第八話 死闘! 勇者vs大杉大魔王
「待たせたな、大杉大魔王、いざ尋常に勝負しろ」
マタロウと三人の仲間は、再び大杉大魔王と対峙した。
今はもう仲間の必殺武器も三種の神器もきび団子もない。ひとつのミスが勝敗を分けるギリギリの戦いに挑もうとする四人であった。
「また来たのか。懲りぬ奴らじゃのう。無意味な行為だということがまだわからぬとはな」
「ふっ、いつまでそんな余裕をかましていられるかな。さあ、これを見ろ」
マタロウはホームセンターのレジ袋からハンドドリルと除草剤を取り出した。
途端に大杉大魔王の顔色が変わった。
「そ、それは除草剤! どこでその技を知ったのじゃ」
「賢者に教えてもらったのだ」
いや、別に馬鹿正直に答えることもないだろうに、やっぱり馬鹿だなこいつは、と思う三人の仲間であった。
「そうか。わかった。その技を知られてしまっては、もはやわしに勝ち目はない。好きにするがよい」
大杉大魔王そう言うと潔く目を閉じた。いかにも大魔王らしい降参の仕方であった。
「はっはっは。参ったか、大魔王め。さあてそれじゃ、さっそく穴を開けて除草剤を注入してやるか」
マタロウはハンドドリルを木の根元に当てると、ゆっくりと回し始めた。キリキリと音を立てて木屑が周囲に散らかっていく。
三人の仲間は目の前の大木にそこはかとない哀れを感じつつ、マタロウの作業を見守っていた。
「お待ちください!」
四人の後ろで大きな声がした。その声には聞き覚えがあった。牢屋から四人を逃がしてくれた村娘の声だ。娘はマタロウに駆け寄ると、その手からハンドドリルを奪い取った。
「これ、娘、何をする」
「御神木を倒すのは何卒おやめください。もし、やめていただけないのなら」
村娘はハンドドリルを自分の首に当てた。
「この首に穴を開けて自害いたします」
「な、なんと!」
思わぬ展開にマタロウは狼狽した。
いかに大魔王討伐に全力を注ぐマタロウといえど、人ひとりの命と引き換えにはできない。いくら馬鹿でもそれくらいの常識はあるのだ。
どうすればよいのかわからず困惑するマタロウの背後から、大杉大魔王の声が聞こえてきた。
「娘よ、わしのために命を懸けるような馬鹿な真似はやめなされ。わしはもう覚悟はできておる」
「いいえ、やめません。この人たちは勘違いをなさっているのです。御神木は何も悪いことはしていません。悪いのはむしろ人間の方なのですから」
きっぱりと言い切った村娘を見て、マタロウは可笑しくなった。
先程からの常識外れの言動から推察するに、どうやらこの大魔王にたぶらかされているようだ。可哀想に、正気に戻してあげなくては……マタロウの正義感がむくむくと頭をもたげてきた。
「君は何を言っているのだ。魔族花粉を撒き散らして人々を苦しめているのは大魔王ではないか。それなのに何故人間が悪いなどと言うのだ。もしかして、君、頭が悪いんじゃないのか」
いや、その言葉、マタロウには言われたくないだろ、と三人の仲間は思いながら言い合う二人を眺めていた。
村娘はマタロウに近づくと、ハンドドリルを首に当てたまま跪き、目に涙を浮かべて言った。
「では、お聞きします。人間はこの青い空を汚していないと胸を張って言い切れるのですか」
「空を汚していない、と?」
「豊かな生活の為に様々な物を作る工場から吐き出される排煙。楽に早く移動する為に利用する乗り物から吐き出される排ガス。アスファルトで固められた道路から舞い上がる粉塵、副産物として発生する有害ガス状物質。ハウスダスト。隣の国から飛んでくるPM2.5。これらはみんな、人間が空中に撒き散らかしたものではないのですか。花粉飛散は生物としてのやむを得ない行動です。でも、これらの危険物質は人間の欲望のために生みだされたもの。魔族と呼ぶのに相応しいのは、むしろ人間の方なのではないのですか」
「そうだな、確かに。そうね、本当に。うん、そうかもしれない……」
涙に濡れた瞳でマタロウを見上げながら訴える村娘の話は三人の仲間の心を打った。マタロウもまた無言で立ち尽くすのみだ。
「この村には花粉症の者はひとりもおりません。大都市から遠く離れた田舎ゆえに空気はきれいで、昔ながらの質素な生活で満足しているからです。欧米志向の食事、不規則な生活、ストレスの多い環境、そして自らが招いた大気汚染などによって、本来は反応しにくい花粉に対してアレルギー反応を起こしやすくなってしまったのだとしたら、花粉症を引き起こしているのは、むしろ人間自身と言えるのではないのですか。それでもこの御神木に全ての罪を着せようとするのですか。自分で自分の首を絞めている姿にどうして気づかないのですか」
「考えてみりゃ、俺もバリバリ言わせながら単車を転がしていたなあ」
「あたしも料理が面倒でインスタントばかり食べていたっけ」
「ボクもお菓子を食べ過ぎてお母さんに叱られたことがあるよ」
三人の仲間がこれまで抱いていた大杉大魔王への敵意は、もはや完全に消滅していた。彼らの前にそびえ立つのは樹齢数百年の荘厳な杉の木、それ以外の何物でもない、それが三人の仲間の今の気持ちだった。
「なあ、マタロウ、考え直さねえか。間違っていたのは俺達の方だったのかもしれねえぜ」
無言で立ち尽くすマタロウに近づいて肩を叩くサルウ。そのサルウの顔がギョッとなった。
「お、おい、マタロウ、お前……」
「か、かわええ~」
マタロウの顔からはそれまでビシッと決めていた勇者の険しさは消え、青春真っ只中の高校生の緩さ満載の表情に変わっている。
「あ、僕、マタロウじゃないよ。魔太郎だよ。もう、勇者なんかやめちゃったんだ」
「お、おいおい、キャラが元に戻っちゃってるよ」
実を言うと頭の悪いマタロウは、村娘の話の内容をほとんど理解できなかったのである。
それよりもマタロウの心を動かしたのは両目に涙を溜めてウルウルした瞳で自分を見詰める村娘の姿だった。若い女性にこんな間近でこんな瞳で見詰められた経験のないマタロウが、「君子豹変す」の諺どおりの現象を起こすのは致し方のないことであろう。
「わかったよ。ボク、もう御神木を倒さない。君の言うとおりにする」
「本当ですか、勇者様、ありがとうございます。嬉しい!」
村娘は手にしたハンドドリルを投げ捨てると、満面の笑みを浮かべてマタロウに抱きついた。
「ほにゃ~」
力なく地面に崩れ落ちるマタロウ。キャラが変わっても情けなさは変わらないなあと呆れ顔の三人の仲間。それを見守る大杉大魔王改め村の守り神の御神木。丸く収まってよかったなあと胸を撫で下ろす作者。このお話もようやくラストに近づいてきたようだ。
「あ~、でもイノッセ国王には何て言えばいいかなあ。大魔王を倒さずに帰ったりしたら怒られないかなあ」
「そうですねえ、それはちょっと心配ですね……そうだわ、花粉症のシーズンが終わるまで、村に滞在なさったらどうですか。花粉症に苦しむ人が少なくなった頃に帰れば、それ程お怒りにはならないでしょう。それに御神木を倒すのをやめたと知れば、村人も大歓迎してくれるはずです」
「おう、それは名案だ。温泉につかってのんびりしようぜ」
「やっと羽根布団で眠れるのね」
「わーい、ご馳走だあ」
喜ぶ三人の仲間達はさっそく石段に向かって歩いて行く。マタロウは村娘の手を取ると少し照れくさそうに言った。
「あ、あの、よかったら名前を教えてくれないかな」
「イノコです」
「イノコちゃんか、いい名前だね。あの、牢屋では嘘をついたりしてゴメンね。そ、それで、できれば電話番号と、メアドを教えて欲しいんだけど」
顔を赤くして頼むマタロウに、イノコはにっこりと笑みを返した。
立派だよ、勇者マタロウ。
自分の非を素直に認めるなんて簡単にはできないことさ。
大丈夫、イノッセ国王はきっと赦してくれるはず。
今はゆっくり休んでくれ、勇者マタロウ!
次回、最終話!
つづく!




