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悪役令嬢は怪盗とワルツを踊る  作者: 洸夜 真琥


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4/11

4話

数日が過ぎても、月は姿を見せなかった。


セレステは毎晩、窓辺に座って空を見上げる。雲が厚い夜、星だけの夜、薄い靄がかかった夜——どれも、あの夜とは違った。


——月が出なければ、あの人は来ない。


そんな確証はどこにもないのに、何故かそう思っていた。



*



学園では相変わらずの日々が続いている。


特別クラスの講義中、教師が歴史書の一節を読み上げている。セレステは窓際の席でノートを取りながら、ふと視線を感じた。


振り向くほどではない。ただ、誰かがこちらを見ている気配がして——すぐに消えた。


休み時間、廊下を歩いていると、前方から令嬢達の一団が来た。セレステの姿を見ると、わざとらしく声を潜める。


「——ほら、氷の令嬢よ」

「目が合ったら凍るんですって」


くすくすと笑い声。

セレステは表情を変えずに通り過ぎた。


——慣れた。もう、何とも思わない。


本当に何とも思わないのなら、こうして心の中で言い聞かせる必要もないのだけれど。



*



その夜。


窓を開けると、冷たい風と一緒に、白い光が部屋に差し込んできた。


月だ。


雲の切れ間から、丸い月が顔を出している。セレステは思わず窓辺に身を乗り出した。


——出た。


胸が跳ねた。自分でも驚くほどに。


引き出しからブローチを取り出して、手のひらに乗せる。

銀が月の光を受けて、柔らかく輝いた。


あの人は、来るだろうか。

来るとしても、どこに? あの夜はボルジア家の庭だった。今夜は自分の屋敷にいる。場所も分からないのに、会えるはずがない。


——分かっている。分かっているけれど。


セレステはブローチを手に取ると、部屋を出た。

屋敷の裏庭なら、誰にも見られない。月が見える場所に行きたかった。ただ、それだけ。



*



裏庭の薔薇園は、夜になると人気がなくなる。

月明かりに照らされた白い薔薇が、まるで銀色に光っているように見えた。


セレステは薔薇の間を歩きながら、空を見上げる。


「綺麗……」


誰もいない場所で、ぽつりと呟いた。

学園でも、夜会でも、こんな言葉は口にしない。でも今は——


「月が綺麗な夜ですね」


心臓が止まるかと思った。


振り向くと、屋敷の塀の上に、黒いマントの人影が座っていた。白い仮面が月の光を受けて浮かび上がっている。


「……貴方」

「お久しぶりです。月が出るのを待っていました」


男は軽やかに塀から飛び降りると、セレステの前に立った。


「待っていた、って……ここが分かったの?」

「怪盗ですから」


悪びれもせずに言う。セレステは呆れたように、けれど口元が緩むのを止められなかった。


「……泥棒の自覚はあるのね」

「今夜は何も盗みませんよ。ただ、月が綺麗だったので」


男がセレステの手を見る


「それ」

「あ、これは……」


握りしめていた手を開くと、銀のブローチが現れる。

男がセレステの手からブローチを取ると、セレステの胸元にブローチを飾った。


ブローチをつけ終わった男が手を差し出す。


「一曲、いかがですか」


セレステは今度は迷わなかった。


「……ええ」


手を重ねる。あの夜と同じように、二人の呼吸が自然に合った。

音楽は流れていないのに、お互いの頭の中では、あの日の曲が流れているのが言葉にせずとも伝わった。

薔薇園の中で、月明かりだけを照明にして踊る。前回よりも少しだけ距離が近い。少しだけ、手に力がこもっている。


「貴方は、いつも月の夜に現れるのね」

「月が出ていないと、貴女に会う口実がありませんから」


セレステは思わず顔を上げた。男は仮面の奥で、穏やかに笑っているようだった。


「……口実なんて、いらないのに」


言ってから、自分の言葉に驚いた。

男の手が、ほんの一瞬だけ強くなった。


曲が遠くなり、やがて消えた。

二人の足が止まる。けれど、手は繋いだままだった。


「そろそろ戻らないと」

「ええ……」


男がセレステの手をそっと離す。


「次の月夜に」

「……次の月夜に」


男が塀の上に飛び上がり、振り返った。月を背にしたその姿が、まるで夜そのもののように見えた。


「おやすみなさい、月の女神」


マントが翻り、姿が消える。


セレステは暫くその場に立ったまま、自分の手を見つめていた。

まだ、温もりが残っている。


「……おやすみなさい」


誰もいない薔薇園で、小さく呟いた。

頬が熱い。今度は、夢ではないと分かっていた。

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