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悪役令嬢は怪盗とワルツを踊る  作者: 洸夜 真琥


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3/11

3話

夜会から数日が経った。

あの夜のことを、セレステは誰にも話していない。


引き出しの奥にしまった銀の月のブローチ。時折そっと取り出しては、手のひらに乗せる。冷たい銀の感触に触れると、あの夜の温かさが指先に蘇った。


——あれは、夢だったのかしら。


けれど、ブローチは確かにここにある。

セレステはそれをそっと引き出しに戻して、いつも通りの顔を作った。



*



特別クラスの教室に入ると、いつもと少し空気が違った。

普段は静かな教室が、どこかざわついている。


「今日、特別クラスに編入生が来るそうですよ。しかも——」


隣の席の令嬢が珍しく声をかけてきた。といっても、セレステに用があるわけではないらしい。噂を誰かに話したいだけだ。


その先を言い終わる前に、教室の扉が開いた。


「本日より特別クラスに編入される、アルバート殿下です」


教師の紹介と共に、一人の青年が教室に入ってきた。

黒い髪。穏やかな微笑み。柔らかい物腰。

第二王子アルバート——名前は知っていたが、直接見るのは初めてだった。


教室中の視線が彼に集まる。令嬢達は頬を染め、令息達は姿勢を正した。


「皆さん、よろしくお願いします」


にこりと笑った顔は、人当たりが良く、嫌味がない。

セレステはちらりと見ただけで、すぐに視線を窓の外へ戻した。


——王族が特別クラスに来るのは、珍しいことではないわ。


席順の都合で、アルバートはセレステから少し離れた席に座った。

休み時間になると、すぐに人が集まる。


「殿下、お昼はご一緒しませんか」

「殿下、この後の講義の資料をお持ちしましょうか」


アルバートは誰にでも同じ柔らかい笑顔で応じている。

セレステはいつも通り、一人で窓際の席に座っていた。



*



昼休み。

食堂へ向かう廊下で、セレステはふと足を止めた。


前方に、ユースとアイリーンが並んで歩いている。アイリーンがユースの腕に身を寄せて、何か楽しそうに話していた。


——別に、構わないけれど。


視線を逸らして通り過ぎようとした時、アイリーンがこちらに気づいた。


「あ……」


わざとらしくユースの腕にしがみつき、怯えたような顔を作る。


「ユース様、セレステ様が睨んでいらっしゃいます……」

「……セレステ、いい加減にしろ」


ユースが振り返って低い声を出す。周囲の生徒達が足を止めて、こちらを見ていた。


「私は何もしていませんが」

「その目つきが怖いと言っているんだ。少しは——」


「どうしました?」


不意に、穏やかな声が割って入った。


振り向くと、アルバートが数人の取り巻きと共に廊下を歩いてきたところだった。ただ通りかかっただけのように見える。


ユースが慌てて姿勢を正す。アイリーンもさっとユースの腕から手を離した。


「殿下……いえ、何もありません」

「そうですか」


アルバートはユースに軽く会釈すると、そのまま何事もなかったかのように通り過ぎていった。セレステの方を見ることもなく。


けれど——それだけで、場の空気が変わった。

ユースはそれ以上何も言わず、アイリーンを連れて去っていく。


周囲の生徒達も、何事もなかったように歩き出した。


セレステは一人、廊下に残された。


——今のは、偶然かしら。


考えても仕方がない。セレステは何事もなかったように食堂へ向かった。



*



夜。自室の窓辺に座って、空を見上げる。


今日は月が出ていない。


引き出しから銀のブローチを取り出して、手のひらに乗せた。

月の光がなくても、銀はほんのりと光って見える。


——あの人は、月が出ない夜はどこにいるのかしら。


ふと、昼間のことを思い出す。

廊下で一瞬だけ聞こえた、あの穏やかな声。


「……気のせいよね」


誰に言うでもなく呟いて、ブローチをそっと引き出しに戻した。

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