006 天使の国──アンゲルス連邦共和国
すっかり破壊し尽くされた廃工場で、後に大暴れすることとなるふたりの無法者が結託した。
一応勝者になったはずのルーシだが、高熱にうなされるようにへたり込んでその場から動けない。対するクールはすでにピンピンしている。これではどちらが勝ったのか分からず仕舞いだ。
「ああ……。さすがに無茶し過ぎたな。この世界の法則をすべて操れると分かれば、大暴れしたくなるものだとは思うけど」
「誰に向かって喋ってるんだ? ルーシ」
「見えないファンに向けてサービスしていただけだ。さて、ズラかるぞ」
「お、おう。言わなくとも。ポーちゃん」
「御意。すぐ迎えの車を呼びます」
黒髪の高身長で男前なクールの部下は有能のようだ。現に近隣住民からの通報がない。市民たちの耳が皆遠いのか、それともなければ辺り一面をクラッキングしていたのかもしれない。いずれにせよ、心地良くタイマンできたのは彼のおかげでもある。
それに対し、ルーシについてきたピンク髪の天使はどうだろうか。
「ルーシさん、先ほどはなにされていたのですか?」
「殺し合い」
「そんなことしちゃ駄目ですっ!! 貴方が裁かれないためには善行を積むほかないのですから!! 殺し合いは善行じゃないですよね!?」
「分かったよ。分かったから声をひそめろ」
ルーシは手を動かし声を下げろというジェスチャーをする。そこまで近距離で会話しているわけでもないのに、この女は随分声が通りやすい。
「しかし善なる行動っていうのが抽象的だ。雨に濡れている子犬に傘差したら5ポイントとか、犯罪者を捕らえたら100ポイントプレゼントとかやってくれないと、分からず仕舞いだよ」
「うーん……一理あるかも」
「具体的かつ、根拠のある功徳の積み方をまとめてくれたら教えてくれ。それに則りプラスへ傾くよう努力する」
「……。ちゃんと守ってくださいよ? 私は曲りなりにもルーシさんの弁護を行う者です。信頼関係を築き上げたいと思っています」
「ああ、善処する」
車の停車する音が聞こえた。どうやら廃工場の中まで入ってきたらしい。入り口が戦闘の余波で消し飛んでいて、普通自動車くらいなら入ることができてしまう。
「親分、詳細はポールモールさんから聞きました」
「おーう。紹介するぜよ。コイツが五分の飲み分けした兄妹のルーシだ」
「兄妹?」
「ああ、便宜上兄妹ってことになった。どちらが上なのか分からないし、ちょうど良いだろ」
ルーシはクールの真横からひょっと現れ、大人びた口調とは裏腹に甘ったるく愛らしい声で、ガラの悪い男へ伝える。
「こんな可愛い子なのに、親分とサシで勝ったンすか?」
「可愛いのは顔と声だけだ。中身は修羅みたいなヤツだよ。なあ」
「違いない」
様々な疑念はあるだろうが、クールや彼の一番弟子らしきポールモールが否定しないので、彼も納得せざるを得ない。
「さてと、飛ぶべ」
「あのピンク髪も連れて行ってやれ」
「え? あれも?」
何気なく全員ヘーラーを無視していたので、一応ルーシは声をかけてみた。そうしたらこの反応だ。頭になかった発想なのかもしれない。
「だいたい、あれって何者だ?」
「天使とは名乗られたが」
「天使? や、まあ、転生者のお付きとしちゃお誂え向きか」
「その辺のルールがいまひとつ分からないけどな。……おい、ヘーラー! 早くこちらへ来い!」
いつまで経ってもその場から動かずなにかを考えている様子のヘーラーは、その怒号のような大声を聞き慌ててルーシの元へ向かう。
「はい! なんでしょうか?」
「ズラかろうとしているんだよ。分かったら乗れ」
「はい。……これ、自動車ですか?」
「そのようだが」
「なんで、18世紀末期に普通自動車があるのですか?」
「オマエ、寝ぼけているのか? この世界へおれ……私をいざなったのはオマエだろ?」
「いや、ルーシさん。よくよく考えてみたら、キャラメイクに時間かけすぎて転生先の世界をまったく調べていなかったです! ごめんなさい!」
清々しい笑顔で謝罪されては、ルーシも呆れるほかない。
「まあ、元から期待していないし……。つか、早く乗れ」
ヘーラーはニコニコしながらリムジンの後部座席へ座った。
ルーシ、ヘーラー、クールの3人が特等席に座り、挨拶代わりにシャンパンを開けた。
「どうせ実年齢は18歳越えてるんだろ? 飲むべや」
「駄目ですよ、ルーシさん! 飲酒は大罪です!」
「人殺しよりも?」
「あ、ちょっと調べますね」
「クール、乾杯!」
「おう!」
口酸っぱいヘーラーを適当に交わし、ルーシたちは限りなく透明に近いイエローの美酒を流し込む。
「うお。もうクラクラするな」
「そりゃ、10歳くらいの女の子がシャンパン飲んで、酔わないわけもねェ。さて、色々教えてくれよ。その度に教え返すからさ」
「ああ。まず、私はこんな成りだが実年齢は25歳だ。それにオマエが言った通り転生者でもある。21世紀ウクライナの複雑な地域に生まれた。国境線はロシアやベラルーシと接し、親はロシア語とベラルーシ語を話し、学校ではウクライナ語を使った」
「3カ国喋れるってことかよ。すげェな」
「いや、英語と日本語もいける、スペイン語とフランス語、ドイツ語も口語だったら使える。読み書きできるのが5カ国で、話せるのが8カ国だな」
クール・レイノルズは興味津々といった態度でルーシを覗き込む。
「その英語ってのは、転生者からよく聞くな。こっちにも同じような言語がある。我が国の公用語のひとつでもあるな」
「この国の名前は……アンゲルス連邦共和国か。現地人に言うのも恐縮だが、奇妙な国名だな」
「天使の国ってな。着飾らないところが良いじゃねェか」
「着飾るもなにも、天使っていう概念が良く分からなくてな。このポンコツも天使なんだろ?」
「魔力の流れ的にそうだろーな。んで、天使っていう概念は掻い摘んで言うと……」
「私たちは崇高な存在です! 元々人間だった者が神に選ばれ、人類の審判などを行います!!」




