやっと行動に移せる。」
監督生はハッシュたちに感謝の念を込めた頭を45度下げて丁寧にお辞儀をする。
「アンタらの尻拭いを勝手にやったって事か。」
「まぁ、そういう事になってしまったな。初日から散々な目に合わせてすまんかったが、これからのここでの生活楽しんでくれよ。何かあったら、このレグオ寮監督生のグレゴリー・グランボロスに相談してくれよな!」
グレゴリーはハッシュの言葉に対して謝罪で返し、自己紹介をしてこれからの新生活を応援した。




