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第27話 ハルシネーション・グリーン-1

 ドルゴラッヘ火山の調査当日。

 リオウによって規制が解かれ、異常現象が起きている火山深部へと踏み込むべく、アイたちは再び入山管理所に来ていた。


「みんな悪ぃけど、ここから先は頼むな」

「火山の洞窟は普通に歩くだけでも危険なので……どうか気をつけてください」


 入り口まで同行したラルとマノが、見送りの言葉を告げる。


「人が通っても問題ない道は、さっき説明したこの地図に書き込んである。迷いそうになったらこれを見てみろ」


 そして、炭鉱の責任者として同伴しているボルツも入念に諸注意を促す。


「大変だと思うけど……こういうのを何度もこなしてるアイとジフなら、大丈夫そうだな」


 平時でも危険の多い火山での調査に、ラルは任せることしかできない心苦しさを滲ませながらも、気丈にアイたちの実力を信じて託す。



「そうです! アイとジフの最強コンビなら大丈夫なのです!」

「よっしゃー!! いっちょ仕事してくるぞ!!」

「おー!」

「子供だからって見くびられたぶん、きっちり結果を見せてやんないとね!」


 昨日の管理局前での騒動で、エスペル教団の公務官スレトニウスに自分たちの仲間を子供だからと舐められたことを悔しく思っていたのだろう、リンやアイ、ガリュマがやる気をみなぎらせて拳を掲げる。今回はカナもその熱気に加わっている。


「盛り上がってるな」

「まあ、みんなやる気があるのは良いことですし」


 一方、上官に当たるスレトニウスと対峙した当事者であるジフは、三人と一匹を他人事のように眺めていた。その反応にショウも苦笑を隠せなかった。



「姫様、私たちも後方支援で頑張ります」

「はい! ありがとうございます、サギリ」

「僕たちからもよろしくお願いします」


 同じく調査の人員として、教団から出動したジフのチームメイトのサギリがガッツポーズを見せる。リンとショウが明るく挨拶を交わした。

 そして、現れたのは彼女だけでなく――


「言われた通りちゃんと出勤したぞ」

「得意気に言うことじゃないだろ」


 サギリの後ろからもう一人のチームメイト、ラスティも合流した。

 到着しただけで仕事を果たしたかのような顔で仁王立ちしている彼に、早速ジフが呆れている。


「こっちのことと、サギリを頼む」

「おうよ。いつも通りでいいんだろ。そんで、これが終わったら自由行動な」

「……ああ」


 いつも通り、というラスティの言葉を確かめるように、ジフは彼をじっと見つめ、頷く。



 子供たちが揃ったところに、今度は大人の姿も加わる。

 今回の調査を手配したジフたちの上官、リオウと、昨日に引き続き彼の監視下で派遣されている帝国軍の女性、オリカだ。


「皆さん、準備はできているようですね。調査の分担について、アイくんたちは異常現象のほうを、教団の兵士たちが行方不明者の捜索を、私とドロヴィス特務准尉は未確認の設置物を調査します」

「わかった、リオウ。オリカさんもよろしく」

「ああ。君たちも気をつけろよ」

「大精霊の加護があれば、原因となっている《影》のエネルギーへのある程度の耐性と、転移が可能だとは聞いていますが……今も微量ながら地震が続いています。くれぐれも安全を最優先に」


 アイたちも場数こそ踏んでいても、彼らはまだ幼い子供だ。その無事を案じるように、リオウは念を押した。

 安全に戻ってくる。リオウのその指示に、ジフも静かに、昨夜のラスティとの会話を反芻していた。自分には、この任務を終えた後もまだやることが――約束があるのだ。



「……俺もこの任務を終わらせて……ラスティたちと温泉に行くんだ」


 自分に言い聞かせるように、ジフはぽつりと呟く。

 小さな独り言のつもりだったのだが、傍にいたカナの耳に拾われてしまったようだ。


「ジフ、温泉行くの?」

「えー! よかったじゃん」

「先ほどサギリからも聞きました!」

「そういえばこの街、火山の源泉と海沿いの景色が評判で、温泉地としても人気なんでしたっけ」


 あっという間に皆に伝播してしまい、口々に話題が弾んでしまっている。


「そうなりゃなおさらジフの休暇のために、気合い入れて行くぞ!!」

「だからお前たちが張り切る必要は……」


 熱苦しいほどのやる気に満ちたアイの号令に、ジフは頭が痛そうにため息を吐く。

 火山の熱気に負けない賑やかさを背負ったまま洞窟の暗闇に進んでいく一行を、入り口に残るラルたちが見送った。



 アイたちの姿が洞窟の暗闇の中へ見えなくなった頃、ここでできることのないラルたちは街へと戻る――かに思われたが。

 ふと、ラルが振り向けば、ボルツはいまだ火山の洞窟のほうを見つめていた。


「親方?」

「……ラル」


 まるでラルに呼ばれたのが後押しとなったかのように、ボルツは口を開く。


「すまねぇが、俺も中の様子を見てくる」

「えっ……親方、火山に入るのか!?」


 そしてボルツの口から告げられた、思いもよらぬ言葉に、ラルとマノは驚いた。

 先代のお頭が亡くなって以来、ボルツが無気力になり火山に行かなくなってしまったことを、アイたちの前で憂いたばかりのラルだが、こんなに危険な事態を前にして、火山に行く気を見せるとは思わなかった。


「ラル、お前はワイバーンたちの面倒を頼む。何かあった時は……お前でも、飛行しながら誘導くらいならできるだろ」


 ボルツはラルをまっすぐに見据えて問う。

 やることはいつもと変わらぬ、ワイバーンの世話係だが――〝この状況でもいつも通りにできるか〟と、託されている。

 それを感じ取ったラルも、最初はほんの少し不安そうな顔を見せたが、やがてボルツ同様に決意を固めた。


「……わかった」

「親方……ちゃんと帰ってくるよね?」


 ラルの傍で、マノも心配そうにボルツを見上げる。ボルツは小さく頷くと、入り口に向かって歩み出る。

 兄妹に背中を見せながら、肩越しに伝えた。


「今の俺にできるのは、せいぜい様子を見てくることくらいだ。スミンに晩飯までには戻ると伝えておいてくれ」




* * *




「えーっと、リュウガミ様の祠があるのがここで、今俺たちがいるのがここだよな」

「マノも昨日、祠に行こうとしていたのですよね」

「だが教団が検出した、局地的な高濃度の《影》のエネルギーは北……祠からは離れた場所にあるな」


 アイが地図を自分の向きに合わせようとぐるぐる回転している横から、リンとジフも覗き込んで確認する。


「マノさんが向かっていたのは主体とされている祠で、それ以外にもいくつかの石碑が、祠を囲むように配置されているみたいですね」

「へぇ~そうなんだ。でも何で祠じゃなくて別の場所に《影》が出たの?」

「祠には実際にリュウガミ様の力が働いていて、《影》が干渉できなかった……とかですかね?」


 ボルツが地図に書き込んでくれた詳細を手がかりに、カナの疑問にショウも一緒に考える。


『確かに、この洞窟には《影》とは別の、強い魔力が展開しているのを感じます』

『リュウガミの奴が《影》に侵されていなければ、話は早いかもしれんがな』

「はえ~、おりぇにはザワザワとぽかぽかしかわかんないりゅ」


 大精霊たちも火山内部に充満する魔力を確かに感じ取っているようだ。



「……なんとなく気になっていたのですけど、あそこにあるのは……石像、でしょうか?」


 リンが怯えるような顔をして、恐る恐る後ろへ振り向く。視線の先には、元は何かの像だったらしき形が見える、ボロボロの石の塊があった。


「ずっと昔からあるから、古びて朽ちてしまったのでしょうか……ここに来るまでの道にもいくつかありましたし……。

 でも、もし祠を祀るためのものだとしたら、もっと手入れされていてもおかしくないですよね……?」

「確かに、まだ残っている部分を見ると……お仏像みたいですね」


 リンの疑問をきっかけに、ショウも脇道の石像を凝視する。ジフも石像に近づいて観察し、何かに気づき目を凝らした。


「この欠けた断面、まだ新しい傷だぞ。それに経年劣化で自壊したというより、それなりの道具で抉られたような傷だな」

「じゃあ、人の手で壊されたってこと?」

「えーっ!? 仏像を!? バチ当たりすぎんだろ!! そりゃ《影》だか何だかおかしなもん出ちまうって!!」


 率直に推測をこぼすカナ。その一言に、隣にいたアイが急に青ざめて飛び跳ね、傍に浮遊するガリュマに咄嗟に縋りつく。


「んにゃあ~! 急に抱きつくなぁ~!」

「っていうか、そういえば親方、〝帰って来ない人たちが夜な夜な火山で何かを掘って、金塊が出た〟って言ってなかったか……!?」

「……出所不明の金塊を持ち帰る炭鉱夫たちと、祠とは別の場所に出現する《影》……筋が見えてきたな……」


 ガリュマを抱きしめて震え上がっているアイを横目に、ジフは口元に手を当てて考える。

 皆が地図や石像に気を取られているなか。不意に、ジフはひんやりとした空気を感じた。



「……冷気……?」


 顔を上げてみれば、小さな光の粒子――細かな氷の欠片が、光を反射させながら目の前の宙を漂っていた。この煌めく氷を、ジフは以前にも見たことがある。

 だが、ここはマグマが活性化している火山だ。氷が形と冷気を保ったまま舞っているとは、通常考え難い。それが可能な、氷を操るものといえば――


「アイ」

「ん?」

「前に……教団南支部の近辺の岬で、コキュートスが海から城を出現させたことがあったな。それにラインゼル軍機関でも、大量の氷人形と遭遇した」

「う、うん」


 薮から棒なジフの確認に、アイは少々戸惑いながら頷く。そして、ジフは告げた。


「その時に漂っていた氷の冷気と、同じ気配を感じる」

「え!?」

「向こうの方角から」

「あちらは北……《影》のエネルギーの反応があったほうです!」


 ジフが指したほうを見て、リンはすぐに情報を一致させた。 

 そこでアイはふと、あることを思い出し、ポケットを探る。



「コキュートスといえば……こないだの軍機関で戦った時の、メイアのコア……火山に入ってから、なんか様子が変わってるんだ」


 アイが手のひらに取り出したのは、透明なオレンジの結晶――以前撃破した氷人形メイアの、砕け散ったコアの欠片。

 メイアを倒した直後、内側に灯っていた光は消失したが、今は結晶そのものが淡い光を発している。 


『コアの中の生命活動はやはり感じられませんが……コア自体が反応しているようです』


 フローランナがコアの光の性質を感じ取る。

 その時、コアの光がさらに強まり、ソナーが放たれ火山内に波及した。ソナーを再現するようにコアの周りにも光の輪が現れ、ある場所でソナーに触れた何かが赤い点として示された。

 その点の場所は、アイたちの向きから北。ジフが指したのと同じ方向だった。


「今、地図の書き込みをよく見てみたんですけど、北に設置されている碑石は、他の場所のものと比べても特に古い……一番昔からあるもののようです。それが何か関係があるのかもしれません」

「今までコキュートスが現れた時と同じ気配がするってことは、今回もそこにいて、直接悪さしてるってこと!?」


 コアの挙動を見ていたショウが、地図と照らし合わせる。ここまでの話をきき、カナも考え得る可能性に思い至る。


「行くか……北の石碑に!」



 目標の方角に駆け出したアイたち。ジフがそれに続こうとした時だった。


「……あの、ジフくん」

「何だ」


 ショウに呼び止められ、ジフは足を止め彼のほうへ振り返る。


「今、ジフくんが感じ取った気配のことなんですが……」


 ショウは少し躊躇いがちに視線を落としたのち、再びジフの顔を見て続きを口にした。


「今までアイくんやカナさんも、その気配のことを知っていたんですか?

 もしかして、ジフくんだけが感じ取れるものなんでしょうか?」


 その問いに、ジフはすぐに答えられなかった。

 先ほどのような冷気を感じ、コキュートスが出現する時は、いつもほぼ直後に緊急事態に発展する。自分以外にも感じているかどうかなど、意識したことがなかったのだ。


「……確かに……今まで話したことがなかった気がする……自分でも今気付いて……」


 ジフは事実のままにショウに答えた。


「そうなんですね……僕も初めて教えてもらったので、前にもあったのならアイくんたちが反応しなかったのが、少し気になって……

 その気配がどういう性質なのかを、確認したかっただけなんです。問い詰めるみたいになってしまって……すみません」

「……いや、気にしてない。俺たちも行くぞ」

「はい」


 ジフに促されたショウは頷き、ともにアイたちが向かったほうへ急いだ。

 気にしていない、とショウに言ったのはジフ自身だが。足早にアイたちを追いかけながら、ジフはショウには聞こえない小さな声で呟いた。



「…………俺だけ…………」




* * *




 一方、子供たちとは別の場所。

 強烈な魔力反応を示していた立ち入り禁止区域――スレトニウスが執拗に隠そうとしていた、教団非認可の器具が設置されてある洞窟。

 リオウとオリカはその巨大な器具を見上げていた。


「ドロヴィス特務准尉、頭痛は大丈夫ですか?」

「ああ……あまり長時間いたくはないが……。

 それにしても、まるで教会の壁にある巨大なパイプオルガンみたいな見た目だな」

「こんな大きなものを、教団の認可も通さず居住区付近に設置するなんて……

 スレトニウス公務官一人の管轄でここまでできるとは思えませんので、かなり遠い昔から運び込まれていたのだと思いますが」


 特殊な魔力に近づくと頭痛を起こす体質のオリカが、この場所に接近するにつれ、ズバリを示すように頭を押さえ出した。探知をより明確にするためとはいえ、痛みを強要することをリオウは心苦しく感じる。



 かたやオリカは、スレトニウスに対するリオウの言い様に、短いながらも確かな軽蔑を感じ取っていた。

 オリカも以前リオウとの口論で捲し立てられたことがあったが、あれでもまだ穏便に言葉を選んでいたのだと実感させられる。

 普段よりも険のある表情のリオウを横目に見ながら、オリカは思案した。


「……なあ、どうして私なんかにチャンスをやろうと思ったんだ」

「あなたこそ、こんな過酷な刑罰同然の任務に投げ込まれたわりに、随分意欲的に見えますが」

「質問に質問で返すな」


 リオウの返事は、普段通りの穏やかに見えて自分のペースに持ち込もうとする軽口だった。オリカはかつての苛立ちを思い出しながら、少し視線を落とす。


「私一人で牢にいるだけなら、別に何年、何十年だろうと何でもよかった……。

 だが……〝縁を切ってくれていい〟と言ったのに、モナハが私のせいでずっと手を煩わせて、頭も下げさせて……王国のレオノアードにまで借りができている。

 それならさっさと私自身で精算して、モナハを解放したかっただけだ」


 吐露するように答えたオリカに、リオウが少しの沈黙を置いて口を開く。


「普通、あなたのような状況なら、〝どうして自分がこんな目に〟という感情で頭がいっぱいになってもおかしくありません。

 ですが迷惑をかけてしまった人のことを考え……償いを全うする難しさを、あなたは身をもって理解しようとしている。

 ちゃんとしようとしている人のことを支え導くのが、我々教団の役目ですから」

 

 隣で振り向いたリオウの顔は、昨日の剣幕とは打って変わって穏やかだった。

 オリカの胸に微かな安心が込み上げて、なるほどこうして宗教を依るべにする人々がいるのだと、頭の中でごちた。



「この星零石を持っていてください。少し痛みを抑えてくれます。あとは私が済ませますので」


 そう言ってリオウは星零石をオリカに手渡し、自分一人で器具の前へと歩み寄る。

 オリカの形容した巨大なパイプオルガンとはよく言ったもので、こんな自然の無骨な火山の洞窟に、金属が煌めく荘厳な物体がそびえ立っている光景が、ひどく異様で倒錯的だ。

 リオウは懐から方位計(コンパス)のような見た目の計測器を取り出し、大きく傾く針と、浮かび上がるホログラム画面の詳細を見つめる。

 

「これほど高濃度の魔力反応……それも教団が封印に用いている魔力だけでなく、他にもかなり複雑な物質が混じり合っている……。

 封印している《影》自体だけでなく、〝封印の力〟そのものをどうにか制御するために、この器具を持ち込んだのか……」


 そして、再び器具を見上げた。パイプオルガンの如く長く伸びる数本の管に、脈動のように行き来する魔力の強い光が漏れ出ている。


「ということは……後から加えられた、その〝燃料に使われている何か〟が……――」


 リオウは訝しげに目元をひそめた。


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