009 小さな太陽〝キャメル・レイノルズ〟
苦虫を噛み潰したような面持ちになり、ルーシは洗面所へ向かっていく。
「ショートスリーパーなのか?」
「よォ、ポール。そうだな。3時間眠れれば動ける」
「親分の真逆だな。あのヒト、なにもない日は15時間以上寝てるからな」
「羨ましい話だ……」
サラッと流し、ルーシは歯磨きした。その1分後にはタバコを咥えているのだから、意味があるとは思えない。
「さーて。なにしていこうか」
自分の道は自分で切り開かねばならない。きょうは服を買いに行きたい気分だが、あした以降を見据えればやはり計画は必要だ。
「なにをするにしてもカネが必要だしなぁ。おっ、ポール。ちょっとこちらへ来て」
「なんだよ。酔っ払って潰れた客を追い出さなきゃならないのに」
「そんなものの指揮は他の誰かにやらせておけば良い。んで、一番手っ取り早いカネ稼ぎ方法をいっしょに考えようって話さ」
ポールモールはいきなり振られた無茶振りにうなりながらも、数秒後には答えを返してきた。
「気に入るかは知らねェけど、一部の高校は生徒に契約金って形で大金を支払ってるらしい。親分や彼の妹様が通う〝メイド・イン・ヘブン学園〟だったら結構なカネが動いてるんじゃねェの?」
「上流が通う学校ってわけか」
「そういうことだな。親分も元をたどれば超大金持ちの息子ってわけだ。んで、契約金のテストに引っかかる条件はふたつある。ひとつはアンゲルスの国籍を手にすること。もうひとつは魔力を持つこと。そこをクリアしちまえば、親分を倒したオマエだったら余裕で1億メニーは引っ張れるはずだ」
いまのルーシは当然国籍を持っていない。ただ、転生者が知れ渡っているこの世界で新たな籍を取るのはさほど難しくないだろう。
問題は魔力だ。一朝一夕で開発できるものだとも思えないし、長くやれば良いというわけでもなさそうである。
「魔力を手に入れる方法が分からないぞ」
「あー。お付きの天使に付与してもらえば良いんじゃね? 天使族はいろんな能力を付与できるからな」
「ますます私の安全保障からアイツが外せないな」
「そんなに悪いことかよ? 天使にしちゃ従順だし、勤勉でもある。他国の天使じゃ考えられないほど謙虚だとも思うしよ」
「そうかい……」
ルーシはタバコの火を消し、そういえば自分用のスマートフォンすら持っていないことをいま知った。
「ポール、悪いけど余っているスマホない?」
「あるにはあるが」
「欲しいな。頼む」
「ああ……」
ポールモールは、壁に埋め込まれた隠し棚からスマートフォンを取り出す。
「サンクス。さぁーて、完璧で究極の幼女様の自撮りでも愚民に見せつけてやるか~」
(ひょっとして、コイツ中身女なのか?)
「位置がバレないようにぼかしを入れて……よし。補正なしでこの美しさ。こりゃきょう中にインフルエンサーへと成り上がれるな」
(いや……分からない。コイツの正体がさっぱり分からない)
困惑した様子のポールモールが目に入り、ルーシは我に戻る。
「ごほん。我が美しさを示威するのはあとでもできるよな。さて、いま何時だ?」
「開け方の6時だよ」
「まだデパートもやっていないな。良い暇つぶしとかないの?」
「この時間は普通寝てるからな。おれら」
「そりゃ夜にしか生きられない連中の集まりだしなぁ……。そうだ、ゲームだ。FPSがやりたい」
「FPS?」
「さすがにFPSゲームなんてジャンルはない?」
最前まですこし眠たげだったポールモールは、目つきを変える。目覚めたかのように。
「いや、あるぞ。経費でゲーミングパソコン2台買ってある。いますぐできるタイトルが10個はあるな」
「オマエ、ゲーム好きなの?」
「やー、大人になってやってみたらドハマリしちまってさ。親分にも面白さを伝えたんだけど、あのヒト画面酔いするって言うんだよ」
冷静沈着な印象だったポールモールは豪快に笑いながら、ルーシをゲーム部屋へ案内するのだった。
*
「あー。もうキチイ」
「まだ1時間くらいしかやってないが?」
「幼女の身体じゃ、FPSも満足に楽しめねェってことさ……」
青いゲーミングチェアにもたれ、柔らかく甘ったるいうめき声をあげながら、ルーシはタバコを咥える。
「禁煙だ。外で吸ってくれ」
「あいよ……」
まさか部下から禁煙だと咎められるとは思ってもなかった。けれどタバコの匂いや副流煙が不愉快なのも事実。ルーシは外へ出て、即座に火をつけた。
「もう8時回ったな。デパートが開店するまで1時間くらいか」
スマートフォンで調べた通りに進めば、ルーシたちはそろそろ車を走らせても良い。
適当に部下を捕まえて、運転させようとガレージの方向へ向かう。
(……誰だ?)
そこには小柄な少女がいた。明らかにカタギであり、それなのに階段に座る彼女を誰も追い出そうとしない。
となれば、話しかけてみるしかないだろう。敵であれば闘えば良いだけだし、味方ならばそれこそなんの問題もない。
そんなわけで、茶髪な小柄の美人系の少女に近づいていくルーシだったが、彼女の服から発せられているのであろう柔軟剤の匂いに違和感を覚えた。
(……。まさか、クールの妹?)
当然、少女のほうもルーシへの疑問を覚えていた。
「……貴方がお兄様の娘さん?」
ぼーっと空でもながめているような佇まいだった少女は、現実へ戻ってきたかのごとく目に光を灯す。
「ええ。ルーシ・レイノルズです。よろしくお願いいたします」
幼女は微笑む。柔和で穏健な表情だ。
これには少女キャメル・レイノルズも、溜まり切っていた様々な不満を一旦捨てざるを得なかった。
「あっ……キャメル・レイノルズよ。いきなりだけれど、お兄様、いや、お父様はいらっしゃるかしら?」
(どうせ他の連中にも訊いているだろうな。ただ要領の得ない答えしか返ってこなかったと)
そう理解したルーシは、天邪鬼な性格を抑えきれず、混乱を招きかねない提案に走る。
「いると思います。なんなら電話かけますよ」
『親分』と表記された者へ電話をかけた。




