007 傾奇者の国家
黙り込んでいたヘーラーがここで乱入してきた。ルーシは彼女の声がうるさすぎて耳を塞ぐ。
そんなルーシを見てすこし反省したのか、今度は密やかに言う。
「えーと、つまり私は人間の進化形態ということになります。上位個体なのですよ?」
「うるせェ、ポンコツ」ルーシは辛辣だ。
「ひっ、ひどいっ。私はルーシさんのために頑張っているのに……」
「頑張っているのなら結果で示してくれ。上位存在なんだろ?」
「もちろん! ルーシさんのために善悪のリストをまとめることは忘れていません!」
そしてヘーラーは自分だけの世界へ帰った。黙ってうつむく姿だけ見れば美人なのに、とか思いながらルーシはクールと目線を合わせる。
「オマエ、操縦がうまいな」
「なんの操縦だよ?」
「天使族の手綱握りだよ。アイツら融通が利かねェからな。もう知ってるとは思うけどさ」
「アイツら? あんなのが、うようよいるってことか?」
背筋がゾッと凍るような感覚に襲われたのは、気の所為だろうか。
「アンゲルス連邦共和国にはごく少数しか残ってないさ。そこにいるのも含めて50人もいないくらいだったはず。国名とは裏腹に、天使をつくらず持たず持ち込ませずの原則があるんだよ」
「まあ、こんな真面目過ぎるヤツがたくさんいたら国も回らないだろう」
「ところが、海外じゃ天使族ってのはありふれてる。みんな神という〝権威〟に逆らえないんだな」
「じゃあアンゲルスは、信仰を放棄した反権威主義者の集まりなのか?」
「大正解ッ! 権威と宗教を嫌った傾奇者どもが島流しに遭い、やがて独立と主権を承認された200年先の魔術と技術を持つのが我が国だぜぃ!」
色々合点があった。確かに宗教を否定した連中が街をつくればこうなるよな、と言いたくなるほど無機質なビル群。住宅街も徹底的に計画化されていて、至るところにヒトも入っていない家が建っている。どこかで聞きかじったことのある、『サイバーパンク』的な要素がこの国には含まれているようだ。
「人間の心はどこかに捨てちまったようだが……」
「そんなに前世暮らしてた街と違うか?」
「大違いだ。こんなに計画都市じゃなかったし、ひどいことにここにはろくな自然がない。食料自給率とかどうなっているんだ?」
「30パーセントくらいだった気がするな」
「完全に輸入に頼っているわけだ。18世紀末期……フランス革命が起きているはずだな。ならロシアや大英帝国から輸入すれば良いのか」
「あー、なんとなく意味分かるぜ。ガリアで絶対王政をぶっ倒すべく市民が立ち上がったのと、アンゲルスの輸出入事情だろ?」
「ああ、まあ……。気になるが、もう隠れ家につくだろ?」
「あと数分だ」
「シャワー浴びて横になりたい。クール、オマエ馬鹿力過ぎるだろ。魔力まとわせたんだかなんだか知らないけど、まだ顎がヒリヒリする」
クールはポカンと口を開け、怪訝そうな表情になった。
(あれ食らって顎がちょっと痛むだけで済むヤツなんて、ジョン以外に見たことなかったぜ)
クール・レイノルズは脳裏に金髪で髭面のサングラスをかけた男を浮かべ、首をひねりながら隠れ家であるクラブの中へ入っていくのだった。
*
「まずシャワーを浴びたい」
「奥のほうにあるぜ。着替えはどうするんだ?」
「私がつくりますっ!! ルーシさんにピッタリな可愛らしいお洋服を──」
「私と同じくらいの背丈の部下はいないか? ソイツの服を借りたい」
「あー、探せばいると思うわ。つか、おれの妹が同じくらいの身長なんだよね」
「え、私完全無視されているのですか……?」
クールは、おそらく妹へ電話をかけ始めた。
「おっす、お兄様だよ。久しいな。なに? 親父が帰ってこいって言ってる? ンな話知らんよ。ブチギレて暴れてるっていうんなら向かうけどさー。私も会いたい? おれも会いたいよ。なんならいますぐな。あー、ちょっと服を借りたくてな。そのー」
ルーシを一瞥してきた。彼女は「娘だと言っておけ」と伝える。
「あー、そう。着払いで娘が送られてきてさー。ソイツの着替えが欲しいわけよ。ちょっと待ち合わせるべ。ンじゃ、セブン・スターズ・ストリートで待ち合わせな。適当に着られる服の中から要らなそうものを持ってきてくれ。おう、ありがとうな」
クールは電話を切り、ルーシに一声かける。
「妹から服借りてくるわ。さすがに、血とか砂埃ついたままの服なんて着替えたいだろ?」
「おぉ、ありがとう」
「気にするな。おれたちァ兄妹だ」
クールはクラブの裏側の居住スペースからガレージへと向かっていった。場にはルーシと過集中しているヘーラー、そしてポールモールなる男がいる。
「……。妹様に会うとは。親分が心配だ」
「なんで? 妹と会うだけじゃないの……か?」
「妹様は親分の悪いところを凝縮させて、煮込んだような恐ろしさがあるんだよ」
「クールの悪いところ……。まあ、部下のオマエらになんの了承も得ずに組織を売り飛ばしたのは、悪癖のひとつか」
「それに、オヤジさんは夜もお盛んだからな。妹様はまだ遊ぶことを知らないらしいが、親分の悪い部分を抜き取って強めているのなら……それは恐ろしいことになる」
「なんだよ、変なエピソードでもあったのか?」
ルーシとポールモールはいつの間にか談笑し合う仲になっていた。ふたりともクールのことが好きなのは共通しているので、良きボスと部下になれそうだ。
「親分がまだ実家で暮らされていた頃、まだ10歳にもなってない妹様が、どこで買ったんだよってくらいスケスケのネグリジェ羽織って横に寝転がり、ただ親分の目を見つめていたらしい。オヤジさんはいまだに、そのときの妹様の目つきが悪夢に出てくるとぼやいてた」
「性知識もない年齢だろうに、本能が疼いたんだろうな……」
「そのあと道徳的な絵本を読み聞かせ、2時間経ってようやく妹様はご就寝なさったらしい。しかしこれもまた本能なのか、彼女は身体をひとりでに動かし親分の股間の上にまたがろうと……」




