1話 僕の世界
小説家になろうで需要があるか分かりませんが、こんなお話を書きました。
人は誰かを信じて生きることができます。
でも、自分自身を信じることは案外難しく、自分自身を信じて疑わない人に恐れを抱くことがあります。
これは芸術大学を舞台とした、とある幼馴染二人の物語です。
人は、見た目で他人のほとんどを決める。それを知ったのは、小学生の時だった。
当時の僕は、何をされても気にしないタチだった。変なあだ名をつけられようと、小突かれようと、物を隠されようと──それをされる理由を考えるほどの興味が湧かなかったから。だから困ってなかったし、助けを求めたこともなかった。
ただ、一度だけ。それを止めた人がいた。
「アンタ、土台は良いんだからちゃんとした格好したら?」
励ましや慰めじゃなく、多分単なる観察の一環だったんだと思う。彼女は僕を庇った後、さらにこう言った。
「見た目さえ良ければ、それだけでアイツら掌返すよ。逆に味方がつく」
今思えば、小学生にしては斜に構えた言い方だった。妹尾透子は、いつもそういう話し方をする。誰かのためというよりも、自分の考えの正当性を確かめるような、そんな呟き。
僕は言われた通りにすることにした。でもどうしたらいいか分からなくて、結局彼女の手を借りた。髪型を整え、服を選び、姿勢を意識する。興味がなくても、楽しくなくても、口の端っこを持ち上げる。そうするだけで、確かに周りは変わった。特別なことなんか何もしてないのに、勝手に。それが自然の成り行きだというように。
それから僕は、彼女の言うことだけを信じることにした。
大学に入ってからも、透子ちゃんは変わらない。相変わらず斜に構えて、他人に合わせる気なんかサラサラ無い。服はオーバーサイズで、髪は短くて、言葉も少ない。
そして相変わらず、僕は透子ちゃんのそばにいる。それが僕の、自然の成り行き。
「──ねえ彩、なんでいっつもアタシに構うの」
キャンパスのカフェで、向かいに座った仏頂面の透子ちゃんがそんなことを言う。視線は僕じゃなく、テーブルのパスタに向けられてる。
「だって、そうしたいから」
僕がそう答えると、透子ちゃんはちらりと僕に視線を送って、また逸らす。
「告白されたって、聞いたけど。──前から思ってたけど、なんで毎回断るの? 誰かと付き合ってみたらいいじゃん」
「興味ないよ」
透子ちゃんはたまに、僕を突き放そうとする。でも、完全にはそうしない。僕が即答すると、フォークでパスタを巻きながら、透子ちゃんは少しだけ眉を寄せた。
「……意味わかんない」
そう言って、パスタを口に放り込む。それっきり何も言わず、彼女は食事に集中した。
僕も、透子ちゃんがなんでそんなことを言うのか、分からない。けど確かなのは、たまに僕をつまらない世間に放り出そうとするってこと。
僕は別に、困ってない。僕の世界を透子ちゃんが占めていたとしても。──ただ、透子ちゃんの言うことは、大体正しい。分かってるけど、透子ちゃんが離れようとすることだけは、受け入れたくない。
だから今も、僕はこうして彼女の向かいに座ってるんだ。




