第7話 偶然の一致
「不思議ですね」
私はぽつりと呟いた。
「私は別に、あなたがボウリングのプロだとは知りませんでした。正直に言うと、私は意図的にボウリング場に来たわけじゃありませんでした。
あなたの話を聞きながら身体を動かせる……それが、ここを選んだ理由だったんです」
彼の目を見据えながら、私は淡々と種明かしをする。
あえて自分自身の弱さを、隠していた心の奥底を晒すように彼に見せる。
――『自己開示』
心理学において、自分の内面をありのままに伝えるこの行為には、『返報性の規範』という強い効果が伴う。
人は相手から先に弱さや秘密を打ち明けられると、無意識のうちに「自分も同じように心を開かなければ」という引力を感じ、警戒心を解いてしまうのだ。
相手の仕草を真似る『ミラーリング』などと同様に、恋愛マニュアルにもよく載っているポピュラーな心理テクニックである。
もっとも、文脈や関係性の構築もなしに、合コンなどでいきなり重い自己開示をぶっ放すような人間は、十中八九相手に引かれて大火傷を負う。
正当な心理カウンセラーもこの方法は使わないだろう。
だが今の私は怪異。私は防護服を着た安全な場所から分析するだけの心理士ではなく、私から先に心を見せる。
そうすることで、彼の心の壁を溶かすための劇薬になるはずだ。
「でも、それだけなら別に候補はたくさんありますよね。バッティングセンター、卓球、テニス、ダーツ。……けれど私は、無意識にここを選びました」
そこで言葉を区切り、私は再びラックから漆黒のボールを拾い上げる。
左手で構え、レーンを見つめ、先ほどの温かい記憶の残滓を頼りにボールを転がした。
ボールはまたしても理想の軌道からはずれ、ギリギリで右側のピンを掠めて三本だけを倒した。
頭上のモニターのスコア欄には、無機質に『1』と『3』の数字が並んで表示される。
私は視線を彼へと移し、話を続けた。
「けれど……ボールを構えて投げるときに、懐かしくて、心地よい感覚が蘇ったんです。私がとっくに失くしてしまった思い出が、ここにあったんだって」
私の拙い投球と、そこに込められた感情の揺れに気づいたのだろう。
彼は痛ましげに目を細めた。
「……怪異さん、君も」
「こういうのをなんていうか、知っていますか?」
彼の言葉を遮るようにして、私はくすんだ青色のボールを持ち上げ、彼へ向かってそっと差し出した。
「『シンクロニシティ』……心理学では、そう呼ばれているんです」
「『シンクロニシティ』……」
私が告げた言葉を反芻するように短く呟き、彼は差し出されたくすんだ青色のボールを静かに受け取った。
ゆっくりとレーンに立つ。
先ほどまでの強張りが嘘のように、その背中からは無駄な力がすっかり抜け落ちていた。
助走をつけ、ボールを放つ。
それはプロボウラーとしての矜持を感じさせる、息を呑むほどに美しく洗練されたフォームだった。
ボールは寸分の狂いもなくレーンの中央を滑り、心地よい破裂音と共に、十本のピンを事もなげに弾き飛ばした。
――ストライク。
ピンが砕け散る音の余韻の中、彼はごく自然な動作で振り返り――習慣のまま、自身の右側の虚空へと手を高く突き出した。
ストライクの喜びを分かち合うための、ハイタッチ。
だが今回は、虚空を掻いて絶望に沈むことはなかった。
一瞬だけ、彼は困惑した表情を浮かべ、空中でピタリと手の動きを止める。
そして、まるで過去の幻影から自らの意志で少しだけ離れるかのように。
彼はその右手を、自分の右側にいる『見えない誰か』から、はっきりと私のほうへと向け直して、真っ直ぐに突き出してくれたのだ。
そこにあるのは、防衛反応が生み出した亡霊への執着ではない。
確かな熱を持った、私という『現実』への歩み寄りだった。
私は小さく息を吐き、彼が差し出したその右手に、自分の左手をそっと合わせた。
パァン、と。
今度は痛みを伴わない、ごく軽やかな乾いた音が響く。
手のひらから伝わってくる彼の体温は、先ほど私が無理やり握った時よりも、ずっと温かく感じられた。
「『シンクロニシティ』……」
不思議そうな声で呟きながら、彼はボールラックから私が使っていた漆黒のボールを持ち上げ、こちらへと差し出してくれた。
「ええ、そうです」
私は彼からボールを受け取り、その重みを左手で確かめながらレーンへと立つ。
「スイスの心理学者、カール・ユングが提唱した概念です。因果関係のない出来事が、何か意味のある偶然の一致として同時に起きること。
……たとえば、私が無意識にここを選んだことと、あなたがここで彼女との思い出に囚われていたことのように」
彼に背を向けたまま言葉を紡ぎ、私は先ほどの彼の完璧な投球を思い出しながら、見様見真似でフォームを作った。
「心の内側で起きていることと、外側の現実がリンクする現象。つまり、『必然の皮を被った奇跡の交差点』ということ、なんです……よっ!」
カッコよく結果を提示するつもりで、私は思い切りボールを転がした。
しかし、言葉に熱が入りすぎたのか、はたまたプロの前で無意識に力んでしまったのか。
指先から離れたボールは、レーンの中央はおろかピンすらも大きく逸れ、無慈悲にも溝へと真っ逆さまに落ちていった。
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R・D




