ドロシーの涙
「ベルン様……本当にこの御方は大丈夫なのでしょうか? 医者を呼んだ方が良いと思いますが……」
「アンナは心配しなくて大丈夫だから。それより、もうそろそろ部屋から出ていってちょうだい」
「は、はい……」
アンナは、しょぼんとした顔をして命令通り部屋から出る。
普段のベルンが、アンナに対してここまで冷たく接することは決してない。
しかし、今だけはそうなってしまうのも仕方がなかった。
「……ドロシーさん。目を覚ましてください……」
ベルンは膝をつき、ベッドで眠るドロシーと同じ高さで声をかける。
魔王の手によって殺されてしまったドロシーであるが、リヒトが攫われる直前に死者蘇生を行ったことで、何とか息を吹き返した。
まだ意識を取り戻していないが、心臓は確実に動いている。
へし折れたはずの首も、中途半端なスキル発動でありながら見事に修復されていた。
ベルンがふとその首に触れようとしたところで。
コンコン――と軽く窓がノックされる。
「――魔王様!」
「ん? なんじゃ、ベルンは無事ではないか。狙われていると聞いておったが、ドロシーが報告ミスとは珍しいな」
「い、いえ、敵の狙いは私ではなくリヒトさんだったのです!」
なんじゃと――とアリアは呟く。
ヘラヘラとしていた雰囲気から、一瞬で真面目な顔へと変化した。
「おい、リヒトはどこじゃ。ドロシーはどこにおる」
「……ドロシーさんならあのベッドです。リヒトさんは……連れ去られてしまいました」
「――チッ」
軽く窓から侵入したアリアは、一直線にドロシーが寝ているベッドへと進む。
まずはその体に触れ、呪いなどがかけられていないかを確認。
次に服をめくり、重要器官が破壊されていないかを確認。
最後に呼吸しているのを確認して、ふぅと大きく息を吐いた。
「ドロシーは殺された後、リヒトに蘇生されておるのか?」
「は、はい! ですが、連れ去られるギリギリでのスキル発動だったみたいで……その影響かもしれません」
「なるほどな」
何かに納得したかのようなアリアは、両手でドロシーの胸ぐらを掴み――
ゴツンと音を立てて頭突きをする。
「いったぁ……」
「目が覚めたようじゃな、ドロシー」
「ま、魔王様!?」
ベルンがどう頑張っても目覚めなかったドロシーが、アリアの手によっていとも容易く目を覚ます。
それも、全く思いつかなかった方法でだ。
「あっ! リヒトが! 魔王様、リヒトが連れ去られて――!」
「もうベルンから聞いたのじゃ」
頭突きされた痛みによる涙か、それともリヒトが連れ去られてしまった事実に対しての涙か。
ドロシーの目から、ポロポロと雫がこぼれ落ちる。
拭っても拭っても――目が乾くことはない。
「やられたのじゃ。リヒトの存在が知られていたのもそうじゃが、まさか人間界に直接現れるとはな」
「リヒト……うぅ……」
「とりあえずディストピアに戻るぞ。話はそれからじゃ。それとベルン――言っておくが、リヒトを攫った愚か者に人間を近付かせるなよ」
「わ、わかりました……!」
アリアはそう言うと、泣き止むことのないドロシーをおんぶして窓から出て行く。
ベルンは最後まで。
アリアの瞳の奥にあった、炎のような怒りに恐怖していたのだった。
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