最終話 勇者の帰還
「で、花粉シーズン終了まで、大杉大魔王と死闘を繰り広げるも遂に力尽き、宿願を果たす事相叶わずしてここに帰還するに至れる事、慙愧にたえぬ事なれど、家に帰るまでが遠足との格言に従って、今日ここに参上した次第であります、と。そーゆー事ですか」
マタロウは玉座の間で、先程提出した報告書を読み上げるイノッセ国王の声をぼや~とした頭で聞いていた。
心ここにあらずのマタロウ、しかしそれは無理もないことだった。
イノコから事情を聞かされた村人達は大喜びでマタロウ達四人を歓迎してくれた。その宴会は数日に及び、三人の仲間はすっかりご満悦であった。
だが、陽気な三人とは裏腹にマタロウはずっと沈んでいた。それは、あの日を最後にイノコが姿を消してしまったからだ。村人にイノコの事を尋ねても、みんな、知らないと首を振るばかり。電話番号もメアドも結局、教えてはもらえなかった。
そろそろ花粉シーズンも終わり、報告書は村長に書いてもらって、いよいよ四人が旅立つ日になってもイノコは現れなかった。三人の仲間と別れ、ひとり、この玉座の間に居るマタロウが、捉えどころのない喪失感に襲われているのも仕方のないことだろう。
「イノコちゃん……」
「ん、何か言ったか、マタロウ」
イノッセ国王の質問にすら答える気力もなく、マタロウはぼや~とし続けていた。今、頭の中はイノコの顔と声と抱きついてきた時の柔らかい体の感触で埋め尽くされている。
「まあ、よい。報告書の最後は嘘っぱちだが、それ以外は正直に書いてあるからな。もっともこの報告書も自分で書いたのではなく、誰かに書いてもらったのだろう」
この言葉には、ぼや~としたマタロウの頭も反応しない訳にはいかなかった。
こんな面倒な報告書を頭の悪いマタロウが書けるはずもないので、誰かに書いてもらったのは国王でなくとも容易に推察できる。しかし最後が嘘っぱちだとなぜわかったのだろう。
戸惑うマタロウ。
含み笑いをするイノッセ国王。
「ふふ、気がつかなかったのかな。君に渡した国王直通携帯電話」
「ああ、あの役に立たないただの箱」
「実はあれ、GPS機能付き盗聴盗撮機だったのだよ。君達の足取りも、恥ずかしい会話も、隠しておきたいシーンも、あんな事もこんな事も、全てこちらには筒抜けだったのだ。」
「な、なんですと!」
マタロウはたまげた。全く気がつかなかった。それでは報告書なんかまるで意味がないではないか。マタロウは床に頭を擦り付けた。
「すみません、嘘をつきたくてついたのではないのです。必ず大魔王を倒すと言った手前、素直に諦めたと言い出しにくくて。それに国王の怒りを買わないように、一所懸命戦ったことにすればいいと忠告してくれる人もいたので、つい……」
「ああ、知ってる知ってる。知ってるよ、その人。おーい、パンパン」
最後の「パンパン」はイノッセ国王が手を叩い以下略。
合図と共に玉座の間の右側の扉が開いた。そこから入ってきた人物を見て、マタロウは我が目を疑った。
「イ、イノコちゃん!」
そう、マタロウが二目惚れしたあの村娘だった。
村に居た時は着物だったが、今はセーラー服姿。どうやら中学生のようだ。
ところで何故一目惚れでなく二目惚れなのかと言えば、最初の出会いでは惚れず、二度目の出会いで惚れたからである。作者の知るところの最高は百二十五目惚れである。それだけ会わないと惚れないのか、あんたらは、と思わずツッコミを入れたくなったように記憶している。まあ嘘だけどね、てへっ。
「あ、これはわしの孫娘のイノコ。どうだ、じいちゃんに似てかわいいだろう」
「そ、そんな……じゃあ、イノコちゃんは国王の回し者ってこと……」
マタロウの驚きを尻目にイノコはイノッセ国王の横に立った。
「もう、この人、ホントひどいのよ。牢屋では私に嘘を付くんだから。それに地図の賢者屋敷マークに気づいた時にはどうしようかと思っちゃった。だから、あんなマークを入れるのはやめてって反対したのに。まあ、でも私の演技力でどうにか御神木を守れたからよかったけどね」
「え、演技……」
「そうよ、私が涙を流せば、どんな男の子だってイチコロなんだから」
「あ、あの、イノッセ国王、これはいったいどういうことですか。国王は大魔王を倒せと命じているのに、孫娘がそれを阻止するなんて……」
さっきから驚愕しっ放しのマタロウを愉快そうに眺めながらイノッセ国王は言った。
「フリだよ、フリ」
「フリ?」
「そうだ。あの木を倒す気なんて、最初からこれっぽっちもなかったんだ。ただ国民の不満は最近限界に近づきつつあった。それを解消するために魔族と戦っているフリをした、それだけのことなのだよ」
「で、でも、お話の冒頭で、対策本部を立ち上げたり、頭を抱えて困ったり、とてもフリとは思えない描写があったじゃないですか」
「ほら、勇者を欺くには先ず読者からという諺があるだろう。君に本気で挑んでもらうために、読者の方々にも少々騙されてもらったという訳だ。ある程度真面目にやってもらわないと、国民は納得せんからな」
イノッセ国王は平然と話している。牢屋でイノコを騙したマタロウも随分酷かったが、このイノッセ国王も負けず劣らず酷い奴だなあ、いや、読者を騙したこの話の作者も相当酷い奴に違いない、なんて思っている方も多いことだろう。騙し騙され振り振られ、正直者は馬鹿を見る、それがこの世のお約束、そう思ってここは堪えていただきたい。年を取ればその道理も理解できるものだが、まだ高校生のマタロウはなかなか理解できないようだ。
「それでも、国民が花粉症で苦しんでいるのは間違いないでしょう。それを助けてあげるのが国王の義務なんじゃないんですか」
「あなた、何もわかってないのね。花粉症はこの国の経済にとって大切な必要悪なのよ」
イノッセ国王の傍らに立つイノコは、腰に手を当ててマタロウを見下ろしながら、馬鹿にするように言った。イノッセ国王が相槌を打つ。
「イノコの言うとおりだ。マタロウ、ちょっと考えてみるがいい。花粉症のために国民はどれだけ金を使ってくれると思う。花粉除けのためのグッズ、症状緩和に効く食べ物、飲み物、薬、書籍。これだけの金が動く市場を簡単に手放せるはずがなかろう。しかも、命に関わるほどの病気でもない。もし花粉症によって多くの労働人口が損なわれるのなら、それは予防する価値はある。が、花粉症で亡くなる者など滅多に居らぬだろう。高額治療が必要な訳でもないので、高騰する医療費が国の財政を圧迫する心配もない。花粉症によって仕事の作業効率がダウンし、それによる経済損失はあるにはあるが、花粉症関連の経済効果に比べれば十分無視できる。花粉症はこの国の経済発展にとって、もはや欠かせぬ病気なのだよ」
「そ、そんな」
余りの衝撃にマタロウはその場に崩れ落ちてしまった。
騙された。完全に騙されていた。あの苦労の日々は一体何だったのだろう。
「そう気を落とすな。君は私の期待通りの働きをしてくれたんだ。全力で御神木に挑み、あっけなく玉砕する。私の筋書き通りだ。いや、実によくやってくれた。それに花粉症のシーズンが終わった今、君の失態を非難する国民も居らぬ。喉元過ぎれば熱さ忘れる。国民の頭からは花粉症のことなど既にきれいさっぱり消え去っているからな。はっはっは。さあ、マタロウ、もう帰っていいぞ。」
イノッセ国王は笑いながら立ち上がると、玉座の間の左側の扉から出て行った。
マタロウは立てなかった。もう大人なんか信じない、女の子も信じない、そう心の中で呟いていた。
「マタロウ……」
誰かの手が触れた。顔を上げるとイノコだった。きっと愚かな自分を笑いにきたのだろう。
マタロウは顔を背けた。笑いたければ笑うがいいさ。純真な村娘のフリをして僕を騙していた女め。お前のことなんか二度と……
その時イノコの手がマタロウの手を開き何かを握らせた。
「おじいさまには内緒よ」
イノコは小声でそう言うと、玉座の間の右側の扉から出て行った。
マタロウは手を開いた。小さく折り畳んだ紙切れがある。広げると、そこには電話番号とメアドがカワイイ字で書かれていた。
瞬時にしてマタロウの表情がユルユルに緩んだ。
「イノコちゃああ~ん!(はあと)」
こうして勇者の旅を終えたマタロウは元の普通の高校生に戻り、元の普通の学園生活を繰り返す日常が始まった、と書きたいところだが、そうでもなかったようだ。
イノッセ国王はどういう訳かマタロウをえらく気に入り、それから何度もマタロウを呼びつけて無理難題を押し付けたということだ。
加えて孫娘のイノコも、そのわがままで自由奔放な性格でマタロウを振り回し続けたらしい。
それでもちょっとMっぽいマタロウは毎日笑顔でバラ色の学園生活を送ったとさ。めでたしめでたし。
青春っていいね!
勇者マタロウ、君の勇気と根性は僕達に限りない夢と希望を与えてくれたよ。
僕達は君の勇姿を忘れない。
ありがとう、そして、さようなら、勇者マタロウ!
また会う日まで!
つづかない!
勇者マタロウと大杉大魔王 完




