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マネキン男とサボテン女  作者: pochi.


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2話 迷惑だから

「あれ、天ケ谷くん一人なんだ。──ここ、座っていい?」


 透子ちゃんが見つからなかったある日の昼、大学のカフェで軽食をとってたら女の子から話しかけられた。僕は声に気付いて顔を上げただけなのに、その子と、一緒にいたもう一人の女の子が向かいの席に座る。二人とも同じランチプレートを持っていて、同じような長い髪をしていたが、声をかけてきた方は確か、僕と同じ学科の人だ。


 入学して間もない頃、テニスサークルがどうとかって誘われた。ガチじゃなくて、半分飲みサークルみたいなものとか言ってたっけ。僕は興味なくて断ってたんだけど、バイトが決まるまでは何回か勧誘された。バイトを理由にした時も、「そんな子うちのサークルにもいっぱいいるよ」って言われたけど、なんとか断ったんだ。


 一緒にいるのは透子ちゃんと同じ、絵画学科の人じゃなかったかな。前に透子ちゃんのクラスを覗きに行ったとき、一緒に話してたような気がするけどどうだろう。──正直、今の女の子ってみんな同じような見た目してるから記憶が曖昧だ。


 そんなことをぼんやり思っている間も、目の前の二人は何か話している。他にも空いてる席があるのに、なんでここに来たんだろうと疑問に思っていると、突然話しかけられた。


「天ケ谷くんといつも一緒にいるのってさ、確かエミと同じ学科の人だよね? 仲良さそうだけど、高校の時の友達とか?」


 カフェラテのカップを持ち上げて、僕に視線を合わせてくる。目の下に薄く線を入れるの、確か流行ってるんだっけ。近くで見ると立体感が無くて、なんだか不思議だ。


「透子ちゃん? 小学校の時から一緒だよ」

「へえ、幼なじみってやつ? なんか意外! あの人、なんかちょっと怖いじゃん。天ケ谷くんと一緒じゃない時はいつも一人でいるっぽいし。ねえ、エミ?」


 エミって呼ばれてるのは、透子ちゃんと同じ学科の方の人。彼女は小さく頷いて、ぎこちなく笑うだけだった。


「──ああいう人でも、幼なじみだと一緒にいるもんなんだね。まあでも分かるかなぁ、天ケ谷くん、イケメンだし」


 さっきからずっと喋ってる女の子は、なんて名前だったっけ。まるで手持ち無沙汰って感じでパスタをフォークで巻いて、ちまちま食事を進めてる。彼女の仕草で時々薫ってくる香水の匂いが、甘ったるくて喉が閊える。


「違うよ。──僕が、透子ちゃんと一緒にいたいんだ」


 僕がハッキリそう言うと、目の前の二人は驚いたように目を丸くした。


「お先に」


 トレーを持って席を立ち、カウンターに向かう。引き止められることはなかった。背中越しに透子ちゃんの名前が聞こえた気がしたけど、あとのことは知らない。


 ただ無性に、透子ちゃんの顔が見たくなった。





 透子ちゃんは昔から絵を描くのが好きだった。小学生の頃、彼女の描いた漫画の続きが気になって、急かした記憶がある。変身した僕の絵も描いてくれたりした。あの時のノートの切れ端は、今でも大事に仕舞ってある。


 でも中学生になると漫画の絵が風景画になって、高校に入るとそれが抽象的になって、今に至る。僕は透子ちゃんの魔法の手が、ノートやスケッチブック、キャンバスを埋めるのが昔から好きだった。


 透子ちゃんの絵は綺麗なだけじゃない。ちょっと孤独で、寂しげな雰囲気がいつも漂ってる。デザイン的に見たら目を惹かないものだって、感情を惹きつける何かがあると思う。口数の少ない透子ちゃんからのメッセージを受け取ってるような気がして、僕は絵を見せてもらうたびに嬉しくなった。


 でも最近は、めっきり見せてもらってない。確か若手限定のアートアワードに挑戦するとかで、その作品を制作中のはずなんだけど、……一度も。「アンタは何でも褒めるから、見せる意味がない」って言われたんだ。


 メッセージを送っても、「忙しい」の一点張り。だからたまに、透子ちゃんのバイト先のバーに内緒で行くこともある。その時透子ちゃんは嫌な顔をするけど、結局は僕の相手をしてくれる。


 今日もカフェのバイト終わり、一週間ぶりに透子ちゃんが働くバーに行ってみた。彼女は一人暮らしをしてるから、平日はほとんどシフトに入ってるんだ。


「おい透子、彼氏来たぞ」


 雑居ビルの三階にある、小さなカウンターバー。古い木の木目に乗せられたニスが、三千ケルビンのライトをぼんやり反射させている。いつもお客が少なくて、でも優しい雰囲気が漂うお店。年配のマスターは若者を揶揄うのが趣味で、それが玉に瑕だけど。


「──だから違うっての。冗談やめてよ」


 カウンターの中で本を読んでいたマスターが、奥に続く暖簾に向かって声を掛ける。すると、鬱陶しそうに眉を寄せた透子ちゃんが顔を出す。毛先に紫のグラデーションを入れた黒い髪、丸い目をわざと吊り上げて見せているメイク。久しぶりの透子ちゃんは、変わらない。


「久しぶり、透子ちゃん」

「マスター、コイツ出禁にしてくんない?」


 適当なスツールに座って手を振ると、透子ちゃんは容赦のない言葉をマスターに投げた。口元を覆った白い髭の下で、マスターはおかしそうに笑う。そして、グラスラックから一本グラスを取り出して、透子ちゃんの前に置いた。


「いつものさ、レモンと炭酸のやつがいいな」

「──ジンフィズね、はいはい」


 注文すると、渋々といった感じで透子ちゃんがグラスを取る。そして慣れた手つきでメジャーカップを操って、ジンとレモンジュース、シュガーシロップを足していく。バースプーンでかき混ぜ、氷を足してさらに攪拌し、最後に炭酸水を注ぐ。まるで絵を描く筆の動きのようで、眺めるのが楽しい。透子ちゃんは氷を浮かすように一度だけ軽く混ぜ、冷えたグラスをカウンターの笠木に乗せる。炭酸の弾ける音と、漂うレモンの香り。初めてこの店に来た時、カクテルなんか分からないからって透子ちゃんにお任せした、あの時と同じ。


 マスターを交えて、グラス一杯分の時間を堪能した。透子ちゃんは相変わらずで容赦なかったけど、それが何だか心地いい。僕の周りにこんな人はいない。みんな見せかけ。透子ちゃんだけは違う。


「透子ちゃんが元気そうでよかった」

「アンタに様子窺われるほど、落ちぶれてないんだけど」


 会計を済ませ、店を出る。すると珍しく、透子ちゃんが僕を追ってついてきた。見送りなんかされたことなかったから、柄にも無くちょっと驚いた。


 狭い階段のスペースに、扉とドアベルの音が反響する。僕はエレベーターのボタンを押すことも忘れ、彼女を振り返った。


「どうしたの透子ちゃん、何かあった?」


 声を掛けると、透子ちゃんははじめ、瞳を逸らした。けどすぐに僕を見上げ、閉じた扉に背を押し付けるようにして、小さく言葉をこぼした。


「──しばらく、顔見せないで」

「……なんで?」


 今日だって一週間ぶりだったのに、なんでそんなことを言うのか分からない。透子ちゃんは変な冗談は言わないから、それが本気だってことだけは分かる。けど、僕はいつの間にか、彼女に何かしてしまったんだろうか?


「前から言ってるじゃん。アタシばっかとつるんでないで、他とも付き合えってさ。──友達だっているんでしょ?」

「そうだけど……なんで急にそんなこと言うの?」


 これは嘘。確かに僕に話しかけてくる人はたくさんいる。でも、僕は誰のこともまともに覚えてない。みんな同じ顔にすら見えるほど。


 店の中ではいつも通りだったのに、二人になった途端、透子ちゃんはなんだか苛々してるみたいだった。僕を睨んだ後、あからさまな強い溜息を吐いている。


「何でって、迷惑だから。メールも返さない。……アタシに構ってる時間使って、誰かと付き合ってみたらいいじゃん」

「意味がわかんないよ」


 一方的に突き放されるから、食い下がった。だって、本当に意味が分からなかったから。でも透子ちゃんは歯噛みして、譲らなかった。


「──……じゃあ、せめて……公募が終わるまで。アンタはアタシに近づかないで。……アタシからも、声はかけないから」


 透子ちゃんは絞り出すようにそう言い捨てて、店の中に戻って行った。僕はあまりに突然のことで、混乱してその場を動けなかった。


 しばらくしてエレベーターが開き、中から見知らぬ人が出てきたことで、ようやく足が動く。何年も連れ添ってそうな男女が不思議そうに僕を流し見して、扉の奥に消えていく。


 その後どうしたか、記憶は曖昧だ。──ただ気付いたら僕は自分の部屋にいて、育ててる小さなサボテンをぼんやりと見下ろしていた。



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