第26話 ポリネーター-1
ドルゴラッヘ火山の麓の街。
アイ一行とは別の、リオウたち教団のダズフェルグ隊が停泊している宿。自分の部屋に戻るラスティが廊下を歩いていると――
部屋の扉の前に、壁に背を預けて腕を組んでいるジフが立っていた。
「こんな所で何してんだジフ。お前はあっちのほうに泊まるんじゃねぇのかよ」
「俺もダズフェルグ隊の隊員だ。立ち入りの許可は得ている」
ジフはゆっくりと壁から身を離し、ラスティと向き合う。
「ラスティ、お前に……いろいろと確認したいことがある。
王国での晩餐会で、スレトニウス公務官を深追いするなと言っただろ。まだ関わり合いになってるのか。定例会の見学って何だ」
「……ほんとにいろいろ確認しすぎだろ」
いざ口を開けば、間髪入れずに浴びせられるジフの怒涛の詰問に、ラスティは呆然としてしまう。
「お前も見ただろ、公務官が街の人たちにどんな非礼をしていたか。あんな人に、お前が媚びへつらうような真似をして」
「俺だってあんなの本気で言ってたわけじゃねぇよ。あいつは適当におだてときゃ満足して帰るんだからよ」
「だから何故お前がそんなことまで知っている。あの人と仕事での関わりなんてなかっただろ。何だスレトさんって」
「なに怒ってんだよジフ」
追及が止まらなくなっていたジフだが、自分でも無自覚に熱くなっていることをラスティに指摘され、ぐっと押し黙った。
「……いつものお前なら、相手が上官だろうと何だろうと、納得いかないことはその場ではっきり言っていた。素直で気が弱いサギリが教団でやっていているのは、そういうお前が傍について理不尽から守ってやったからだろ」
一度冷静になったジフは、確認せずにはいられなかった理由を絞り出すように続けた。
「あんなの……お前らしくない。街の人たちやアイたちに、あれがお前だと思われるのが、俺は……腑に落ちない」
そして最後にジフが口にしたのは、彼にしては珍しい、感情的な結論だった。
どこか悔しがるような……歳相応に拗ねたような顔と声音。そんなジフを見て、ラスティは豆鉄砲を喰らったようにポカンとしていた。
「……ジフお前、そういうこと言うの、ガキの頃みたいで久しぶりだな」
「……え?」
ラスティの率直な一言に、今度はジフが面喰らったように顔を上げる。見れば、最初は困惑していたラスティの表情も、次第に和らいでいた。
「定例会っていうのは……あいつが片手間にやってる、いかにも胡散臭い集会。最初はあいつが、俺の話題でよそのお偉いさんとコネ作るために、座ってるだけでいいからって誘われたんだよ。
俺も興味はなかったけど、何事も経験っつーか、世の中にはそういうのもあるんだなーって興味本位で、一回見てみただけ」
ジフの様子を見て、彼なりに理解したのか、ラスティがようやく重い口を開いた。
「まあ、中身は……教団にいる俺らが言えたことじゃねぇけどよ、教団よりももっとカルトだった。
〝星になって偉くなりましょう〟ってだけの話を延々と何時間もやってた。〝偉くなる〟って改めて考えると何なんだろうな……」
「それは……」
「あんなんでリオウの足引っ張れんのかよって思ったけど、確かに自分が得するためなら平然と口裏合わせしそうな集まりではあったな」
よほど精神を削られたのだろう。回想するラスティの顔には、隠しようのない疲弊が滲んでいた。
「それに……さ、俺も教団でやりたいことがあるんだ。上層部の人らがどうやって仕事を取り付けるか、見てみたかったってのもある」
「やりたいこと?」
「未確認魔力体の事件の捜査を、ちゃんとした枠組みを作って本格化したい。今は検挙率の明確化のために、資料集めしてる」
「…………」
ラスティから打ち明けられたのは、直前までの軽薄な雰囲気とは一転、真剣で現実的な目標だった。
予想だにしなかった告白に、ジフは思わず言葉に詰まった。
「俺のことだけじゃない。お前のあの大星座様のお守りも、本当ならもっと大手を振って評価されるべきなんだよ。
サギリだって、気付いたら王女様と仲良くなってるしよ……あのまま『王女の友達』になるなら、胸を張って立てる相応の身なりとか、身の振りができた方がいい。
いつまでもリオウのおこぼれを待つより、俺たちが自分の足で生きていくための準備を、今から始めといた方がいいんだ」
「……ラスティ……」
ラスティがこれほどまでに未来を見据え、自分たちの行く末を真摯に考え、既に行動に出ていたなんて。ジフの想像の及ばないところで、ラスティは誰よりも最年長としての重圧と責任を、独りで背負っていた。
「あのスレトニウスがまともに俺の話を聞くだなんて、ハナから期待してねぇよ。こっちも資料作りの練習台にさせてもらっただけだ。
俺はお前らと三人で生きていくためにやってるだけで、あいつについていく気なんか更々ねぇよ」
そう言い放ったラスティの言葉に迷いはなかった。良くも悪くも己を貫く、ジフのよく知るラスティそのものだった。これからも自分たちと生きていくため、という彼の言葉が、ジフの胸に強く響く。
「……わかった。疑って悪かった」
素直に引き下がったジフの顔には、罪悪感が滲んでいる。いたく素直なジフに、ラスティはふっと笑みをこぼす。
「お前も精鋭って言われるようになって、すっかり仕事人間になっちまったけどよ、根っこは昔のお前のままで安心したぜ」
「なっ……おい、こんな所で頭を触るな!」
ラスティが伸ばした両手で強引にジフの頭を撫でくりまわし、いきなりの行動にジフも抵抗する。しばしの間、廊下に少年たちの無邪気な声が響いた後、満足したらしいラスティがようやく手を離す。
「……それにさ、前に民間人の女の子を助けたって話をしただろ。
その女の子からお礼の手紙をもらって、返事くらい送っとくかって思ったら……意外と続いててよ……」
「文通してるのか」
「だから、まあ……足るを知るっつーの? 慣れない派手なことするより、今のまま続けるほうが性に合ってんのかもなって」
普段は粗野なラスティも、人助けの縁には悪い気はしないのだろう、照れくさそうに口角を緩めながら意外な近況を伝える。
その穏やかな様子に、危ない橋を渡っているばかりではないのだと、ジフも安堵する。
「今回の任務をさっさと終わらせたら、空いた時間でこの街の温泉にでも行こうぜ」
「温泉……?」
「後でサギリにも言っとくか」
ラスティはすっかり仕事そっちのけでその後のお楽しみを提案する。ジフは反射的に小言を言いそうになった。だが、探り合う必要がなくなったというラスティなりの不器用な気遣いなのだろう。
それを悟ったジフは、今度は彼を信じてみようと、念を押すように言葉を繋いだ。
「明日はお前とサギリも現場に来るんだろ。待ってるからな」
「わーってるよ」
「じゃあ……明日」
ジフはまだ少し名残惜しそうにラスティを一瞥し、踵を返してその場を去っていく。
遠ざかっていく背中を、ラスティが送る。曲がり角の向こうへ完全に姿が見えなくなった。それから少し、間を置いて。
ラスティはおもむろに、懐から通信機を取り出した。
手のひらに収まるタブレット状の画面を、ラスティは片手で操作する。画面には、ファイルデータのタイトルが何列も並んでいる。
――未確認魔力体の事件記録。先ほどジフに話した、ラスティの目標を果たすために掻き集め、時に自身の手で集約した資料の数々。
まだ誰にも見せたことのない、複雑な保存場所を開き続け、その一番最後にようやく表示される一つのとあるデータの名を、ラスティは無言で見つめていた。
『Case.27 未確認魔力体モトクラ・アイヨシに関する記録(十三件)』




