第七話 賢者のお屋敷
神社の石段を降りるマタロウと三人の仲間。サルウが声を掛けた。
「おい、マタロウ、これからどうすんだ」
そう訊かれても答える言葉はない。完全に袋小路状態である。
「そう言えば、あんた牢屋で携帯をいじってなかった?」
キジコにそう言われてマタロウはポケットから国王直通携帯電話を取り出した。牢屋で水鉄砲を再装着した時、戦いの邪魔にならないようにポケットに押し込んでおいたのである。どうせここでも圏外だろうと思いながら、液晶画面に目をやると、
「やや!」
あろうことかアンテナはバリ三(ほとんど死語?)である。さすが御神木を観光資源にしている村。観光客への気配りは忘れていない。
マタロウはさっそく第一のボタンを押した。
「ピー。おかけになった番号は現在電源が入っていないか、電波が届かない場所にあります」
仕方ないなあと思いつつ、マタロウは第二のボタンを押す。
「ピー。おかけになった番号は現在電源が入っていないか、電波が届かない場所にあります」
なんだよこれ、と思いながらマタロウは第三の以下略。
「使えねえー!」
第三のボタンも繋がらない。これじゃボタンが三つある意味がない。しかもこの番号以外に掛けられないのだから、これではただの箱である。
マタロウは捨てちゃおうかと思ったが、一応レンタルされた物なので、これまで通りネックストラップで首に掛けた。
「あれ、マタロウお兄ちゃん、この紙、何?」
イヌタが拾い上げたのは地図である。携帯と一緒にポケットに入れていたので、出す時に落ちたのだろう。
「ねえ、マタロウお兄ちゃん、この花丸ライオンマークは何?」
「花丸ライオンマーク?」
マタロウは首を傾げた。そんなマークは地図にはないはずだ。
まあ、子供のことだから何かの記号を見誤っているのだろうと、イヌタが眺めている地図を覗き込むと、地図の上部に確かに花丸の中にライオンの顔を書いたマークがある。
「やや!」
マタロウの声を聞いて、サルウとキジコも覗き込んだ。そのマークの横には、
「ここは賢者の屋敷だよ。仲間を集め終わったら、大魔王と戦う前にここに寄ってね」
と書いてある。
キジコが大声を上げた。
「マタロウ、あんた、どうしてここに行かなかったのよ」
「いや、こんなマーク、知らなかったのだ。そもそも従僕はそんな説明をしなかったしな」
「説明がなくても見ればわかるじゃないの」
「私は余計な部分には目をつぶる主義なのだ」
キジコもサルウもすっかり呆れてしまった。しかし、これで今のこの八方塞りの状況は打破できそうだ。
さっそく四人は地図にある賢者の屋敷へ向かった。
屋敷は神社とは反対側の村はずれにあった。ありふれた普通の家である。マタロウは玄関の呼び鈴を押した。
「ピンポーン。私は勇者マタロウだ。賢者よ、話がある」
「あ、はーい。ちょっと待ってね」
なんだか軽い感じの女性の声である。ドアが開くと少しお年を召されたご婦人が現れた。
「勇者さん、待っていましたよ。随分遅かったんですね。もしかして地図の花丸ライオンマークに気づかずに、そのまま帰っちゃったのかと思っていました」
「馬鹿な、私は勇者。そんなヘマをするはずがなかろう」
平気で嘘はつくし、見栄を張るし、とんでもない勇者だなあと仲間の三人がこそこそ話しているのは完全に無視して、マタロウは靴を脱いで家の中にあがりこんだ。
四人は居間に通され、そこで賢者のご婦人と向かい合った。
「さて、賢者よ。我々がここに来たのは……」
マタロウの言葉をさえぎって賢者が話し出す。
「それ以上は言わなくてもわかってます、ええ、わかっていますとも。大杉大魔王を倒す秘策を授けて欲しいのでしょう。うふふ。ありますよ。とっておきの技が。でもね、いくら勇者様でもそんな大事な技を無料で提供する訳には参りませんの。それなりの報酬をいただきますわ」
「報酬? 何だ、申してみよ」
「三人のお仲間が持っている三種の神器、それを譲ってくださいませ」
三種の神器……そんな大層な物を持っていただろうかと、考えを巡らすマタロウと三人の仲間。
すっかりハテナマークになっている四人に賢者は言う。
「もう、何をしらばっくれているんですか。花粉除けゴーグル、三層鼻マスク、スッカリのど飴のことですよ。あなたたちが持っているのはただのゴーグルやマスクや飴じゃないんですよ。その三つを装着すれば大気中花粉密度二百%の魔族空間に放り込まれても、平気のヘーで呼吸ができる優れものなのです。それを譲ってくださるのなら、大杉大魔王を倒す必殺技を教えて差し上げますわ」
「なんてこった、全然気づかなかったぜ……まあ、あたしそんな凄いマスクを持っていたのね……あののど飴、甘くて美味しいんだよ……そ、そんな秘密が隠されていたとは、マタロウ一生の不覚」
四人は同時に驚きの声を上げたのでひとつのカギ括弧以下略。
ちょっと唐突すぎやしないかなあ、いきなり三種の神器なんて……と感じる読者もいるだろう。まあ、ぶっちゃけ最初の設定では、マタロウは仲間の持っている三種の神器を装着して大魔王と戦うことになっていたのだ。その後、それよりも勇者は花粉症じゃないって事にした方が手っ取り早いじゃんと設定を変更したため、三種の神器は死にアイテムになってしまったのだ。でも、せっかく登場させたので何かに使いたい。で、ここで使うことにしたのだ。いやあ、使い道が出来てよかったよ。
「しかし、そうと知っちゃあ、簡単には譲れねえな」
サルオは懐からゴーグルを取り出した。
「これにそんな価値があるなら、こんな下らないことには使いたくないな」
「下らないとは何だ。大魔王を倒すのの何が下らないんだ」
「いや、あんたみたいな最悪勇者馬鹿のために、大事な物を使うのが下らないんだよ」
「最悪とは何だ。私は普通勇者馬鹿だ」
「やっぱり馬鹿だ」
睨み合うサルオとマタロウ。なんという事だ。ここに来て仲間割れとは。あと一歩、もうあと一歩で大魔王を倒せるというのに……
マタロウは無い知恵振り絞ってサルオを説得する妙案を思索した。
浮かんだ。頭は悪いのに、悪知恵はすぐに浮かぶのが勇者マタロウの得意技である。
「きび団子、返せ」
「へっ?」
「私はきび団子を一個も食べていない。あれはお前たち三人が全部食べたのだろう。三種の神器を渡せないと言うのなら、食べたきび団子を返せ」
「くっ、そう来たか」
あのきび団子ほど花粉症の諸症状の緩和に絶大な効果を表す特効薬を、サルオは知らなかった、返せと言われて返せるはずもない。
しぶしぶゴーグルを差し出すサルオ。それを見てキジコとイヌタもマスクとのど飴を差し出した。
「はーい、取引成立ですね。ではお約束通り、大杉大魔王を倒す必殺技をお教えしますわ」
賢者は嬉しそうに手を合わせると、レジ袋を取り出した。中にはハンドドリルと瓶が入っている。
「これは除草剤です。このドリルで木の根元に穴を開けて、除草剤を注入してください。根元から入った除草剤はやがて木の隅々にまで行き渡り、さしもの御神木といえども、枯死してしまうでしょう」
「おお! それはなんという妙案」
マタロウは歓声を上げた。勝てる、これなら必ず勝てる。しかし、同時にサルオも声を上げた。
「お、おい、ちょっと待てよ。このレジ袋、近くのホームセンターのマークが書いてあるじゃねえか」
それを聞いてキジコが袋の中をチェックする。
「あら、レシートが入っているわ。ハンドドリル――九百八十円。除草剤――千四百八十円。随分お安いわね。これ、ホームセンターに行ったら買えるんじゃないの」
「賢者よ、感謝する。これで我々の宿願を果たすことができそうだ」
「いえいえ、お役に立てて光栄ですわ。おほほ」
「こら、マタロウ聞けよ! ちょっとマタロウ聞きなさいよ! どうしてこんな物のために俺の大事なゴーグルを……あたしの大切な鼻マスクを……」
二人は同時に非難の声を上げていたので一つのカギ括弧以下略。
「さあ、みんな、行くぞ。この技で今度こそ大魔王を倒してみせようぞ」
「く、くそ、くそおー、俺のゴーグルを返せえ! あたしの鼻マスクを返してえ!」
サルウとキジコの悔し涙には全く頓着せず、マタロウは賢者の屋敷を出ると、神社に向かって歩き出した。
イヌタの出番が少なかったが、それは三人も描写すると話がくどくなるので省略したためである。彼ものど飴を取られてそれなりに悔しがっていたという事だけは書いておきたいと思う。
信じていたよ、勇者マタロウ、君は必ず戻ってきてくれると。
今度こそ、あの大杉大魔王を倒してくれ。
頼んだぞ、勇者マタロウ! 僕らの希望の星!
つづく!




