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第26話 ポリネーター-3

 翌日。

 三体の氷人形が今日もホールに集まっている。が、昨日はのんきに私語をしていたカイルが、彼にしては神妙な表情でソファに座っている。

 彼が喋らなければジュディエもアルテノーラも話すことがない。ホールには居心地の悪い静けさが停滞していた。


「なぁ、俺らって、四体一組の設計って言ってたよな」


 その沈黙を、ようやくカイルが破った。


「直前まで俺は誰かと連携してた戦闘データがあったんだけど、お前らじゃなかったよな?」


 そう確認しながら、カイルはジュディエとアルテノーラを順番に見上げる。


「もしかしてM型だったとしたら、俺は今までどうやって戦ってたんだっけ?

 次に補充されるM型とも同じようにできんのか? というか俺は何で思い出せないんだ?」


 一つの違和感に気づくと、他の部分も次々に辻褄が合わなくなる。その奇妙な感覚に、もどかしそうな顔をしているカイル。

 ――カイルが、存在したはずの記憶の空白を、思い出しかけている。



「そ……そうよ! あんたも変だと思うでしょ?」

「……ノーラ?」


 何か確信を得たように、突然身を乗り出すアルテノーラ。

 いつもはカイルの話をあしらうはずのアルテノーラが、やけに食いつきを見せて同意する。その挙動に、カイルだけでなくジュディエも彼女のほうを見た。


「今だって、こんなに静かなことなんてなかったじゃない……前まではもっと騒がしく――」



「ノーラ」



 話題を追及しようとするアルテノーラを遮り、大人の男の声が割って入った。今度は一斉にホールの入り口のほうへ視線が向けられる。

 三人が声から想像した通り、現れたのはアルズだった。


「みんな、体の調子はだいぶ良くなったかな? この間の軍機関での作戦は本当に大変だったからね」

「……アルズ……」


 三人のほうへ歩み寄りながら、アルズは笑顔を振りまく。そして言い終わりざま、その笑顔をアルテノーラへと向けた。視線に気づいた彼女は、反射的に顔を背ける。

 いつものように照れているのかと思いきや、その横顔はどこか苦渋に強張っていた。


「アルズのほうこそ、体はもう大丈夫なの?」

「どうしたんだい、カイル。気になることがあるなら言ってごらん」

「いや、気になることっていうかさ……」


 アルズはソファーに座っているカイルの前に屈み、まるで幼児を相手にするように声をかける。

 会話の中心だったカイルがアルズと二人の世界になってしまい、蚊帳の外にされたアルテノーラとジュディエは再び喋ることがなくなってしまう。


 いつもなら、こういう時のアルテノーラは、アルズに構われているカイルを露骨に羨ましがっている。だが今は、それを指摘して背中を押すような存在もおらず――むしろ、アルズと目を合わせるのを憚っているように、ジュディエの目には映った。

 しばらくアルズはカイルとの会話が続くと見たか、アルテノーラは何も告げずに踵を返し、ホールを去っていく。ジュディエは無言のまま、その背中を目で追っていた。




* * *




 行き場のない焦燥をぶつけるように、アンダーベースの薄暗い回廊を、勇み足で歩き続けるアルテノーラ。その背後から。


「あれだけ命懸けで戦って生還したのに、その結果がこれか。報われないな」


 対照的な冷淡な声が、背後から響く。アルテノーラは足を止め、少し逡巡し、振り返った。

 立っているのは、後を追ってきたらしいジュディエだった。作戦以外で他者に興味を持たないはずの彼の姿がそこにあることに、アルテノーラは不審に眉をひそめる。


「何? あんたから話しかけてくるなんて」

「このままでいいのか」

「は……どういうこと?」

「記憶を消されてないんだろ」


 あまりに淡々と飛び出したジュディエの問いに、アルテノーラは絶句する。

 今、なんと言った?

 彼は、アルテノーラにだけ記憶が残っていることを知っている? それ以上に――彼自身に、記憶を消された自覚がある? 何故、彼はこれほど俯瞰的に、自身の欠落を認識できているのか?

 一体どういう状況から出た問いなのか、アルテノーラが聞きたくなるほどの困惑が襲い、急な質問に答える場合ではなくなってしまう。



「お前だけが記憶を保持している。他の誰も知り得ないものを、お前は持っている。

 アルズの命令に従うだけでは、追い詰められて終わりだったかもしれないことも、抜け道を作るきっかけを……違う答えを出せるかもしれない。

 ……つまり、指示通りに動くことが〝絶対〟ではない」


 一方のジュディエは、アルテノーラの答えを待つことなく、さらに語り続ける。


「死んだM型がそうだった。本来作戦にないはずの行動を自分の思考で〝生み出して〟、自分の意志で決断した。

 アルズの命令より重要だと感じるものが、あの時のM型にはあったということだ。

 なら俺たちも、『調整』されようが命令されようが、自分で選べるはずじゃないか」


 M型が――メイアが最後に取った行動を、ジュディエなりに冷静に分析したのだろう。それはわかるのだが。

 何故、それを自分に伝えているのか。彼の意図が分からず、アルテノーラはただ呆然としているばかりだった。



「ジュディエ、あんた……いきなりどうしたの……」

「別に。単なる確認だ。人員が減った今、今後の作戦効率を上げるには、こういう試行錯誤も少しは必要だろう」


 ようやく反応を示したアルテノーラに問いで返され、ジュディエはそれらしい言葉を並べる。

 だが、それはまるでアルテノーラではない何かに向けた、どこかわざとらしく聞かせるような言い方に思えた。

 終始不審な行動が続くジュディエだが、不意に、彼は静かに視線を落とす。


「……あの時……軍機関で、M型を止めようとしたお前とカイルを、俺が引き戻さなければ……少なくとも、M型が一体で死ぬことはなかった。かわりに全員死んでいただけかもしれないが。

 こうなった原因の一端は俺にもある」


 それは、彼が今、アルテノーラに声をかけた理由なのだろうか。相変わらず低く冷淡な声だが、こころなしか悔いのような湿度を感じた。


「もし……アルズに何か要求されているなら、焦らされて決めた答えが本当にお前のためになるのか、もっとよく考えろ」


 ジュディエの顔を覆う眼帯。そこから唯一曝されているライトブルーの左目が、真っ直ぐにアルテノーラに向けられている。



 ――自分のため。アルテノーラにとっての〝自分のため〟とは何なのか。

 それは、アルズの役に立つこと。

 選ばれなくても、見初められなくてもいい。ただアルズが笑顔でいてくれるなら。その中でほんの少しでも、自分がアルズを笑顔にできるなら。


 答えに躊躇っているのは、得体の知れないエネルギーを自分の中に取り込んで、過酷な場所に潜り込むことが、怖くないと言えば嘘になるから。最悪の場合、自分もメイアと同じように、あっさりと彼らの記憶から消えるのだろう。

 それでも。決して、自分の命が惜しくて、それを見苦しく誤魔化すために、必死に保身を考えているなどと――アルズに誤解されているような、卑しく浅ましい理由なんかじゃない。


 そう、せめて、アルズの誤解を解くために。

 そうして今までにないほど、アルズの役に立てるなら。

 怖くなんてないはずだ。



「私は……従わされてるわけでも、追い詰められてるわけでもない……

 私は私の意志で、アルズの力になりたいの……私は私自身の望みで、アルズの隣にいたいの……!

 私がアルズを好きなのは、私自身の気持ちよ!!」


 堰を切ったように発露した感情は、一度溢れ出すと止まらない。

 アルテノーラの張り上げた声はひりつき、微かに震えている。


「これ以上、誰も……私の気持ちを捻じ曲げないでよ!!」


 アルテノーラの叫ぶ声が、廊下に響く。

 ジュディエはただ黙っているが、その瞳には微かに何か――冷淡さの裏で息を潜めていたものが、熱くも虚なしげに揺れていた。

 そんな顔をする奴だったか。後ろ髪を引かれながらも、それを振り切るようにアルテノーラは踵を返した。

 そのまま遠ざかっていく彼女の背中に、まだわずかに届くジュディエの声が投げかけられる。


「……忘れるな。〝言われたことをする〟のと、〝選んでそうする〟のとでは、意味が違う」


 アルテノーラは足を止めなかった。ジュディエもそれ以上、追いかけようとはしなかった。




* * *




 煩わしいものを全て振り切るように、アルテノーラは荒々しい足取りで廊下を進む。

 そんな彼女の歩みを引き止めるかのように、突然、目眩の如く視界が明滅する。


「っ……!」


 がくりと体がぐらつき、咄嗟に目を閉じたアルテノーラのまぶたの裏に、何かの光景と声がフラッシュバックした。



 ――『アルズのこと、あなたが支えてあげてね』



 まだ幼く、視線が低かった頃の自分に合わせて、しゃがんで向かい合う長い髪のシルエット。

 今のアルテノーラを、そのまま鏡に写したような、瓜二つの見た目の女性。似ているというより、自分がもう一人、別にいると言った方が正しい。

 自分はこんなに優しい目をしたことはなかったが。

 目の前の彼女は、小さかったアルテノーラの頭をそっと撫でて、抱き寄せた。

 唐突に始まった光景は、電源が落ちるようにブツリと終わった。


「……同じ、顔……」


 片手で顔を押さえるアルテノーラは、今しがた見えた景色をもう一度辿る。

 

 同じ顔。もう一人の自分。自分とは別の個体の同型機――A型だろうか。

 だとして、どうして特定の個体のことを突然、こんなにも鮮明に思い出したのか。

 『ALUTEN0RA(アルテノーラ)』の名を与えられた自分以外のA型は、どれもみんな同じ一括りにされた『A型』で、どれが誰かという区別などないはずなのに。

 

 同型機で、なおかつ〝個〟としての認識が残っていて、自分よりも先に生まれて成長が進んでいた個体。

 人類の言葉で『姉』とでもいうのだろうか。

 そんな存在は、今初めて見たというのに、どうして突然〝思い出した〟?

 それが本当に存在したとして、なら、それは今――どこへ行った?

 

「私に……姉なんていた……?」


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