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第26話 ポリネーター-2

 コキュートスの拠点、アンダーベース。

 調整を終えてホールに戻ってきたジュディエ、カイル、そしてアルテノーラ。

 その中で、そのアルテノーラただ一人だけ、調整を受けてなおどこか顔色が悪いままだった。


「ねぇ……メイアは結局、戻ってきてないのよね……。コントロールルームで確認すれば、もしかしたらコアの生体反応はまだ消えてないんじゃ……」

「……?」


 ホールのソファに座るカイルとジュディエに、アルテノーラが恐る恐る近づいて問いかける。だが二人の反応は鈍く、カイルは首を傾げるだけだった。


「カイル、あんたいつもメイアとベタベタしてたでしょ……! メイアが帰ってきてなくて不安じゃないの!?」


 やけに語気を強めて問うアルテノーラに、カイルとジュディエは顔を見合わせる。そしてカイルは率直に答えた。


「メイアって、M型のこと?」


 アルテノーラの思考が、真っ白に凍りついた。



「……え……?」

「そりゃ俺ら四体で一組だけどさぁ。てか今の空きってどうなんの?」

「そのうち補充されるんじゃないか」


 アルテノーラの困惑を置き去りにして、彼らは勝手に話を進めている。

 任務から帰還する前まで存在していた、一体の『ME1A(メイア)』ではなく、量産され控えている〝彼女たち〟全体の総称――型番号の話を。

 アルテノーラが聞いていることと、二人の頭に残っているであろう情報は、完全に別物だ。


「……じゃあ……任務の前に王都の市場に行ったことは……? メイアに服を……貰ってたじゃない……」

「そりゃ覚えてるけど、地上で人類の変装して紛れ込むなんて、今まで何回もやってんじゃん。急にどうしたんだよノーラ」


 酷い酔いのような感覚に襲われながら、アルテノーラは続けて問う。だが、カイルにとっては過去の任務記録(バックログ)の一つに過ぎない。まるで昨日の夕飯のメニューでも聞かれたように受け流すだけだった。


「ジュディエは……何か違和感とかないの……?」

「いや、別に。ただ今の状態で出撃することになると、四人を前提に構築されている俺たちにとっては、いつも通りには勝手が効かなくなるぞ」


 元よりジュディエは他者に無関心だ。だが口に出さないだけで、何も考えていないのではないことも知っている。それこそ、王都でえらく口数が増えたときのように。

 だから彼なら、自分やカイルでは拾えないものも的確に感じ取っているのではないかと思い、確かめた。

 出てきた答えは確かに自分たちにとっては重大で、しかしメイアに関するものではなかったが。



「なぁ大丈夫か? ノーラ」


 みるみると顔色が悪くなるアルテノーラに、いつもは能天気なカイルもさすがに異変に気づいたのか、心配そうに顔を覗き込んでくる。


「……あ、あの時……私が、あんなこと言わなかったら……メイアは、今でもまだ……い、生きてたかもしれない……」


 今の二人に理解されるとは思っていない。ただ、胃の底からせり上がってくる鈍重な吐き気を、言葉として吐き出さずにはいられなかった。


 彼らの言う通り、ほどなくして新しいM型がロールアウトされるだろう。

 それがもし、死んだメイアと一寸違わぬ顔で、声で、喋り方で、ほんの一時不在にしていただけのような振る舞いをしていたら。そのまま自分たちに問題なく馴染んだら。自分もそれに慣れてしまったら。

 想像するといっそう吐き気が酷くなる。


 はっきりとわかったのは、アルテノーラだけがメイアに関する記憶と感情を消されず、そのまま残されているということ。

 意図的であったのなら、何故?

 いや、思い当たる原因はなんとなくわかっている。問題はその原因を知ったあの人に、自分がどう思われていて、どのような反応を期待して、このような調整をされたのか。


 どうせ自分だけしか覚えていないのなら、ここから自分の意思で動いても、何も変わりはない。

 



 * * *




 アルテノーラは一人、コントロールルームに踏み入れた。

 壁一面に、ホログラムのウィンドウが幾重にも表示され、画面上のデータが目まぐるしく変化している。ここで自分たち氷人形のコンディションを管理していると、以前ベリアルが言っていた。


 この中のどこかに、自分たちの稼働状況が映し出されていて、それが三体分しかないのなら――

 己の目ではっきりと確かめたいような、それでもやはり見たくないような、せめぎ合う焦りと不安が、視線の移動を重くさせる。

 そうして躊躇っている間にも。


「一人でこんな所に来るなんてどうしたんだい、ノーラ」


 背後から、男の声が響いた。

 アルテノーラの肩が一瞬びくりと跳ねる。だが、取り乱すことはなかった。最初から、彼はここに来ると思っていたから。そうでなければ、自分から探しに行くつもりだったのだから。


「……アルズ……」

「珍しいね、君が一人でこんな所に来るなんて。何か調べ物かい?」


 常闇のアンダーベースでは異様に目立つ、白い髪に白い服の青年――アルズ。

 コントロールルームの入り口から差す明かりで逆光に染まった彼が、静かにノーラのほうへと近づいてくる。



「あ……あの……メイアは……」

「死んだよ。ラインゼル軍機関で」


 信じられないほどあっさりと、アルズは答えを吐き捨てた。

 アルテノーラは衝撃と戦慄のあまり、俯いたままの顔を上げられず、目を見開く。


「君がそんなことを気にするなんて、つくづく意外だね。そんなに仲良かったっけ?」

「私なんかより……カイルのほうがよっぽど、メイアと一緒だったことはわかっています……でも……そのカイルが、あんな……!!」

「ああ、身近な『友達』が突然死んでショックが大きかったんだね。君は気が強いようでいて一番繊細だから……ほら、大丈夫だよ」

「……!」


 拒む間もなかった。話しているアルテノーラに構わず、アルズはおもむろに腕を広げ、彼女を抱き入れた。

 アルズの胸が、肩が、顔が、触れている。それだけでアルテノーラの思考と言葉が遮られた。


 いつもはこんなことしないのに。どうして今日に限って。アルズの行動の意図がつかめず、アルテノーラの体だけが固まる。

 それとは裏腹に、互いに触れている部分から伝わる体温がたまらなく心地良く、全てを委ねてしまいそうになる。

 アルテノーラは己の意識を手繰り寄せ、顔を少し離してアルズを見上げる。



「……どうして……私だけ、記憶を……」

「その様子だと自分でも気付いてるみたいだね。ちょうど良かった、僕もいろいろ聞きたかったんだ」


 アルズは柔らかく微笑んでいるが、暗闇でも淡く光るアイスブルーの目は、いたく冷ややかだ。


「メイアに戦うように強いたのは君だよね、ノーラ」

「……っ……」

「僕はちゃんともう戻るんだよって言ったのに、あんな無謀にアイたちに挑んでいったのは一体なんでだろうって、ショックでたまらなかったんだけど……

 君が命令したからだったんだね。あんな怒鳴り方をして、徹底的に追い詰めて」

「そ……そんなつもりじゃなくて……ただ感情的になってしまっただけで……わ、私はちゃんと止めたの……! それに――」


 考えるより先に言葉が溢れ出し、アルテノーラは必死に弁明を重ねる。

 だが――説明を探しているうちに、〝本来あり得ないこと〟に気づく。



「――え……、どうして……アルズが……それを知っているの……?

 あの時アルズはまだ、傷が癒えていなくて眠ってたはずじゃ……」


 アルテノーラとメイアが口論していた時。アルズは昏睡状態で、一切の外界から遮断され、専用の治療用培養槽の中にいた。

 だから、全員がどうにかアルズが目覚める前に次の作戦の勝算を立てなければと、極度の焦りに駆られていた。アルテノーラ自身もそうだった。

 少なくとも、あのタイミングでアルズ本人が知る術はないはずだ。まさか〝それ以外〟の手段がある? 混乱するアルテノーラをよそに、アルズは話を続ける。


「わざわざこんな所まで確認しに来たのは、メイアが生きてるとバラされるかもしれないから?」

「ち、違うの……! 本当に私はメイアに死んでほしかったわけじゃなくて……!」

「作戦内容は先に知ってたよね? 軍機関での大きな戦闘だから、いざって時に自分が生き残るように『友達』に行かせたの?」

「そうじゃないの……!!」


 静かに追及するアルズと、否定を繰り返すだけのアルテノーラ。このままでは平行線だと判断したのか、アルズは切り口を変えた。


「ノーラ、僕はね、君が僕のことを好きだと思ってくれているのが本当に嬉しいんだ。だからこそすごく悲しいんだ。

 本当のことを言ってよ、ノーラ」


 じっと目を覗き込みながら、最もアルテノーラの情に訴える言葉を囁く。彼女はっと息を呑み、弁明の言葉が止まった。しかし応えることはなく、そのまま口をつぐんでしまった。


「……どちらにせよ、結果としてメイアはあんな窮地でも、アンクサリスが倒されるのを防いでみせた。自分の身を犠牲にしてね。

 僕たちに成果をもたらして戦死したメイアに報いるなら、『友達』として、君も相応のことしなきゃ。そうだよね?」

「相応の……こと……」


 もっともらしい大義を語るアルズ。だが、彼が具体的に何を求めているのか読み取れず、アルテノーラは懸命に思考を巡らせる。

 しかし何をどう答えればいいのか、果たしてそれでアルズの誤解を解けるのか、結局答えに辿り着けなかった。


「わ……私は、どうしたらいいの……」


 アルズの腕の中で肩を縮こまらせ、消え入りそうな声で問うアルテノーラ。

 普段の高圧的で、カイルやメイアを小馬鹿にしている様子とは、まるで別人のような姿。だが、これが彼女の本質であることを、アルズはとうの昔から知っている。



「ノーラ、君の魔力元素はなんだい?」

「……植物……と、毒……」

「そう、植物。じゃあ植物はどうやって繁殖して、滅びないようにしてるんだっけ?」

「……水と、土の栄養と、太陽の光……花が咲いたら、花粉が、運ばれて……種が……――」


 何故、今そんなことを聞いてくるのか。わからないながらもアルズとの会話を途切れさすまいと、アルテノーラは今まで地上で得た知識を頭の中でかき集め、問われるがままに答える。


「やっぱり君はしっかりしてるね。そう、花粉だよ」

「……花粉……」

「離れた場所同士にある花から花へ、別のものを使って運んでもらう。目的の場所の奥深くまで」


 幼い子どもに他愛ない知識でも教えるかのように、アルズは語る。


「君がそれをやるんだ」


 アルズの言葉に、アルテノーラはさらに困惑する。話が飛躍しすぎている。だが、今度はアルズのほうが、饒舌に喋る声音に奇妙な熱が宿り始める。



「僕たちの『父さん』は、遠く離れた場所にいる……。

 だけど、アンクサリスの復活が進んだおかげで、その入り口をほんの少しの時間なら開けるようになったかもしれないんだ。

 だから『父さん』を救うために必要な、大事なエネルギーを、君がその場所まで運ぶんだ。『父さん』がいる奥深くに」

「アルズの……お父様……」

「大事な大事なエネルギーだから、大事なものに入れて慎重に運ばないと。

 それに……君のことも大事だから、無事に僕のもとに戻ってきて欲しいんだ」


 陶酔にも似た、熱を帯びた声で紡がれたその呼称を、アルテノーラも従順に復唱する。そして、“大事な”という言葉を体現するように、アルズはアルテノーラを抱く腕にそっと力を込める。



「だから君の体にエネルギーを入れて、君が直接『父さん』に会うんだ」


 真正面から突きつけられたその言葉に、アルテノーラの心臓がドクンと跳ねた。


「大丈夫、これから僕がちゃんとやり方を教えてあげる。教えた通りにしたらいいから、ちゃんと覚えるんだよ」


 アルズの長い指先がアルテノーラの肌を滑り、頬を撫でた。

 コントロールルームの暗闇の中で、その手つきを照らし出すように、モニターから漏れる青白い明かりが、抱き合う二人のシルエットを浮かび上がらせる。

 やがて、その二つの影が一つに重なるが――アルテノーラの肩は、震えているままだった。


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