第27話 ハルシネーション・グリーン-2
メイアのコアのソナーに導かれ、火山の通路から抜け出したアイたち。
そこには地図に記されていた通り、灼熱の火口を背にした崖に、古びた石碑が佇んでいる。
その石碑の異様な姿に、アイが気付いた。
「あれは……煉獄の火口!」
「何なのでしょう、あの黒い渦……」
「あの渦から《影》のエネルギーやコキュートスが地上に現れて、異常現象を起こすんだ」
銀河の如く蠢く渦を見て不気味がるリンに、ジフが告げる。
そして、アイの手に握っていたコアがひとりでに発光し、再びソナーが波及した。その音波の輪を浴びた石碑と、並び立つ石も、一行の立ち入りを感じ取る。
瞬間、石碑に一斉に青い炎が灯り、背に広がるマグマをも青色に染め上げる。石碑の黒い渦が、ぐわ、とさらに大きく口を開いた。
その中から、アイたちの前に飛び出した人影。
――コキュートスの氷人形、アルテノーラ。
突然、かつ強制的に吐き出されたといったほうが正しいのか。彼女は構えも取れていないまま、よろめきながら踏み留まり、長いブラウンの髪とロングスカートが乱雑に揺れる。そしてやけに憔悴した様子で、肩で息をしている。
「アルテノーラ!!」
「この女の人も、軍機関で戦った人と同じ……コキュートスなんですか」
「そうだよ! ずっと前から何度も何度も、わたしたちや一般人を襲って! アルズのためならどんなに被害が出ても全く気にしないんだから!」
アイとカナがこれまでの因縁に敵意を強め、ショウもまた本物のコキュートスを前に身構える。
そんなアイたちの前で、しばらく荒く、しかし弱々しく呼吸を繰り返していたアルテノーラだが、垂れ下がった髪の隙間から、彼らを捉えた。
「……あんたたち……」
半ば虚ろだった瞳に、サイケデリックなパープルの光が宿り、鋭い目つきに変わる。
「あんたたちが……メイアを殺したせいで……!! よくもメイアを!!」
怒りと憎しみを込めた鬼の如き形相で、唸るように叫ぶアルテノーラ。
その剣幕と、激しくも理不尽な言葉に、アイたちは一瞬気圧される。
「俺たちがって……お前らが軍機関で大勢苦しめて、アンクサリスを復活させたからだろ!」
「先に襲ってきたのもメイアのほうじゃない! 自分たちばっかり勝手なこと言わないでよ!」
まるで人殺しだと言わんばかりの壮絶な批難を向けられ、アイとカナは声を荒げて反論する。
メイアを――人によく似た姿の相手を完全撃破した時の、えもいわれぬ胸の感覚は、今でも拭がたく覚えている。だが、それを厭わなかった理由を、言い訳などと言われる筋合いはない。
自分たちが、地上の者たちがコキュートスに苦しめられながら、立ち向かったことを責められるなど、そんな道理はないはずだ。
だが、アルテノーラは彼らの言葉に耳を傾ける様子など全くなく、ただ獣のような目で睨みつけたままだ。
「この場所は……この場所だけは……これ以上あんたたちに踏み荒らさせない……! アルズが『彼』を救うための……アルズの大事な場所を……! うっ、ぐ……」
喉の底を震わせながら、呪詛と、執念と、情念を、擦り潰すように唸る。
その激情に反応するように、アルテノーラの腹の内側から、強い光が迸った。全身を支配するかのように、脈動しながら広がっていく光だが――
アルテノーラは体の奥から焦がす熱に悶え苦しんでいるものの、自我を失うどころか、瞳に宿した眼光はさらに鋭く熾烈さを増している。
「今度こそ……アルズの役に立って……アルズの信頼を取り戻すの……!! それ以外は……私たち以外は……! 何も必要ないんだから……!!」
誰に向けた言葉なのか。自分とアルズ以外の全てに向けた言葉なのか。憎悪にも懇願のようにも響く言葉を、アルテノーラは悲鳴まじりに、うわごとのように紡ぎ続ける。
まるでその一言一言が、炎にくべられる薪となるかのように、体から溢れる光は激しくなっていく。さらには黒く濁ったエネルギーまでもが放出され始め、アルテノーラの全身が黒く染まっていく。
「これ以上……! 私たちの……!! 邪魔をするなああああああああ!!」
体を塗り潰す漆黒さえも貫くように、喉が張り裂けんばかりの叫びとともに、彼女のパープルの瞳が鮮烈な光を走らせ――直後、その体は大規模な爆発を起こした。
吹き荒れる黒煙と衝撃波が火口一帯を襲い、石碑に灯る青い炎が激しく振り乱れる。アイたちは腕で顔を覆って必死に身を守る。
暴れ狂う煙の中には、少女の姿は無く――歪で巨大な物体が、ゆらりと立ち上がった。
折れ曲がった細い四つ足。大きく鋭い鎌が伸びる両腕。その輪郭が、カマキリの形をしていると気付くが……長細い胴体に見えたものは、毒々しい液体で満たされた注射器と、管が絡まった鉄のスタンド。無数の管の先が暴風で乱れる様は、女性の長い髪のようだった。
この、生物と無機物を融合させて、歪な〝形〟を作った物体を、アイたちは前にも知っている。
「こいつも……メイアと同じ、罪魔獣か!!」
罪魔獣トロイメイア。アルテノーラの仲間のメイアが、以前の軍機関の戦いで本性を表し、その身を変貌させた化け物。彼女ら氷人形たちの、真の姿。
アルテノーラもまた、人の形をした器を自ら壊し、中に封じていたもの――
《罪魔獣アンデノーラ》を解放した。
* * *
『ヴアアアァァアアァア!!』
アンデノーラの叫びと同時に、長い髪のような無数の蔦が放たれる。
ただちに武器を実体化し、応戦に出るアイたちだったが、鞭の如き速さと威力で襲う蔦を捉えきれず、瞬く間に体に巻き付いて拘束されてしまう。そのまま容赦なく岩壁や地面に叩きつけられた。
「うわぁっ!!」
「きゃあ!!」!!」
全身を襲う衝撃と、さらに拘束が強まる蔦によって、倒れたまま動けないでいるアイたち。
その間にも、アンデノーラの体から蔦の中を伝って、紫色の液――毒が流し込まれる。毒蛇の如く迫り来るその液体が到達する直前、アイは右手の輝石に力を込める。
「っ……! この!!」
アイの体から光が迸り、背中に展開した真紅の光の翼が、拘束していた蔦を切り裂く。
大星座の純白の装束を纏ったアイが、自由になった腕で剣を振い、火の粉を放ってカナたちの蔦を焼き切り解放する。
『キシィイイイウウウ!!』
「えっ、うそ……!?」
どうにか再び立ち上がったアイたちだったが、アンデノーラの叫び声にカナが前を見上げれば、すでに毒の砲撃が蓄えられていた。
一瞬の閃光が迸った直後、それは無慈悲に発射される。
前に走り出したカナが両手を伸ばし、光の壁――聖障を展開する。正面から砲撃を受け止めた聖障が防ぎ切るが、攻撃の残滓が弾け散るとともに、聖障も砕けてしまった。
「カナ! 助かった!」
「次にまた聖障を使えるまでに時間がかかっちゃう……でも、アルテノーラが全然止まらないよ……!」
両手と眼前の敵を交互に見るカナのもとに、アイたちも駆け寄る。カナの言ったとおり、アンデノーラは発射の反動をものともせず、蔦や腕を振り乱して荒れ狂っている。
いくつもの蔦が洞窟中を駆け巡り、カナを狙う。ただちにアイがカナを抱き寄せて宙に飛翔し、剣から放った炎で蔦を焼き尽くす。
それと同時、アンデノーラが両腕の巨大な鎌を振り下ろし、地面に亀裂を走らせる。その裂け目からはマグマが噴き出し、リンを抱えたショウ、そしてジフも辛うじて回避する。
『アンタが……アンタさえ……アンタが何もかも……!!』
地面は割れ続け、灼熱のマグマが飛び散り、空中には蔦が飛び交う。全く止まる気配のないアンデノーラの猛攻に、アイたちは必死に回避に終始してしまう。
対するアンデノーラも、カマキリの姿となった腹部の内側で光が明滅する。その光に突き動かされるように――けたたましい叫びを上げると、背後の火口が共鳴するかのように激しく波立つ。
赤から青に変わっていた火口の炎は、アンデノーラが放出する毒と混ざり合い、さらに不気味な紫色へと変化していく。そして、今度は燃えたつ炎を帯びた、巨大な毒のエネルギー弾を形成した。
「……まずい!」
ジフは咄嗟に槍を翻し、魔法陣から水流を放って毒のマグマを受け止めた。すぐに蒸発するのが関の山だろう。――かに思えたが。
――バチリ。
マグマに宿る異質な魔力と、ジフの水がぶつかり合ったことで、何かが反応するように、ジフの瞳の奥に一瞬スパークが走った。それを示すかのように、魔法陣がさらに強い光を放って大きく展開する。
「ぬああああああああ!!」
通常ではありえないはずの威力を伴って、ジフの水流がマグマを相殺した。
水滴と火の粉が飛散し、濃い水蒸気が広がる。割れた地面から噴き出ていたマグマが急激に冷やされ、黒い鏡面となり、ひび割れた裂け目を埋めるように一時的に足場を取り戻す。その隙に、ショウが突風を放ち、蒸気でアンデノーラの視界を撹乱する。
「ジフくんのおかげで隙を作れましたが……」
「あ、ああ……」
『こちらからも攻撃できないと、あの暴れようではこの火口が……いや、火山そのものが完全に破壊されてしまうぞ』
ショウの礼を受けるが、ジフ本人にも、自分の力がなぜここまで通用したのかわからないようで、戸惑い気味に片手で目を押さえている。
ショウの中のハイルカントリュスが指摘したように、蔦が蒸気の幕を引き裂いて、再びアンデノーラの巨影が姿を現す。
アンデノーラの腹部の光が、何かを主張するように、一際強く明滅する。すると再び火口のマグマが荒波を立て、螺旋状に立ち昇りながらアンデノーラの中に吸収されていく。
アンデノーラはさらに荒々しく、しかし苦しみもがきながら、叫び声を上げ続けている。
その様子を見ていたアイたちも、異変に気づいた。
「もしかして……自分で制御できてないのか……!?」
* * *
体内の光によって、強制的に注がれるマグマに、内側から焦がされている。
今のこの体は、地底のエネルギーを汲み上げ、《影》と混ざり合うための器でしかない。故に邪魔な自我は、容赦なく焼き尽くされていく。
少しでも多く取り込まんと、体が勝手に受け入れるように熱が全身に駆け巡り、感覚を塗り替えられていく。
意識が反発するように、彼女の――アルテノーラの脳裏を駆け巡る記憶の数々は、まるで走馬灯のようで。
どうして今、自分はこんなことになってしまったのか。
メイアを死なせてしまったから?
アルズに信用されなくなってしまったから?
自分とよく似た顔の知らない誰かに託されたから?
青い炎の男に大事なエネルギーを宿されたから?
全てが、誰かの言いなりで押し流されているようで。
「私っ……私は……」
私の気持ちは? 私の望みは?
ずっと一番強く想っていたはずなのに、だからいつも気を張って、誰にも邪魔されないようにしていたのに。
このままじゃ、望んだ場所とは全然違う所まで遠ざかってしまう。
「まだ……まだ聞けてないの……」
意識を繋ぎ止めるように、アルテノーラは頭を押さえる。
その時、右手に付けたブレスレットの石飾りの、小さく輝いた光が、瞳に映る。
アルズのために選んで、アルズに渡して、アルズが受け取ってくれた、お揃いのブレスレット。
一緒に選んでくれた、そして死んだメイアへの、せめてもの示しをつけるために。
――『君が任務を果たせたら、その時ちゃんと、君への返事を話そう』
だから……ちゃんと帰ってくるんだよ』
ブレスレットを付けた彼の手が、私の指に絡んだ時の温度を、鮮明に覚えている。
あの温度を、こんな炎で――塗り潰されてたまるものか。
「この体も……この望みも……」
熱に浮かされ、朦朧としていたアルテノーラのパープルの瞳が、少しずつ鮮明さを取り戻し始める。
そして、炎をも超える苛烈で鋭い眼差しに変わり、強く開いた目で睨みつける。
たとえそれが、アルズの求める彼の『父』であっても。
「アルズ以外……誰も触るなああああああああ!!」
* * *
その瞬間。
『ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!』
突如、アンデノーラの咆哮が豪風の如く響き渡る。
途端、彼女に注がれていたマグマの流れが逆流を始める。今度はアンデノーラの体から、紫色の毒がマグマの中へと大量に流し込まれていく。
絵の具を無差別に混ぜ合わせたかのように、マグマの炎の色はどんどんと黒く、禍々しく変わっていく。しかし炎の煌めきは銀河のように鮮やかで鮮烈な光を放ち、アンデノーラの背後で蠢くように渦巻いている。
鎌で破壊された地面の割れ目からは、マグマの飛沫が形を成すように、毒々しい彼岸花が伸び始め、埋め尽くさんほどに咲き乱れる。
マグマの火口だったはずのこの場所は、もはや本物の地獄のように。あるいは、アンデノーラの狂気のままに塗り潰された、彼女の悪夢そのもののように。見る者の正気を疑う、変わり果てた光景になってしまった。
「か……火口が……!」
「さっきから得体の知れない反応が出ているあの炎は、何なんだ……!」
目の前の光景を見上げ、アイとジフも戦慄する。敵の操る力が、尋常でない魔力と業を宿しているのは、彼らにも一目瞭然であった。
『――あの炎と罪魔獣を切り離しましょう』
「フローランナ……?」
混迷を極める状況の中、そう切り出したのはリンの中のフローランナだ。リンも含め、皆が彼女のほうへ向く。
『あの罪魔獣が生み出す毒は、魔力元素としてはかなり特殊なものですが……もとより毒は自然の物質から生まれるものです。
ですから、自然元素を司る私とリンリアーナがあの毒を分解して、純粋な自然元素の魔力に戻します。
もう一方の炎は、アイとガリュマダロンにお願いできますか』
「わかった!」
『任せろ!』
『そして……力を分解するには、もう一度攻撃を受け止める必要があります』
フローランナの発言に、アイたちはその役目を担える者を考える。恐らくそれが可能なのは、聖障が使えるカナと、実際に水流で攻撃を押し返したジフだろう。二人とも互いに顔を見合わせる。
ジフはまだ先ほどの目の違和感が拭いきれていないが、今はそれを振り払って判断を急ぐ。
「もう一回俺がやる。カナは魔力の温存を続けろ」
「う、うん」
「僕も手伝います。ハイルカントリュスも力を!」
『言われなくとも! リュウノオの奴さえ反応があれば――』
体勢を立て直すわずかな時間さえも、そう長くは続かない。
『シギィイイイイアアアアアア!!』
アンデノーラが叫び声が、アイたちの会話を掻き消した。背後の紫の炎がさらに鮮烈にぎらつき、渦を巻く激しさを増す。渦から放たれた炎と、アンデノーラの無数の蔦が、一直線にアイたちに襲い掛かる。
アイが対抗するように翼で前へと飛び立ち、彼の中から実体化したガリュマダロンが着地する。空中と地面で同時に熱波を放ち、蔦を焼き尽くした。
彼らが拓いた前方を見据え、ジフとショウが構える。
「《穿つ潮嵐の双渦》!!」
強力な水流と旋風が放たれ、やがて一筋に絡み合う。まるで海に昇り立つ水の竜巻の如き威力と化し、迫り来る紫色の毒の炎と衝突する。
――バチリ。
再びジフの目の奥に刺激が走る。だが今はそれも厭わず、ショウとともに地を踏みしめて押し留める。その竜巻に、さらにハイルカントリュスの翠緑に輝く風が加わる。
それが一押しとなって、相殺された双方の激流が炸裂し、二色の飛沫が降り注ぐ。
『今です、リンリアーナ!』
「はい!!」
「俺たちもいくぞ!」
『おう!!」
飛散する魔力の飛沫を、リンとフローランナ、アイとガリュマダロンが武器を掲げ、さらに二つの物質に分解する。
炎がアイのほうへ吸収され、もう一方の毒がリンの中へ吸収される直前、彼女の体にフローランナの加護を纏わせ毒素を遮断する。
そして、フローランナによって純粋な自然元素の力に浄化され、光を纏ったリンが弓矢を構えた。
「《彩光なす万華の閃耀》!!」
放たれた矢が直線の光の軌道を描き、火口の空中で弾ける。その光を浴びた火口のマグマが内側から魔力を打ち消され、どす黒い紫色から、鮮やかな青をのぞかせた。
『炎の魔力が一段階戻りました。分解が効いてきます』
「わたしの力も戻った!」
『こちらから攻撃するなら今だぞ! 『連星』で最大威力をぶつけろ!』
「わかった! いくぞ!!」
魔力を支配されかけていた火口だが、微かに打開の兆しが見え始めた。
だが、アルテノーラもまたマグマの魔力が弱り出したのを感じ取り、動き出す。
アイたち四人の体から放出された魔力が光の剣を作り出し、さらにカナの歌の力が送り込まれる。
対するアンデノーラも、無数の蔦を碇のようにマグマに突き刺し、炎の海から大量の魔力を吸い上げる。腹部のエネルギーが、煌々と熱を放つ。
四本の光の剣と、毒の砲撃の球体が、競い合うように激しい光を迸らせる。それが最大限に高まった時――発動したのは、ほぼ同時だった。
「《燿り集う連星煌刃》!!」
『《AND0R0MEDA・0M1CR0N》!!』
武器を振り下ろすアイたち。砲撃を発射するアンデノーラ。強大な攻撃が正面からぶつかり合った。
威力は拮抗し、競り合っている。衝撃波が突風となって吹き荒び、押し負けまいとアイたちは踵を地面に摩擦させる。
『ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!』
アンデノーラはさらに力を求め、両腕の鎌を地面に振り下ろす。地面に亀裂が走り、よりマグマの範囲が広がってしまう。
――かに危ぶまれた、その時。
アイたちの足元――先ほどジフの水流によってマグマが硬化した、黒曜石の塊。それがアンデノーラの鎌で一部が砕け、破片が宙を舞う。
元は同じ魔力を宿したマグマだったからなのか、黒曜石からも何かに反応するように光が弾けーー
――バチリ。
反応に連動するように、またしてもジフの瞳の奥にも同じ刺激が小さく走る。
瞬間、地面の塊と空中の破片が煌めき、互いに乱反射する。
「何だ……!?」
「黒曜石が……!」
空間中に広がる眩い光が、アイたちの『連星』の輝きを増幅させた。
「今だ!!」
増幅した魔力の重みを感じたアイが叫び、全員で一斉に力を込める。
そして――アイたちが武器を振り抜き、『連星』の四本の光の剣が、毒の砲撃を押し切った。
打ち破られた砲撃の残滓をそのまま貫き、その先に立つアンデノーラの巨体に、流星の如き勢いの刃が迫る。
一瞬迸った閃光ののち、大規模なオーロラの爆発が起こる。衝撃波の暴風とともに、爆煙から降り注ぐ光の粒子が、禍々しい黒色のマグマを神秘的な色に染め上げた。
* * *
立ちこめる黒煙の中から、人影が見える。巨大な罪魔獣から人の姿に戻ったアルテノーラが、その場に崩れ落ちた。
地面に手をつき、なんとか上体だけでも持ち堪えようとしているが、肩で息をしており、今にも倒れそうだ。
顔を上げれば、アイたちが皆、こちらを注視して構えている。
「『連星』でも倒しきれないなんて……」
「あのマグマの魔力のせいか……?」
きっとメイアもこうして倒されたのだろう。だが、アルテノーラは地底のエネルギーを取り込んでいたためか、心臓の大破は免れた。その身をもって死と生を同時に実感し、アルテノーラは掠れきった声を溢す。
「……もう一度……マグマから魔力を吸い上げれば……まだ……」
だが、自分自身の体がこれ以上のエネルギーに耐えきれる保証はない。結局そうなるくらいなら――今ここで撤退するのが、最も確実に生還できる賢明な選択。
まだアルズから託された使命を果たせていないのに、こんな所で死ぬわけにはいかないのだ。アルテノーラは地面についている手でなんとか力を振り絞り、立ち上がった。
「こいつまだやる気か……!?」
対峙するアイたちが、武器を握る手に力を込めて警戒する。
……が。
――『いざって時に自分が生き残るように『友達』に行かせたの?』
アルズの冷え切った声と眼差しが。しかしそこに宿る苛烈な怒りと軽蔑が。こびりついた記憶の中の彼が脳裏いっぱいに蘇り、再びアルテノーラの意識を支配した。
違う。
自分の命惜しさに、メイアを身代わりにして戦場から逃げたんじゃない。
私はそれを証明するために、こんな場所まで来て、こんなに身をボロボロにしてでも、使命を果たそうとしているのだ。
それなのに、生き延びるためにここでアンダーベースに戻ったら――
――結局、アルズに誤解されているとおりの、卑しくてみすぼらしい女でしかないじゃない。
たとえ生きて戻れても、その先もずっとアルズに「やっぱりそんな女だった」と思われながら生きることになる。
違う。違う。私はそんな女じゃない。私の気持ちはそんなのじゃない。そんなふうに生き続けるのは望んでいない。
違うということを、証明しないと。
「……違う……」
「え……?」
項垂れたまま立ち尽くしていたアルテノーラが、おもむろに一歩、また一歩と後ろに下がり出す。彼女の不可解な動きに、アイたちも困惑する。
「アルズ……私が必ず……あなたの望みを叶えます……」
うわごとのように呟きながら、アルテノーラの足は背後の崖へ、火口のマグマへと、じりじりと近づいていく。
「こ、このままでは……」
「マグマに落ちちゃうよ……!」
「何をする気なんです……!?」
意識を失っているのか、あるいは正気を失っているのか、それともまだ何か策があるのか。自ら火口へと距離を縮めるアルテノーラの思惑がわからず、一行は次の手を打てずにいた。
後ろへ進む足を止めることのないまま、アルテノーラは吹き抜けの空を仰ぎ、両腕を広げた。まるで己の全てを曝け出すように、そしてまるで懇願するように、声を張り上げて叫ぶ。
「アルズ……! 私は……!! あなたを……!!」
――――愛しています。
その想いさえ、誰にも書き換えられずに終われるなら。
それで使命が、アルズの望みが果たせるなら。
私が選べる選択の中で、これ以上に本望なことはない。
そして、最後の崖の先端を蹴り、アルテノーラの体が宙を舞う。
茶色の長い髪と、黒いロングスカートがたなびく。背中には瞬く間に紅蓮のマグマが迫っているのに、彼女の紫の瞳は、雫できらきらと潤んでいた。
身を投げたアルテノーラが火口に落下する――その瞬間。
赤い海のさらに深く、地の奥底から。
火山の炎をも焼き尽くさんほどの眩い閃光が迸り、上へと向かって一直線に放たれた。マグマの表層に近づくにつれ再び――否、先ほどよりも鮮烈な青色に染め上げ、光は一瞬にしてマグマごとアルテノーラをみ込んだ。




