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第26話 ポリネーター-4

 アルテノーラは課せられた計画を実行するために、目的地に踏み入れた。

 ドルゴラッヘ火山、その中枢であるマグマ帯の火口へと続く道。

 アンダーベースがある煉獄によく似た、暗く硬い、荒れ果てた岩肌が続く場所。しかし、虚ばかりが漂う不毛の地の煉獄とは違い、この火山にはマグマの筋が血管のように岩肌の内側を走り、煌々と熱を放ち、生命の活気を感じる赤色に洞窟を照らしている。


 腕で腹を押さえながら歩くアルテノーラは、道の脇に転々と倒れ伏している者たちを視界に入れないように、ただ前を見据えて進む。

 倒れているのは、動物のような角を頭に生やした種族――ドルゴラッヘ族の男たち。この火山から漂う《影》のエネルギーにおびき寄せられ、正気に戻らぬまま行き倒れたのだろう。

 採掘を生業とするほど屈強な体付きの男たちが起き上がれば、数体くらいなら薙ぎ払えるだろうが、一度に大勢襲って来られるとそうもいかないかもしれない。


 アルテノーラがそれを警戒しているのは、己の体内にあるエネルギーが断続的に熱を発するたび、近くに倒れている男がその力に当てられたように動き出すからだ。



「――ぐっ……!」


 考えている間にも、また内側でエネルギーが疼いた。短く呻いたアルテノーラの足元で、倒れている一人の男がゾンビの如く蠢き出し、アルテノーラの足に手を伸ばす。


「このっ……触るな!!」


 アルテノーラは容赦なく男を蹴り飛ばした。

 地面に打ち捨てられて動かなくなった男を睨み、乱れかけた呼吸を繰り返しながら、アルテノーラは再び歩を進めた。


 誰も私に触るな。

 触っていいのは、アルズだけだ。

 己の身を守るように、腹を押さえる腕に力を込める。




 通路を出た先、崖の淵まで踏み出してみれば、この火山の活力の根源――灼熱の火口が、鮮烈な朱の泉の如く広がっていた。

 そして崖のほとりには、古びた石碑が「ここが引き返せる最後のチャンスだ」と示さんばかりに佇んでいる。


「……これが……」


 この石碑こそ、アルテノーラが目的としている物体だ。

 石碑には黒くぎらついた渦――煉獄の火口が渦巻いている。ここから広がった《影》のエネルギーが幻覚を見せ、金塊を求める男たちの欲望という負の感情を吸収し、火山に異変を起こすほど力を増幅させている。


 石碑が、アルテノーラの――その体内にあるエネルギーの気配を認めた瞬間、カッと鮮烈な炎を灯した。その炎は周囲の赤いマグマとは違う、蒼白い色をしている。

 さらに、石碑の周りに寄り添うように並べられた石の列にも、一つひとつ青い炎が灯る。そして最後にそれに加わるように、アルテノーラの体からもエネルギーの光が溢れ出した。


「うっ、ぐ……あああ……っ!!」


 アルテノーラの意志も体も無視して、エネルギーは熱を高め続ける。石碑一帯の炎が燃え盛り、揺れ踊り、周囲を異様な青と黒に照らす。その熱が最大限に達した瞬間――

 石碑の眼前に、さらに激しい青い炎の渦が吹き上がった。ついに岩壁や崖の下のマグマまでもが、青色に染まる。

 高く上り立つ炎の中から、何かの影が見える。渦を割ってゆっくりと歩み出で、それは姿を現した。



 全身が青い炎に包まれた、長身の男のシルエット。燃え続ける炎に焼かれ、すでに黒い炭となり、顔もろくに見えない。

 アルテノーラがこの場所でエネルギーを渡すべき相手。

 ――これが、アルズの、


「……『お父様』……」


 本能が揺るがすままに、アルテノーラは呟いた。

 


 燃える男は、向かい合うアルテノーラを見ている。ゆっくりと歩み寄り、その肩に手を触れた。全身がこれほど燃えているというのに、熱さは感じなかった。

 男はアルテノーラを見下ろしたまま、彼女の心許ない顔をただ見つめている。それ以上は、何もしてこない。

 アルズが呼んでいた『父』という言葉の響きに意識を引かれたのだろうか。不思議と、父性のようなものを感じて、強張っていた肩の力が少しずつ解けていく。アルテノーラもまた、顔の見えない男を見上げていた。


 だが、変化を見せたのはアルテノーラ自身ではなく――その体に宿るエネルギーだった。


「あっ……うああ……っ、あああああ……っ!!」


 すぐ目の前に、燃える男が、アルズの『父』が、本来一つに交わるべき存在がいることを感じ取っている。

 自分では制御できないほど活性化した熱にアルテノーラが苦しんでいると、燃える男はもう片方の腕も伸ばして抱き留め、もがく体を落ち着かせようとする。


 その優しい所作に、アルテノーラの心が安心を感じる。それとは別に、体内のエネルギーはより近くなった存在を感じ、アルテノーラの体を突き破らんばかりに、熱が昂ぶる。

 心も、体も、燃える男を受け入れ委ねようとしている。アルテノーラの意識は陽炎の如く熱に浮かされ、もはや今感じているものが自分の意志なのか、エネルギーなのか、わからない。



 そうだ、最初からこれが目的なのだから。彼をここから解放するのに必要なエネルギーを渡すために、自分が入れ物となって運んできた。後は、渡すだけだ。


 ――『僕がちゃんと教えてあげる。だからよく覚えて。教えたとおりにすればいいんだ』


 溶けかけた意識の中で、鮮明に覚えているアルズの声を反芻する。

 アルズが、ずっと恋焦がれていたアルズが、その手で自分の手を取って、覚えるまで教えてくれた。

 だから忘れるはずがない。全て、手に取るように思い出せる。

 アルズが教えてくれたのと、同じように――


 ――この、アルズではない他の男と。



「――――嫌ぁっ!!」


 アルテノーラは悲鳴のような叫びを上げ、燃える男を全力で突き飛ばして身を離す。

 あれだけ体を蝕んでいたエネルギーの熱。それさえ上回るほどの衝動が、彼女の全身を駆け巡った。

 拒絶するように身を縮めながら荒い呼吸をしたアルテノーラは、息が落ち着くにつれ、冷静さを取り戻した。


「……あ……」


 自分は今、何をした? やるべきことはわかっているのに。


「ち……違うの……そんなつもりじゃ……」


 恐る恐る顔を上げ、燃える男を見る。炭化した顔の彼が何を思ったかは、ただ立ち尽くすその姿からは読み取れない。近づいてくる様子もなく、沈黙だけが続く。


 だが、その不気味な静けさを破ったのは、男の背後で蠢いている炎の渦だった。

 視界を灼くほどの白光が弾け、火力が爆発的に上昇する。渦はその勢いを増し、周囲の空間を歪めていった。


「うっ……! 何……!?」


 離れた場所に立っていても肌を焼かれそうな熱と、眩しさに、アルテノーラは反射的に腕で顔を覆い目をつむった。

 腕の隙間から辛うじてまぶたを開く。わずかな視界に映る、逆光で黒く染まった燃える男。

 まるで彼を崇め従うように――背後の炎の渦から無数の黒い影が蛇のように噴き出し、瞬きする間もなくアルテノーラへと襲いかかった。


  ――26 ポリネーター


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