008 メス落ちへの序曲
どうやら本当に変人らしい。クール・レイノルズも変わり者だが、その妹もまた傾奇者というわけか。
「親分も罪な男だぜ。実の妹すらも惚れさせちまうんだから」
「褒め言葉には聞こえないな……」
そんなわけでルーシは喫煙したりポールモールと喋り込んだりしながら、クールの帰還を待つのだった。
*
「持ってきたぜよ」
「おお、ありがとう」
本日30本目のタバコの火を消したところでクールが現れた。怪訝そうな顔をされるが、知ったことではない。
「妹さんの年齢は?」
「高校2年生だから17歳かね」
「17歳の私服に見えないなぁ」
意味の薄いラテン語がプリントされた白く長めのTシャツ。値段は高そうではあるがこの寒い国には似合わないホットパンツ。寝巻きも用意してくれたようだが、ウサギ耳付きでモコモコしたピンク色のパジャマを着ることになるとは思ってもなかった。
「色気つく年頃なんだけどな」
「まあ、あしたでも追加で買いに行けば良い。血まみれの薄いワンピースじゃ不便過ぎる」
17歳の女子高生が着るにしては子どもじみているが、10歳くらいの幼女ルーシが羽織るにはお誂え向きだろう。
そう思ったとき、男性としてのルーシがひとつ否定されたような気になる。
(いや、25歳の野郎が幼女の皮を被っているだけなんだぞ? 別に子どもっぽい格好でも良いじゃないか。なんで垢抜けないとか思っちまったんだ?)
ルーシの幼女生活の1日目。締めは自身の裸体と対峙することだ。
*
「青アザだらけだなぁ」
クールとの激闘で傷ついた身体は、湯を浴びるだけでもきしむ。それでも身体に染み付いた汗や返り血、自分自身の血液を拭き取らないと眠る気にもなれない。
「ただまあ、良くも悪くも華奢な身体つきだ」
脂肪はまったくついていないようで、しかし筋力が多いわけでもない。年齢相応といえばそこまでだが、前世のガタイの良さをほんのすこしでも思い出すとなんとも切ない気持ちにつつまれる。
「男用のシャンプーしかないのか? 日本のシャンプーとトリートメントが欲しい……」
サラサラした髪質を保つのならば、せめてコンディショナーくらいはしておきたい。
と自動的にそんな思考へ至ったルーシは、思わず口をポカンと開け湯を呑み込んでしまう。
「おれ、幼女の身体受け入れ始めていないか?」
どうせだったら美意識は高いほうが良い。どうせだったら服装にもこだわりたい。どうせだったら男物のシャンプーでなく女用の高めの洗髪剤を使いたい……そういうちょっとしたこだわりが重なって、やがてルーシは本物の幼女になってしまうと懸念したのだ。
「いや、こんな姿なのはいまだけだ。ヘーラーが前世の姿のデータを消したとか抜かしていたが、だったら再構築すれば良いだけさ。そうだ。……。一週間後くらいにやろうか」
結局なにかに負けたような感覚を抱いたまま、ルーシはシャワールームから出てくる。湿気が低いので、ドライヤーなんてものはない。勝手に乾くのだから必要ないということだろう。
「まあこの長さでもすぐ乾くとは思うけど……どうせなら髪巻いておくか」
ワシャワシャと髪を拭いたあと、銀の長い髪を編み込みにし、ウェーブさせた。寒い国だが湿気っていないのは、死ぬ直前に暮らしていた日本よりも快適だ。というか、欧米と違ってあの国は特殊だったのか。そんなどうでも良い謎を覚えつつ、ルーシは美容液がないことに気がつく。
「……。まあつけなくても良いんだけども。つけたら負けな気もするけどよぅ」
心の中に葛藤を抱え、歯磨きを終えたあとも鏡をしばし直視していたルーシだが、やがて諦めがついた。銀髪碧眼の幼女はクラブの居住スペースへ戻っていくのだった。
「おお、可愛いじゃん」
クール・レイノルズは開口一番、ある種当然だがそう言った。
「か、可愛いか?」
「ああ。見た目はやっぱり良いんだよな〜。中身は鬼そのものだけどさ」
「ロリコンか?」苦笑いした。
「10歳くれーの子に興奮するほど女日照りじゃねーよっ!」
クールもまた楽しそうな笑顔で答えた。
「そりゃ良かった。寝床はどこだ?」
「寝酒とかしないのか?」
「この身体だとすぐキャパオーバーになっちまう。当分タバコ以外控えるよ」
「褒めるべきか突っ込むべきか悩むね~……。んで、仮眠スペースはあそこだ。きょうはもうしゃーねェからここで寝泊まりしてもらうけど、あした以降は新たなボスにふさわしい隠れ家を用意しねェとな?」
「良い心がけだ」
クールが指差す方向へ、銀髪の髪の毛が波打っている幼女はあくびしながら歩いていく。
彼女の姿が見えなくなった頃、クール・レイノルズはぼやく。
「アイツ、喧嘩してるときは闘志溢れてたのに、我が妹の服見た途端子どもっぽくなったな〜。ギャップ萌えでも狙ってるのかね」
まだ幼女ルーシと青年ルーシを繋げられないクールは、されど時刻が深夜2時を回っているので眠ることにするのだった。
*
(隣に誰かがいる……。無駄に重たい。いや、この腕じゃ中学生女子も追い返せないのか)
寝ぼけているルーシは、押し出そうとしている相手をその腕で殴打しまくったことを失念していた。というか、眠すぎて腕に力を入れられない。
「……。なるほど」
いつまで経ってもどかない存在に腹が立ち、ルーシの目は一気に目覚める。そして、いびきをかきながら心底幸せそうな寝顔を晒す、天使ヘーラーの頭部を引っ叩いた。
「がー、がー……」
(起きねェ!? 熟睡し過ぎだろ!?)
許可もなくヒトのシングルベッドに入り込むあたり、再教育したほうが良さそうだ。
そうしてヘーラーに喝を入れるべく、髪をなびかせながらルーシはベッドから立ち上がる。
そんな彼女の目を奪ったのは、謎の白いノートだった。
「善悪チェックリスト? 全部英語で書かれているな」
どうも深夜までこれを書いていたらしい。詳細に、分かりやすく。
「……。こんなものつくられたところで従わないから、あんなたくさん殺してきたんだろうに」




